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第一話 見知らぬ世界

 爛々と空に煌めく月が夜の森を幻想的に照らし出している。

 木々の色までも見て取れる程のまばゆい月明かりの元、一人と一匹が向かい合っていた。


 いやなにおいが、少年の鼻をついた。

 巨大な犬のような、低く震える唸り声が夜の森に鳴り響く。

 その声は、黒ずんだ緑色の皮膚をもつ生き物が発するものであった。子供の背丈ほどの生き物が、少年の目の前に立っていた。


(なんだ!? なんだよ!? 一体、なんなんだこれは!?)


 木刀を構えた少年は、目の前に対峙しているこの世のものとは思えない生き物から目をそらせない。

 化け物と形容するに相応しいその生き物が頻りに発する唸り声は、明らかに敵意を感じさせるものであった。

 木刀を握る少年の手に、じわりと冷たい汗がにじむ。


 化け物の背後に、木の幹に寄り掛かるようにして小さな子供が倒れている。

 絶対に助けなければならない。少年に、ここで逃げるという選択肢は無かった。


「ヒーローは、決して逃げ出さない!」


 少年の声に反応するかのように、化け物が駆け出した。

 生い茂る草木をものともせずに、恐ろしいスピードで距離をつめてくる。

 化け物の腕。目の前に迫ってくる。

 少年の木刀と異形の化け物が振るう凶器が、激しくぶつかり合った。鈍い音がしみこむように少年の腕に響き、痺れるような衝撃が走った。

 怯む事無く組合った木刀を持つ手に渾身の力をこめ、化け物を押し返す。距離が開く。束の間、戦いの場に沈黙が訪れた。


 再び、一人と一匹の睨みあいの形となる。

 自分は一体何をしているのか。

 全身を駆け巡る緊張と恐怖の中、少年の思考の片隅に、ふとそんな思いがよぎったのであった。



・・・



 僕は刀をぶんぶんと振っている。

 何度も何度も、繰り返し振っている。


 木で出来た重い刀を構えては振り降ろし、構えては振り降ろしていた。

 僕は大好きなアニメのヒーローを思い浮かべながら、一生懸命に刀を振っている。いつか、あんな風に強いヒーローになる! 絶対になるんだ!


 その気持ちと一緒に刀を振るう度に、ビュオン、ていうおもく、ゆっくり風を切る音が耳にきこえた。

 もうどれくらいそうしていたんだろう。お日様はすっかり夕焼け色になっていた。手のひらが、じんじんと痛い。心臓がバクバクいっている。


「お父さん、もう疲れたよー。もう帰ろうよー」


 横で腰に手を当てて、じいっと僕を見守っていたお父さんが笑った。


「なんだ戒斗、もう疲れたのか? そんなんじゃあ強いヒーローになれないぞ?」

「ええー。僕強い男になりたい。とっても強いヒーローになりたい! ……でも、もう手が痛いよー、お腹空いたよー」

「どれ、お父さんに見せてみろ」


 お父さんは刀を受け取ると、しゃがみこんで僕の手のひらをのぞき込んだ。


「確かに随分赤くなっているな。力を入れて握り過ぎているのかもしれないな」

「だってこの刀、とっても重いんだよ。僕、竹の奴が良い!」

「そうだな、お前にはまだ木刀は速かったかもな。今度、竹刀も借りて来よう」


 お父さんは立ち上がると、少し僕から離れ、木で出来た刀を構えた。

 さっきまで僕がしていたように、手にもった刀をぶんぶん振っている。重い木の刀が、目にもとまらぬ速さで動いていた。

 ヒュン、ってすごくはやく風を切る音が、僕たちのいる公園になっている。


 その音は、僕が刀を振るときの音よりもとってもきれいで、公園の中にびゅーんと飛んでいくような音だった。

 僕も、大人になったらあんな風に刀を振れるようになるのかな。


「お父さん、振るの速いね! 凄いや、力持ちで強い。お父さんは、ヒーローなの?」

「戒斗も練習していれば、すぐにこういう風に振れるようになるさ。戒斗の言う、ヒーローにもなれるかもな。だけど、力持ちが強いっていう事はないんだよ」

「そうなの? じゃあ、どんなのが強いなの?」


 お父さんは少し考えるような顔をして「そうだなぁ」と言うと、しゃがみこんで僕の頭に手を置いてくれたんだ。


「本当に強いっていうのはな、自分から逃げない人間の事だ」

「自分から、逃げない?」

「そうだ。無闇に危ない事とか、危険な場所に近づく必要はない。それに、怖い人がいたら逃げてもいい」

「怖い人から、逃げてもいいの?」

「そうだ。ヒーローだって、無闇にケンカしないだろう」

「そっかぁ、うん。確かに、ヒーローは喧嘩しないね! でも、自分からは逃げてはいけないっていうのはどういう事なの?自分というのは、僕の事、だよね。僕は、僕から逃げてはいけない? うーん、全然意味がわからない」


 僕が首を左右にふったら、お父さんが言ったんだ。


「怖い物は、怖い。そういう所にわざわざ行く必要はない。これはわかるか?」

「うん、さっきの話でそれはわかった。でも、自分が自分から逃げるってわかんないよ。僕は僕からどう逃げるのさ?」

「それはな、自分が辛い、苦しい、または怖いという時でもな、何かをやらなくっちゃいけない。戦わなくてはいけない時もあるということだ」

「やらなくっちゃいけない?」

「例えば、お父さんは仕事がもし苦しかったとしても、自分や家族を養うために仕事をしなくっちゃいけない」

「うん」

「それは、お父さんが仕事を選び、家族を持つことを選んだからなんだ。自分が自分で背負うと決めた責任なんだ。一度そう決めたら、その責任からは決して逃げちゃいけない。戒斗、わかるか?」

「わかるような、わからないような……。わからないかも」

「ははは、わからないか」


 チンプンカンプンになった僕を抱っこして、お父さんは笑った。


「じゃあじゃあ、戦わなきゃいけない時ってなあに?」


 僕が聞くと、お父さんはにっこりと笑って、空いているもう片方の手を僕の頭に置いた。お父さんはとっても力持ちだ。


「お前や、お母さんの身に危険が迫った時だ。そんな時は、お父さんは何がなんでも戦わなきゃいけない。二人を護るために戦う」


 夕焼けの赤いお日様に照らされて笑うお父さん。

 僕にはお父さんがテレビのヒーローとおんなじように、とってもカッコ良く思えて、すごく嬉しかった。

 テレビで見た、サムライジャーレッドみたいだ。

 ううん、もっとカッコイイ!


「お父さんは、僕とお母さんのヒーローなんだね! サムライジャーなの?」

「ヒーロー、サムライジャーか。ははは、そうありたいものだな。おっと、陽が暮れてきたな。そろそろ、お母さんのところに帰るか」

「うん、お腹すいた! お母さんのとこに帰る!」

「ははは。今日はお父さんと戒斗の大好きなシチューだからな。……なぁ、戒斗。母さんは好きか?」

「うん、大好きー! お母さんも、お母さんのシチューも好きー!」

「そうか。じゃあ、もしもお父さんがいなくなったら、その時は、かわりにお前が……」


「お父さん? あれ、お父さん? お父さん? どこにいるの? お父さーん!」


・・・


ここまで読んでくださいまして、ありがとうございます。

すでに書き終えた作品を修正しつつ投稿しておりますので、

ほぼ毎日の更新となる予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。

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