第十五話 篝火の下で
植物が生えていない場所は、やはり道として整備されていた。
戒斗たちのいる世界のようにコンクリートというわけではないが、しっかりと土が固められている、動きやすい場所である。
「とりあえず、この道を真っ直ぐ進んでいけばいいかな?」
「そうね。人の手が入っているみたいだし、そうしましょう」
鏡花は歩きながらも弓と矢をしっかりと自分の前に交差させている。
いつでも弓を引く構えに入れる様にしているようだ。
戒斗も木刀に両手を添えて、歩きやすいように下段に構えて進んでゆく。
静かな森に、二人の足音が交錯する。
「この森さ、これだけ植物が沢山生えてるのに、静かだよな」
「そうね。私たちの世界とは生態系が違うみたいだし、こんなものなのかしらね」
「生態系が違う、か」
思い出すのは嫌でもあのゴブリンの事である。
確かに、この世界は自分たちの住む世界とは生態系がかけ離れている。
それでも、泉があり、木々があり、そして空には月がある。
なぜ、生き物だけがこれほど違ってしまっているのか。
考えても答えなど出るとも思えない疑問が、次から次へと頭に浮かんだ。
戒斗は大きく息をついた。
警戒態勢のままの前進は、思っていたよりもずっと心身を疲労させる。腕時計を見る、時刻は泉のほとりを出発してから二十分も経っていない。
これでは、あの子供が言っていた村に着く前にばててしまうかもしれない。
軽く手足を伸ばし、数度息をつく。
「武器を構えて進むって言うのも、疲れる物ね」
戒斗の姿を見て、鏡花も身体を軽く伸ばす。
風が吹き、木々が揺れる。
月明かりに照らされた真っ暗な森全体が、風に答えるように葉や木の擦れあう音を立てる。ふと、揺れた木々の奥で、何かが光を発しているような気がした。
「なんだっ!?」
「どうしたの?」
短い声をあげ、戒斗は咄嗟に木刀を身構え、光った方角に向き直る。
戒斗の様子を見た鏡花も、そちらの方向に弓を構えた。
身構えた先で、黄色ともオレンジともとれる光が揺れている。
「あの光……」
戒斗が木刀を突き出すようにして、光を発している方角を指し示す。
鏡花が目を凝らした。
「あれは……火、かしら?」
「火? 言われてみれば……。人がいる場所に着いたのかな?」
「行ってみましょう」
武器を構えたまま、二人は光を目指して真っ直ぐに前に進む。
道から外れ、森の中に足を踏み入れるのは少々不安であったが、光はそれほど遠いとも思えなかった。しばらく森の中を進むと、再び整備された道が現れた。
先程まで進んでいた道と作りは同じで、あの道の延長のようだ。T字型に作られた道を、明かりを追って斜めに進んでしまったのかもしれない。
徐々に明かりの輪郭がはっきりとしてゆく。
円柱型に組み上げた数本の木の上に松明のような物がくくられている。
そのうえで煌々と燃え盛る炎が、辺りを照らし出していた。
明らかに人の手によるものだと思われる作りである。
やがて木々を抜け、それと共に視界が開けると、目の前に神社の鳥居のような形の木組みの門が現れた。
至る所に木組みの松明が輝いている。それは幻想的な風景とも見れたし、まるでテレビで見た大河ドラマのような、夜襲に警戒する戦陣のようでもあった。
「なんだか、戦場みたいだな……」
「雨宮君、あれを見て」
鏡花の指さす先には、村の周囲を囲む柵があった。
その柵には、まるで村に人が入るのを拒むかのように先端が鋭く削られた木の格子が取り付けられている。
炎に照らし出された木造りの村は、まるで小さな砦のような様相を呈していた。
二人はしばし、その光景に目を奪われていた。
この場所は、明らかに外部の者の立ち入りを拒絶している。
少なくとも戒斗の目には、この物々しい村の外観は、人を歓迎するようなものとは思えなかった。
「行きましょう」
鏡花が固い声をあげて、歩き出した。
「葉山さん、ここ、なんかやばそうだぜ?」
「ここまで来たのよ。進まなきゃ、何にも変わらないわ」
「それはそうだけど……」
「村にはあの子もいるかも知れない。話をしてみる。それとも雨宮君は、森であの化け物たちと遊んでいたい訳?」
「そうじゃない! ああもう、わかった。いくよ!」
戒斗が半ばヤケになって大きな声で答えて鏡花の前に出ると、鏡花はかすかに微笑んだ。
うまく乗せられてしまったのかもしれない。
そんな事を思ったが、どちらにしろゴブリンたちよりはずっとマシである事は間違いないはずだ。門に向かいながら、戒斗は改めて村を見渡した。
こちらの世界の事はわからない。
だが、戒斗の目にはこの村があまり豊かそうだとは映らなかった。
柵の向こう側に見える景色は、くたびれた民家が多い。
場所によっては壁や戸がボロボロになっていた。畑と思しき場所はガランと空いていて、土だけが盛られている。
松明がこれほど灯されているのにも関わらず、人の気配は全く感じられなかった。
村の入り口付近までたどり着くと、二人は鳥居に似たつくりの門を見上げた。
簡素な作りで、通り抜ける場所に目立った罠などは見当たらない。
ただ、鳥居であればしめ縄がくくってある位置には、不可解な木片が何本も吊るされていた。
「……いくよ」
木刀を握りしめて、戒斗が鏡花に目線を送る。
その視界の先で、弓に矢をつがえていつでも構えをとれる姿勢に入った鏡花が頷いた。
頷き返すと、目の前の鳥居を見据えながら、少しずつ進んでゆく。
緊張の中、重い足取りで前に進む戒斗の視線は門の上方に集中していた。あの木片は、一体なんなのか。緊張した面持ちで頭上を見上げ、門の下に張り巡らされた糸の存在には、気付く事はなかった。
一歩、一歩と前に進んでゆく。
あと少しで戒斗が門を潜り抜けるという瞬間、門に括られた木片が大きく鳴り響いた。
戒斗と鏡花が、咄嗟にそれぞれの武器を構えた。
「なんだってんだ!? くそ!」
大きな音を立てる門を見上げて、後ろに飛びのいた戒斗が木刀を正眼に構える。
木片は未だに音を鳴らし続けていた。
けたたましい音は、まるで音そのものが侵入者を拒んでいるようであった。門の仕掛けを警戒する戒斗に、村の奥から一つの影が近づいてゆく。
それに気づいた鏡花が、声をあげる。
「雨宮君、左よ! 何かいる!」
「何っ!?」
戒斗が視線を横に巡らせた刹那、建物の死角から伸びてきた影が、大きくうなりをあげ戒斗に襲いかかる。
後ろに身をそらし、影を避ける戒斗。
その鼻先を、強い風が走り抜けた。
空気を切り裂く音は、ずっと後に聞こえてきた。
「こ、こいつっ!」
襲ってきた影は、攻撃をかわされ無防備な背中を見せていた。
その背中目掛けて、思い切り木刀を振り下ろす。
影は空振りした姿勢そのままに戒斗に向け踏み込み、思い切り背を逸らして持っていた獲物を振り上げた。
木刀と相手の獲物がぶつかり合う、乾いた重い音が鳴り響く。
激しい衝撃に、戒斗の腕は木刀ごとかちあげられた。
手に強烈な痺れを感じる。激しい圧力に、戒斗がさらに一歩後ろに飛びずさる。その一瞬前まで居た空間を、影の獲物が通り過ぎていった。
数歩前に出てきた影が、松明の明かりに照らし出される。
身長が二メートルはあろうかという大男が、棍棒のような物を持ち立ちふさがっていた。
「えっ?」
鏡花が短く声を漏らした。
大男は、武器を構えたまま動かない。相手は人である。
しかし、明らかに敵意を持った相手だ。
化け物との戦いしか想定していなかった戒斗の胸に、逡巡が生まれた。
「おいおっさん! ちょっと待て! いきなり何を……」
戒斗の言葉が終わる前に、男は再び動き出した。
巨大な棍棒を思い切り振り上げて迫ってくる。
先程の打ち合いからしても、かなりの腕力であろう。下手をすれば木刀をへし折られかねない。
本気で戦うしかなかった。
鏡花に動く気配は感じられない。相手が人間である事に躊躇しているのかもしれない。援護は期待するべきではなかった。
戒斗は呼吸を整え、斉藤との立会いを頭に思い描いた。
今の相手は、斉藤と同じような恐ろしい怪力である。
だが、一瞬の速さは、比較にならない程に遅い。
それでも十分に速いのかもしれないが、何が起きたかもわからずに叩き伏せられるような、あの圧倒的な速さはない。
動きは見慣れないものであるが、落ち着いて見ればきちんと捌けるはずだ。
自分に言い聞かせ、乱れかけていた呼吸を正し、再び木刀を正眼に構えた。
構えた木刀の先から、相手を見据える。
大男は一瞬立ち止まると「ほお……」と小さく声を漏らした。
感嘆の声とも、喜びの声ともとれる喜色をはらんだ声を発すると、男は棍棒を真正面に構えた。
戒斗と同じ、正眼の構えだ。
背筋は伸び、足さばきも淀みない。
ただの猿まねとは思えない、しっかりとした構えであった。
(こいつ、剣道を知っているのか?)
男が、棍棒の先をかすかに上下に動かした。
まるで戒斗にかかってこいと言わんがばかりに、身をずいと乗り出す。
松明の明かりが揺れる。
木々の揺れる音が、潮騒のように耳に残った。その音が、小さくなってゆく。
視界には、目の前の男がいるだけだ。
何やらTwitterでは宣伝出来ない模様?なようですが、15話更新です。
明日は16、17を更新出来るようにいたします。
Twitterでの宣伝もまた出来るようになりますように。
よろしくお願いいたします。