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04

 変な女、というのは間違いだった。正確に言えば、狂っているとしか思えない格好をしたとても変な女、だ。

 赤と金。それが、二人に抱いた最初の印象だった。

 色、慎重、体型、何もかもが対照的だ。

 赤い和服の女……というか、女の子供。黒の長い髪に、黒い瞳。背は低く、顔立ちも非常にあどけない。ただ、気が強そうな印象だけはあった。絢爛華麗ながらも調和のとれた和服も相まって、まるで座敷童を思わせた。なぜが自慢げに胸を張っているが、子供が褒めて欲しそうにしているようにしか見えない。

 もう一人、これは長身の女なのだが。なびく金色のセミロングに、瞳は碧か。背と外見年齢に見合った顔立ちなのだが、妙に緩んで柔らかい。が、服装ははっきり言って派手だ。ぴしっとした服と言えば聞こえはいいが、豊満な体つきがはっきりと分かる。そして、意味が分からないのが、下半身は黒のタイツに、これまた派手な下着。なんで分かるかと言うと、スカートを履いていないから。

 訳の分からない二人の唐突な登場に、ナギとメレリーは、思わず目を合わせた。といっても、互いの瞳から伝わってくるのは、困惑以外存在しない。結局、胡乱げな目を向け直すしかできなかった。


「どうしたのじゃ? わらわらが拝謁を許してやったのじゃ、喜びにむせび泣いてよいのだぞ?」

「ねーねー、あなたすごいわねー。これだけの使い手、久しぶりだわー」


 ちなみに、前者が座敷童で、後者が露出狂の言葉だが。どうやら座敷童はナギに、露出狂はメレリーに話しかけているらしい。


「あの……」

「うむ、どうしたのじゃ? わらわは寛容じゃぞ? ほれ、足を舐めるが良い」

「死ねよ」


 反射的に答えたが。

 見ると、メレリーも似たような状況だった。さすがに足を舐めろとは言われていない様だが。その代わりに、べたべたと纏わり付かれている。

 頭を振って、聞く。


「じゃなくて、あんたたち、だれ?」

「は?」


 言いながら、座敷童は小首をかしげた。


「何を言うておる。先ほどもお主に声をかけてやったではないか」

「知らないけど」

「なんじゃとー! くぬくぬ!」


 げしげしとすねを蹴ってくる座敷童。とりあえず頭を押さえて、距離を離させた。


「せっかく仮の剣まで与えてやったと言うのに! なんという無礼者じゃ! これで試練を突破したものでなければ、打ち首にしてやった所じゃ!」

(ん……? 試練?)


 その言葉には、心当たりがなくもない。というか、それ以外にない気もした。なぜ繋がらなかったのかと言われれば、様子が全く違うからだ。


「あんた、あの声の人?」

「分かっておるではないか。つまらぬ事を言いおって」

「いや、全く別人に思えるんだが」

「訳の分からぬ事を。阿呆か」

「俺が悪いのかなあ……」


 印象という意味では、かすりもしないのだが。言い募ったところで果てしなく意味がない気はしたし、第一に話が進まない。


「とりあえず、あー、あんた誰?」

「なんと!?」


 一瞬、敬語でも使うべきかと迷う。こんな姿でも、超常的な力を持った存在のようだし。が、今更だと気を取り直した。

 手始めに聞いてみる。と、少女は大げさに声を上げて見せた。


「まったく、近頃の若い者は本当に……ものを知らん。このような奴しかおらぬのか……」

「メレリーさーん、この人達の事、何か知ってますぅー?」

「え? さ、さぁ?」

「えー? リーちゃんわたしのことしらないってそんなのひどーい。なんでそんなこと言うのー?」

「何でって言われても……」


 彼女の方も、ほとほと困っている様子だった。なぜか背中からのし掛かられ、無理矢理おんぶさせられている。


「ふん、無知は気に入らぬが、仕方あるまい。曲がりなりにもわらわの遙カ人であるからな」

「ちょ、ちょっと! 遙カ人って、あたしたち階器なんて持ってないわよ?」


 座敷童の言葉に、メレリーが急に慌てだした。それこそ、露出狂がのし掛かってくるのも忘れて。忘れすぎて、ちょっとつんのめっていたが。

 話について行けず、ナギは首をかしげる。


(カイキ? ハルカビト?)


 階器なるものは、確か騎士達が探していたものだ。文脈からして、遙カ人というのは階器の持ち主らしいが。


「なんじゃ、知っておるではないか。余計な手間をかけさせおって。死ね」

「だから階器なんて持ってないって! というか死ねって何だ!」

「なんでリーちゃん綾ちゃんとばかり話すのー? わたしとおしゃべりしてよー」


 一瞬にして、ごちゃごちゃと訳の分からないことになる。

 あちらのひたすら自由な露出狂はメレリーに任せることにして、座敷童に話しかけた。とりあえず、一番気になる事を聞く。


「なあ、気のせいかもしれないけど、まるであんたが階器とやらで、俺があんたの所持者だって言ってるように聞こえるんだが」

「貴様の脳は腐っているのか?」


 ばっさりと言われる。口調も、ついでに態度も険が含まれている。

 そりゃそうだよな、と納得したのだが。彼女の続く言葉で、またもや粉砕された。


「なぜわらわが貴様のものになどなってやらねばならぬ。わらわが貴様を選んでやったのだと知れ」

「…………」


 頭を抱える。抱えながら、言葉を選んだ。くだらない事で余計な手間を取りたくない。


「あなたが階器、私が階器に選ばれた遙カ人、武器もあなたがくれた――んだか出したんだか――のもの。でよろしいでしょーか」

「うむ、ミジンコなりに頭を働かせたか。生きることを許す」

「それすら許されてなかったんかい」


 そろそろ頭痛が発生しそうだな、などと思いながら。

 いくつか分かった点を上げていく。階器とはつまり、強力な武器だ。刀であればよく切れる。メレリーも持っていたが、さすがにそちらの効果までは予測でしかない。そして、帝国は階器を集めている。

 同時に分からない点もあった。彼女たちは自分のことを階器と言っていたが、騎士の言葉では、武器そのものを指しているようではあった。性能についても不明がある。良く切れる剣程度、それほど躍起になって欲しがるものだろうか? 迷宮の中から何が出土するかは知らないが、最優先にする程のものとも思えない。能力が使い手に依存しすぎている。強いか弱いかと問われれば、強いのだろうが……


「あ、なんじゃその目。胡乱な視線を向けおって」

「いや別に」


 睨んでくる少女から目をそらす。


「まあよい。では改めて――わらわの名を刻むがよい。錐禮異刀すいらいいとう、輝階・綾綱である」

「はーい、深混罫呪しんこんけいじゅ、天階・イーリス・リースでーす」

「ええと、ナギ・ユウメンです」

「こいつらに名前教えるの……? メレリー・ムーアよ」


 若干一名、ひたすら嫌そうな様子ではあったが。


「うむ、ナギか。ひたすら弱っちい貴様ではあるが、仕方がない、わらわを使うことを許してやろう」

「うふふー、ほんとは綾ちゃん、すっごい喜んでるのよー。わたしたちの中でも飛び抜けて実力にうるさいからー、遙カ人がいたことってほとんどなかったのー」

「こ、これ! 余計なことは言うでない!」

「ねえ、一つ聞きたいんだけど」


 これはメレリーだ。酷く鋭い口調。内心はもっと尖っている、というのが分かった。


「あんた達、試練って言ってたけど……あの化け物って、あんた達の仕業じゃないでしょうね?」


 もしそうならば、絶対に許さない――灼熱の怒りが噴火する寸前だった。

 が、綾は全く気づいていない様子で、鼻を鳴らして笑った。


「己が無様にも罠にかかり、その間抜けを人のせいにするとか、ぷぷぷっ! ばーか、むのー!」

「ふんッ!」


 笑った瞬間、拳骨が綾の脳天に落ちる。鈍い音が響き、少女の動きが一瞬止まり……そして頭を抱えながら、泣き出した。


「ぐすっ……自分が悪い癖に……遺跡荒らしの屑の癖に……」


 そんな状態でも悪態をつくのは、さすがと言えばいいのか。

 と、ナギは、ふと視線が自分に突き刺さっているのを感じた。見てみると、イーリスがじっとこちらを見ている。


「なによ」

「綾ちゃん慰めてあげなきゃダメでしょー? 遙カ人なんだからー」

「えー……子守まで俺の役割なの?」


 全く釈然としないものを抱えつつ、綾の頭を撫でた。腰に張り付かれる。

 綾は人の服で涙をぬぐいながらも、呪詛はずっとはき続けていた。

 人知を越えた存在から、見た目は子供へ。そして、ただの口が悪いだだっ子へ。少女の評価が、短時間であっというまに暴落する。ここらが底値であってほしい。


「ところで、ここって昔はどんなところだったの?」


 少女の気を紛らわす意味も込めて聞いてみる。

 綾は(ナギに張り付いたまま)すんすんと鼻を鳴らしながら答えた。


「ずびび……おおかたどこぞの魔人が統治していた深層要塞都市のなれの果てじゃろ。魔人がいなくなれば遠かれ近かれこうなる。雑多な魔物のコロニーになっておらぬのは運がよかっただけじゃ。まあ、罠まで当時のまま残っておったのだから、お主らにとって幸運かどうかは知らぬがの」

「それは……迷宮なのか?」

「非住居で入り組んだ巨大遺跡であれば迷宮じゃろうが」

「そういうもんなのか……」


 迷宮と言われてゲーム的な何かを想像した自分は悪くない……そう、ナギは自分に言い聞かせる。わざわざ剣と盾まで配られたのだ。とはいえ、こっぱずかしい想像であったのも否定できなかったが。

 通った道を思い出すと、彼女の言葉は確かに真実だと思えた。ここの構造は、完全に施設のそれだ。中が入り組んでいるとは思うが、外敵の侵入を想定していればそんなものだろう。

 とはいえ、それだけで全てを理解した訳でもないが。

 たとえばこのだだっ広い部屋は、何に使っていたのか全く分からない。トラップも、かなり厳重な類いだったのではないかと思えた。部屋の隅の祭壇も……

 と、そこで気がつく。祭壇がなくなっていた。理由は、まあ今更問うまでもないか。間違いなく、階器の二人が出したものだ。人の精神だけを支配下に置いたり、いきなり刀を取り出したり、今更祭壇一つくらいでは驚けもしない。

 視線を綾に戻そうとして、途中、止めざるを得なかった。

 少しはなれば場所で、メレリーがしゃがみ込んでいる。派手に砕けた床の上でバランスを取り、血と肉と鋼が砕け混ざった中に、手を伸ばした。拾い上げたのは――褐色の小さな手だった。


「ミー、ごめんね、助けられなくて……」


 手を胸に抱え、涙する。この時ばかりは、イーリスも何も言わなかった。

 非現実的だった。いきなり訳の分からない二人が現れた事は。そこに、現実が追いついてきた。最悪にも、見知った者の死という形で。

 忘れていた疲れを思い出す。だが、倒れていいのはまだ……もっとずっと先の話だ。

 メレリーの近くまで行って、声をかけた。


「行くぞ」

「……どこによ、今更……」


 疲労と、現実と、非現実が混ざり合う。彼女の脱力は、酷いものだった。放っておけば、そのまま後を追いそうにすら思えた。


「エフレェ族のみんなはまだ生きてる。ほっといたらろくな目に合わない。俺たちは力を手に入れたんだ、重要なのはこっからだろ」


 メレリーの瞳孔が、激しく揺れた。動揺に焦点が定まらなくなるが、それも一瞬だった。す――と、瞳から色が沈む。先ほどの、激しい怒りではない。が、凍てつくような殺意を内包していた。


「……そうよね。みんなを助けなきゃいけないし、帝国の犬どもも皆殺しにしなきゃ」


 ぐっと拳を握りながら言うが、殺意は幾ばくか収まっていた。言葉ほど恐ろしいものは感じない。もしかしたら、その言葉は、ただ自分を奮起させるためだけに行ったのだろうか。あるいは、自分でもよく分かっていないか。

 気が強く、ちょっと血や暴力になれていると言っても。彼女だって所詮、普通の女の子でしかない。これだけの事が起こって、精神の整合性を求めるのは無理がある。


「まずはみんなを助けよう。何をするにしても、その後でいい……」


 ナギの言葉に、少女はこくりと頷いた。そして、アホ二人がひそひそ話していた。


「わらわたち、おいてけぼりじゃのう」

「空気読んでだまってようよー」

「それ言わなきゃ完璧だったのに」


 とりあえず、相手にしても仕方がなさそうな人達は無視して。メレリーの手を掴んだ。


「立ち上がれ。そこにいても、落とせない汚れを……」

「触らないでよ。あんたに気を許した覚えはないわ」

「俺はいい加減お前をひっぱたいても、誰も怒らないと思うんだ」


 ぱちん、という音は、彼女がナギの手を叩いた音だが。痛みはないが、妙な疼きを感じて手をさすった。

 そして、止まったと思ってた階器どもの内緒話も、話題を変えて続行されていた。


「のうイーリスよ、あ奴今何を言おうとしたと思う? 口説こうとしたのかのう? くっさい台詞吐こうとしたのかのう?」

「やーん♪ わたし、そういうところ見るの初めてー」

「なんだここ。敵しかいないのか?」


 世の中の不条理に、息苦しさすら感じる。どこかに飛べば、この無意味だが妙に張り付いてくる苦しみから解放されるのだろうか……

 これが終わったら、一人で旅をするのがいいかもしれない。座敷童の綾だけは(どれだけ突き放しても)付いてきそうな雰囲気だが。それでも、今の姦しさを考えれば上等だ。どこに行くのがいいだろうか。帝国以外なのだけは決めている。こんな世界なら、腕っ節さえあればそれなりにやっていける、たぶん。

 などと余計な事を考えていると、小さな振動があった。

 それ自体は、本当に小さい。普段遭遇しても、気のせいで済ませていた程度のものだ。気づき問題視したのは、神経が尖っていたのと、震動源が上から――つまり迷宮内だったからだ。

 ふと、メレリーと目を合わせる。彼女も同じように感じたようで、視線をこちらに飛ばしてくる。


「なんかやばい気がする」

「あたしも」

「上でも発動したのかのう? どれだけ連れてきたんじゃ」


 綾は上を見ながら、軽い調子で言った。


「何か分かるのか?」

「知らんが。どうせここと同じような罠が発動したんじゃろ。よっぽど数がいないと発動せんと思うのじゃが」


 どうでも良さそうに言う彼女の横顔を見ながら、しかしナギは戦慄した。


「戻るぞ!」


 言葉と同時に、ナギとメレリーは駆けだした。訳も分からない様子だが、綾とイーリスも付いてくる。

 とにかく、二人は急いで上層へ戻ろうとする。想定される被害の大きさに、半ば絶望視ながらも。








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