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02

「なんだ、あれは……?」


 その声を最初に発したのが誰かは分からない。ただ、ただ事でないその声に、カーツを中心とした狩猟団が一斉に振り返った。


「火事か?」


 これを呟いたのは誰だか分かった。狩猟団の副団長、リッディツだ。ただの呟きにしては、緊張感のある声。

 言葉の通りに、煙が上がっている。かなり遠方だ。それほど大きなものではないが、おかしさは誰もが感じていた。煙一つ一つの大きさは、さほどではない。だが、狭い範囲に複数というのが、自然な森火事ではありえない事だ。

 新しい、そして従来のものより信頼の置ける(らしい、としか言いようがない。なにしろナギは知っていることを伝えただけで、効率的な運用など知らないのだ)測量方法の導入により、狩猟範囲は広がった。つまり、今まではあまり行かなかった場所まで、狩り場にしている訳だが。火事が起きたを即座に特定できなかったのは、それが原因だった。


「村の方……?」

「違う、村だ! 襲撃を受けてる!」


 カーツが叫ぶ。今までに聞いたことがない、緊迫した声。

 全員が、弾けるように一斉に走り出した。

 森の中を、音を大きくして動くのは危険な行為だ。草食獣は逃げ、肉食獣を呼ぶ。だから普段は、潜むように移動するのだが。今は、誰一人としてそんなことを気にする余裕がなくなっている。

 森林を潜んで動けば、当然速度は遅い。ナギは普段、ついて行くのにさほど苦労を感じていなかったが。この時は、皆の姿を見失わないのがやっとだった。森歩きの慣れ不慣れとか以前に、身体能力が違った。

 先行する一団の中から、リッディツが下がってきた。顔は険しく、こちらを気遣う様子ではない。


「貴様……まさか我々をここまでおびき出すのが目的だったか? これが狙いで村に……」

「やめろバカが!」


 リッディツの言葉を遮ったのは、カーツだ。副団長のそれよりさらに険しい顔で、怒鳴りつけた。


「彼が村に来たのは、間違いなく精階の導きだ。私がそう感じた。彼を疑うならば、まず私に言え! お前は耄碌している……偉大なる階の流れも見えぬ無能だと!」

「……すまない。お前もだ、ナギ。私はどうかしていた……」

「いや……仕方ない……状況だ……」


 謝罪に、ナギは息も絶え絶えに応えた。喉から声を発するのも苦しい。

 チッ! と、カーツが舌打ちをした。


「ナギの技術の数々は、間違いなく我々に恩恵をもたらした。それを使ったのは我々だし、調子に乗ってこんなところまで来る決定をしたのも我々だ。咎を問うならば、自制もできぬ自分たちにだ。それと……」

「襲撃犯だな、間違いなく帝国の奴隷狩りどもだ!」


 全力疾走に近い速度で、森をかき分け、村に着く。全員で潜みながら、村を観察した。

 村は酷い有様だった。半数近くの家が焼け落ち、何棟かは物理的な衝撃で砕かれている。なにより衝撃的なのは、そこに人が散らばっている事だ。何人分かも分からない。それほど多くの人が殺されたのではなく、数人が無残に分解され、散らかされたのだろう。

 明らかに恫喝目的の虐殺だ。それを見て、リッディツは自分の膝を殴りつけた。


「なんとむごい真似を……! くっ、帝国の鎧犬どもめが!」


 鎧犬というのは、あの騎士風の男たちなのだろう。いや、帝国のと言っているのだから、風でもなく騎士か。

 言ったのはリッディツ一人だが、それは皆の代弁でもあった。

 燃やされず、そして砕かれなかった家は静かなものだった。荒らされた様子すらない。殺人現場の凄惨さに比べ、ずいぶんと大人しい。というか、大人しすぎる。本当に、ただ奴隷狩りをするためだけの部隊なのだと思い知らさされた。

 起きている事全てが異次元過ぎる。ナギは、胃の中がひっくり返りそうになるのを堪えながら、絞り出すように言った。


「こんな事が……!」

「君は知らなかったか……。これが帝国だ。奴らは恥を知らない。血と破壊しか持っていない!」


 中央には、おそらく村に残っていた者全てが集められていた。全員がすでに枷を嵌められており、六台ある荷馬車に乗せられている最中だ。積み込みはほぼ終わっており、残すは十数人のみとなっている。

 状況は、限りなく切羽詰まっている。積み込みが終えれば、彼らはすぐに出て行くだろう。一度馬車に走られたら、追いつく手立てがない。いくらエフレェ族の狩猟戦士の足が速いと言っても、馬車には及ばない。少し速度を出されたら、見失うのだって一瞬だ。


「相手は15人です」

「なら16人だと思った方がいいな。あいつらは四人一組で行動する。いるとしたら四の倍数だ」


 偵察に言っていた者の報告を聞き、カーツが言う。

 言葉は自分のために発してくれたのだと、ナギは気がついた。おそらく他の者は皆知っている。


「こっちは七人だ。どうにか上手く仕掛けたいが」

「鎧犬はそこまで待ってくれなんてしないだろう。なるべく早く奇襲する」


 下がれ、敵から見えない位置まで――そう言うように、カーツは手を引いた。誰一人音を立てず、そっと身を引く。

 カーツは七人全員が集まった事を確認し、口を開いた。


「作戦……なんて上等なものじゃないが。まず団を二つに分かれる。一方は私で、もう一方は……」

「私だな」


 リッディツが言った。カーツも深く頷く。


「まずは、兜を脱いでくつろいでる、間抜け二人を確実に殺す。全員で射掛けろ。そして、残りの鎧犬に集中する。まず最初にやる事は……」

「呪巫女の解放っすね」


 これはナギだ。またもカーツが頷く。


「彼女らの援護が得られれば、戦況をひっくり返す事もできる。ただ、それは鎧犬どもも承知だ。呪巫女の近くには、一番の使い手を配置しているだろう。こいつは」

「俺がやります」


 誰かが言う前に。そしてカーツに悩む暇も与えず、ナギが言った。

 カーツがこちらを見てくる。ナギは彼の視線に対して、まっすぐ応えた。


「あいつらと戦って時間を稼ぐ必要があります。この中じゃ、剣の腕は俺が一番上です。俺ならできます」

「ダメだ」


 返答は、別の場所から飛んできた。リッディツだ。


「勘違いするなよ。お前を信じていないわけじゃない。お前の腕も。確かにお前は強いが、攻撃が軽すぎる。単純に力が足りない。鎧犬とは相性が悪い」

「彼の言うとおりだ、ナギ。ここは私が……」

「お前も下がってろ。私がやる。腕力であれば、私が一番だ」


 言う。二人は数秒間、睨み合った。


「君より私の方が、ほんの僅かだが強い。成功率を上げるのであれば、私がそっちに行くべきだ」

「お前は指揮官だろうが。何かあった時に、お前は無事でなければならん。余計な事をしようとするな。そこは私の戦場だ」


 言って、リッディツは笑って見せた。

 気づかないわけがない。彼は「もし何かが起きたとき」に備えて言っている。そして、高確率でそれが起こるであろう事と。もしもが現実した時、そこを担当した者が生き残る可能性は、限りなく低いという事を。だから、実のところ必要なのは強さでも何でもなく、命がけで時間稼ぎをできるかどうかだ。

 リッディツは選択したのだ。自分より、カーツが生き残るべきだ。

 カーツは目を伏せた。耐えがたいものから逃げないように、強く。


「……すまない」

「そこは違うな。ありがとうだ」

「ああ、ありがとう。リッディツ、三人選んで回り込め。到着次第、反撃を開始する」


 言い終える。同時に、全員が動いた。走り出した訳ではない。膝立ちになり、胸元で手を合わせる。

 儀式だった。これこそ、実態のある力など伴わない、本当の意味での願掛け。


『精階の流れの清らかなるかな。我らエフレェの戦士である』


 黙想を終えて、開かれたカーツの目は。恐ろしく強い光を帯びていた。

 唱え終えて、リッディツが率いる四人が、裏側に回り込んでいく。本拠地だけ会って、騎士の目に付かぬよう移動するのはお手の物だった。あっという間に逆側に回り込み、ハンドサインが送られてくる。


「始めろ」


 カーツは短く言いながら、手を上げた。そして、全員同時に矢をつがえて、三つ数える。

 瞬間――

 七本の矢が、宙を飛んだ。

 ナギは着弾を確認する前に、弓を捨てた。鎧で完全防備されている相手には、これはもう意味がない。

 走り出して狭くなった視界の端で、騎士を確認した。頭から三本の矢が飛び出ている。一瞬で絶命しただろう。

 敵の配置――こちら側は六人だ。左方に四人が固まっている。ナギは今度こそ、有無を言わさず宣言する。


「俺が左!」


 絶叫して、四人の中に躍り出た。

 声は相手に、自分に注目させる行為でもある。物陰から飛び出してきた三人など、一瞬で把握されただろう。声を上げれば、一瞬だけそちらに注目が行く――他の二人への意識が、ほんの一瞬薄れる。

 最悪なのは、一人に対して二人ずつ構えられる事だ。呪巫女の解放を目的にするならば、二人で六人を相手するか、さもなくば一人が二人分を担当する必要があった。自分であればそれができると、強く念じて剣を取り出す。

 エフレェ族の剣は、内側に反り返った、先端の方が肉厚になっている片手で扱うものだ。似ているものは、ククリナイフだろうか。そちらに触れたことがないので、あくまで見た目の印象だが。


(……使いにくい)


 取っ手を指の腹で撫でながら、それは認めざるを得なかった。

 剣術家だった祖父を思い出す。よく言えば有所正しい(かどうかは知らないが)古武剣術で、悪く言えば古くさいだけが取り柄の役立たず――現代流の道からは外れた剣。実践向けなどと言えば聞こえだけはいいが。それでも面白かったから続けていたが、まさか役に立つ日がくるとは……。

 刀は当然、小太刀も多少ではあるが扱ったことがある。今まではククリナイフを小太刀の感覚を流用して使っていたが、今回ばかりは、それで大丈夫なのかという不安がもたげた。

 重さの違い……重心の違い……グリップの違い……設計思想や想定された運用から違うから、根本的な部分で技を共有できない事もか。不安材料はいくらでもある。そもそも一ヶ月足らずでは、握りだってまだ馴染まない。


(でも……今言っても仕方がない事だ!)


 一番前に出ていた騎士の一人に、姿勢を低くして潜り込み、すくい上げるようにして叩き付ける。これは剣で受けられた。というよりも、受けさせた。

 相手の武器は、ごく一般的な長剣だ。それを、腕を折りたたんで受けに回したと言うことは、次手を取りづらいという事でもある。

 騎士は腕力で押し返そうとしてくる。これも分かっていた。わざと脱力し、剣の上を長剣が流れるようにして。さらに敵の懐に、深く潜り込む。鎧と頬が接触するほど近づき、剣を突き立てた。狙いは……鎧の隙間。

 ぎぃん! と音がする。鎧に弾かれたのではない。内側で音がした。ナギは何かを考えるより早く、柄尻を膝で蹴り上げる。

 金属が激しくふれあう音は、破砕音に変わった。深く潜り込んだ剣から、柔らかくも粘つく感触が伝わってくる。


(一人!)


 今度は敵の体を蹴って、剣を引き抜く。勢いのまま回転し、援護へ向かおうとしていた騎士の前に、刃を割り込ませる。兜を思い切り叩いた。激しい振動に手が痺れる。ダメージは期待できないが、それでもいい。目的は、この敵は二人では足りない、と思わせる事だ。

 ナギの目論見は成功し、走ろうとしていた騎士が蹈鞴を踏む。三人の敵の前に陣取るようにして構え直し、そして叫んだ。


「鎧の下に鎖帷子を着ている!」


 声が届いたかは分からないが、聞いていれば役に立つ情報だ。

 三人の騎士が身を固めながら、剣を中段に構えた。誰もが判を押したように同じだ。それだけで、練度は決して低くないことが分かる。

 ナギは息を整えながら、彼らが構え終わり、扇状に展開するのを待った。即座に動けば、もう一人くらい倒せたかも知れないが、そこで打ち止めだ。先がない。役割は最初から時間稼ぎだ。相手から慎重になってくれると言うのであれば、その方がいい。

 左方の騎士が動いた、工夫も何もない、まっすぐな打ち下ろし。小細工はない。代わりに、重さと速さが桁違いだ。

 鋭い一撃の意図は分かっていた。これで仕留めようとは思っていない。逃げ道を右側のみに限定し、そちらから、別の騎士が追い詰めようとしている。


(騎士って事は軍……ってことは、やっぱ集団戦法のプロフェッショナルだよな!)


 少なくともナギが見ていた限りでは、一言の相談もしていない。連携が技の根本にある証拠だ。

 絶妙のタイミングで合わされた、横薙ぎの一撃。剣で受けるが、受けきれない事は分かっている。体を捻り、後ろに倒れ込んだ。その上から覆い被さるように三人目が迫る!

 ナギはそこで、思い切り体を停止させた。足が悲鳴を上げるが無視する。そのまま、上体は反った姿勢で、前へ飛び出た。

 左手で長剣の柄に触れる。姿勢と勢いの差で、止める事はできない。だからこそ、そのまま体に巻き込んだ。進む勢いを利用して、倒れ込ませる。剣を地面に突き立てて、切っ先を上に向けた。そこに落ちてくるのは……騎士の首上、鎧と兜の隙間。

 体に思い衝撃を感じた瞬間、ナギは右側へ体を抜かせた。いつまでも倒れ込んでいると、追撃を食らう。

 這い上がったとき、顔にべったりと何かが付着しているのに気がついた。血だ。騎士の吹き出したそれが、降りかかったのだろう。

 確認はしていないが、騎士の首は上手く切れた。両断こそできていないだろうが、重要な血管は傷ついただろう。これで死ぬかは分からないが、少なくとも今すぐ復帰はできない。


「二人」


 今度は口にして言う。

 目的は挑発でなく、示威だ。俺は強いぞという。強敵であれば、相手はさらに慎重になってくれる。


(しかし……)


 二度目の息吹を終え、構え直しながら。騎士たちを油断なく観察しながら、ナギは考えた。


(やっぱりこっちの人間の身体能力はおかしい)


 それは、エフレェ族の狩りについていっても思ったことだが。

 ナギの肉体的資質は、はっきり言って低い。祖父の影響もあり、元から鍛えていたからこそそれなりの身体能力を持っていたが。それでも才能という意味では、しょっぱいと言わざるを得ない。

 彼の才能がしょぼい事を加味しても、この世界の人間の身体能力は異常だった。

 狩猟団は誰もが陸上競技のトップレベル選手になれそうだった。森の中を走っていてだ。この騎士たちなど、プレートアーマー姿で『走って』向かってきたのだ。プレートアーマー自体は、実はさほど重いものでもないが。それでも、鎧を着込んで素早く力強い動きをするというのは、誰にでもできることではない。


(パワー、スピード……純粋な項目で勝負しちゃいけない。俺のやることは、技術を生かして敵の裏をかくことだ)


 もし、攻撃を受けざるをえない状況を作られていたら――そう思うとぞっとする。受けた剣ごと、簡単にたたき切られていただろう。

 彼らがそうしなかったのは、防具の特性と、想定している相手故だろう。互いに、一発二発受けたところでびくともしない。まず動けなくして、そのあと袋たたきなり隙間から攻撃するなり、そういった方法が一般的な筈だ。

 先手を取ったのは、また騎士たちだった。主導権はいつだって、より長い武器を持った者にある。

 扇形をさらに広げて、ほとんど左右から迫るように向かってくる。ナギはこのうち、左側に駆けた。


(こいつらの技には工夫がない!)


 フェイントがない訳ではない。彼らが下手なわけでもない。ただ、根本の技術が拙なかった。

 おそらく、彼らの技術は使い手が一人で完結できるものではないのだろう。良くも悪くも、集団であることが前提すぎるのだ。敵の裏をかくのは、別の人間に任せる。そして、ただ一撃、一刀に全力を注ぐ。

 わかりやすい分、単純な力として発揮される分は強力極まりない。が、弱点も同じだった。わかりやすいことだ。予測を上回る力を発揮するのは難しい。

 動きながら、腰をうねらせる。端から見ても分からないが、これで重心は右にずれている。体と長剣が交差する一歩手前で――足を捌き右に寄せた。上半身を一瞬だけ遅れさせ、一気に右脇へ潜り込む。兜で視界の限定された状態では、消えたようにも見えただろう。


(三人!)


 体で騎士を少しだけ押す。全力攻撃の打ち終わりに加えて、姿勢を崩された。これで右側の騎士は動けない。

 背後からも騎士が迫ってくるが、姿勢を崩した騎士の後ろに隠れてやり過ごした。そして、股下――太ももに剣を当て、蹴り込む。


「あっ……ぎ!」


 体が接触していたため、悲鳴はよく聞こえた。

 剣を引き抜かず、騎士の手から長剣を奪い取る。これで、まだ動けたとしても、武器はない。

 頭を押して騎士を押し倒しながら、切っ先を敵へと向けた。最後に残った騎士が、たじろいでいるのが分かる。相手も分かっているのだ。一対一では勝負にならない。

 長剣を構える。これも刀に比べれば扱いにくい。それでも片手剣よりはいいし、上手く戦う自信がある。ましてや、相手が腰を抜かしているならば、数秒で決着を付けられる――


「動くな」


 踏み込み、脇の下に突きを放つ。そう考えた瞬間、声がかかった。

 構えは解かぬまま一歩引いて、声の方を見る。そこには三人の人がいた。騎士が二人、一人が村の呪巫女。

 騎士の一人が、呪巫女を背後から抱え、ナイフを首に突きつけている。切っ先が首筋に食い込んだ、確か最年少の呪巫女は、涙を流して怯えていた。もう一人の騎士、これはあからさまだった。鎧からして意匠が違う。指揮官だ。

 指揮官の騎士が、剣をこちらに向けながら宣言した。


「卑人79人――と、お前以外の残り6人、全てが人質だ。大人しくしろ」


 騎士二人の背後では、他の仲間も、組み伏せられるか枷を嵌められるかという状況だった。

 誤算があった。致命的なものだ。それを突きつけられている。


(いや、違うか。元から切羽詰まった状況で、具体的な成算があったわけじゃない。リッディツさんは強い。あの人でどうにもならなかったんなら、誰でも無理だったんだろう。最初から……成功の目がなかったか……)


 奪った長剣を投げ捨て、両手を挙げた。その瞬間、今まで対峙していた騎士が激高する。


「貴様……!」

「やめろ!」


 止めたのは、以外にも指揮官の男だった。半殺しにされるくらいは覚悟していたのだが。


「でも! クレスもイーラルもこいつにやられたんですよ! センティアだって無事じゃない!」

「だからこそだ。これ以上数を減らしてどうする。命令を忘れたか? それとも、俺は俺の責任を果たさなければならないか?」


 言って、指揮官は、他の騎士より一回り分厚く大きな剣の柄に手をかけた。

 騎士は小さく一つ舌打ちをし、剣を収める。


「……申し訳ありません、我を見失いました」

「それでいい。彼らだってまだ死んだかどうかは分からん。とどめを刺すほどの余裕はなかったはずだ。生きていたら治療してやれ。そして手出しをさせるな。不名誉行為により処断されたくなければな」

「はっ」


 頭を下げて、騎士は血だまりに沈む仲間の方へと駆け寄っていった。

 正直に言って、現時点で死んでなくても、いずれ出血多量で死ぬだろう。あれはそういう怪我だ。が、呪なんてものがある以上、それに似たような何かを彼らが持っていても不思議ではない。


(……俺は安心したのか?)


 ふと、思う。それは妥当な予想ではなく、願望が強いようにも感じた。人を殺したくないという……

 ただ、今はその答えを出せそうにない。生まれて初めて経験した、本気の殺し合い。その後遺症が、脳を痺れさせている。


「ずいぶんと暴れてくれたようだな」


 指揮官の男が、近づいてきて言う。

 ナギは両手を挙げて――枷をかけやすい状態にして――言った。


「仕掛けてきたあんたらが言うこっちゃないな」

「その通りだ。だが、我らは栄えある帝国騎士。ましてや蛮族とでは、価値が釣り合わない」


 嘲りも何もない。ただ、プライドだけが見える。何を言っても無駄だろう。まあ、勝敗の決した時点で、聞く耳など誰でも持たないだろうが。

 音を立てて、手に枷が嵌められた。これで、逃げることも絶望的だ。

 ナギはため息をついた――今更ため息一つ突いたところで、どうせ誰も気にしない。


(呪なんてある訳の分からない場所に飛ばされて、ようやく馴染んできたと思ったら、次は奴隷か。全く……人生波瀾万丈すぎるだろ)


 ふと、横に顔を向ける。そこでは、下半身の鎧を取られた騎士が、治療を受けていた。顔だけ上げて、こちらを睨んでいる(だろう。兜はまだ着けたままなので、よく見えないが)。他の二人も生きていたようで、そちらも治療が始まっていた。やはり魔法的な何かはあるようで、用意しているのは針と糸や包帯ではない、見たこともないものだ。

 乱暴に、馬車に詰め込まれる。中には人がすし詰めされ、手枷を、壁からたれる鎖に固定されている。

 ナギはわざわざ一番奥まで押し込まれた。行動しづらくするためのようだ。狩猟団のみんなも同じようにされている。彼の乗った馬車には、もう一人、リッディツがいた。一太刀入れられたのだろう、胸から流れている血を布で押さえ、呼吸も細い。

 隣に座る。と、彼が声をかけてきた。


「すまん……お前は上手くやってくれたのに……私さえ……奴を倒せていれば……」

「あれは強すぎますよ。仕方ない事です。チャンスを待ちましょう」

「本当に……すまん……」


 そう言って、リッディツは目を閉じた。一瞬、死んだのかと不安に思ったが、呼吸はしている。

 ナギは息を吐いて、壁にもたれかかった。気を紛らわそうにも、誰一人として喋らない。エフレェ族の戦士であるリッディツのこんな姿を見せられたのだ、仕方ない。

 壁にもたれかかって、ナギも休んだ。戦っている最中はハイになって気がつかなかったが。元々、殺し合いを始めたのは全力疾走後すぐだ。肉体的にも精神的にも、休憩を欲していた。

 背中越しに、馬車の振動と音を感じる。と、そのうち別の何かが伝わってくるのが分かった。これは、おそらく会話だ。

 ふと思い出した馬車の構造は、はっきり言ってずさんなものだった。荷台と御者台が、板一枚しか隔てられていない。奴隷輸送にそれほど大げさなものは使えない、と言えばそれまでなのだろうが。

 姿勢を変えるふりをして、壁に耳を付けた――どこで騎士に見られているとも限らない。怪しい動きだなどと思われればどうしようもないし、実際怪しい動きだ。言い訳したところで通用すまい。

 前に乗っている騎士は誰だったか。自分が戦った騎士ではない。そして、指揮官でもない。各馬車に小隊長が最低一人と考えれば、小隊長一人に部下一人か。馬車の雑音にかなり気を取られたが、それでもほんの僅かだけ聞こえてくる。


「今回は被害が大きかったですね」

「そうだな。まさか小隊一つ壊滅させられるとは思わなかった」

「うちじゃなくてよかったですよ」

「ははは、全くだ」


 気軽に笑っている所をみると、彼らの隊には被害がなかったのだろう。


「しかし、惜しいですよね。あのぎゃんぎゃん騒いでた女。なかなかいい顔と体してるんですから、そっちに使えば数倍の金になるでしょうに」

(メレリーの事か?)


 他に該当者も見つからず、そう思う。

 彼女の容姿が飛び抜けているのは、誰もが認めるだろう。あと、ぎゃんぎゃんうるさい事も。


「今からでもあいつだけ隔離して、別の所に送った方が良くないですかね? それがダメなら、せめて俺たちだけでも楽しむとか」


 下卑た考えだ、とは一概に言えない。たぶん、ここではそういう奴隷の扱いが一般的なのだ。無論、それで何も思わない訳がないが。


「やめておけ。下手に手を出すと、指揮官殿に殺されるぞ」

「あの人も堅いですよねえ」

「今回はそれだけの問題でもないがな」


 その声が、僅かに硬質的になったのを、ナギは感じた。


「新しい迷宮が、複数発見されたのは知ってるな?」

「そりゃまあ。だから大々的に奴隷を集めてるんですし」

「噂なんだがな、どうも今回の迷宮には、階器が眠っている可能性が高いらしい」

(カイキ?)


 初めて聞く名だ。

 文脈からして、そのカイキなるものは、よほど重要らしい。それこそ、複数箇所から無差別に奴隷狩りをする程。まあ、迷宮とやらの価値と相乗効果のあるが故かもしれないが。

 まあ、そこの判別がつかないのは仕方ない。この場ではどうしたって分からないことだ。


(そう言えば、村の皆も事あるごとに精階と言っていたな。あれも《カイ》だ。共通点のようには思えるが……)


 これも、すぐに分かることではない。


「迷宮攻略前に、奴隷を減らしたり、無意味な消耗をしたことがばれてみろ。俺は即座にお前の名前を出すからな」

「じょ、冗談はやめてくださいよ」

「…………」

「……やめておきます」

「いいか、くれぐれも馬鹿な真似はするなよ。作戦に使われる奴隷の横領など、明確な国家反逆罪だ」


 なるほど……奴隷は人ではなく物か。感情は煮え立つが、それは無視し、まずは理解をする。


「ま、そう腐ることもない。迷宮探索は危険な仕事だが、参加するだけでも実入りが大きい。それに、階器じゃなかったとしても、もし何か見つけられれば勲章ものだ。奴隷の一人くらい見逃したってなんてことないさ」

「じゃ、作戦が終わったら、俺が隊長の上司っすね!」

「口の減らない奴め。そうなったら……そうだな、今度は俺を昇進させてくれよ」

「そいつは隊長の態度次第っすかねぇ? ……でも、迷宮って危険なんじゃないっすか? 無謀な奴が挑む所ってイメージがあるんですけど」

「お前は本当に馬鹿だな。何のために奴隷を集めてると思ってるんだ」

「あぁ……。そりゃそうですよね」


 この後もしばらく聞き耳を立てていたが、話されたのは金の使い道やら、帝国のちょっとした内情やら――それはそれで興味深くはあったが、今すぐ必要な話ではない。

 ナギは姿勢を直して、考え込んだ。


(大量に集められた奴隷は、全て迷宮に投入される。なら、騎士どもの盾としてだな……。どんな場所か、詳しくは分からなかったが、危険な場所ではあるんだろう。抵抗しすぎなかったのは正解か? どっちの方がマシだったのか……)


 少し悩んだ所で、頭を振る。どのみち人質を取られていた。あのまま抵抗するのは、被害を増やすだけで無意味だ。

 迷宮に押し込まれるにしても、手枷をしたまま無手ということはあるまい。奴隷の公開処刑ではなく、れっきとした作戦なのだから。そして、今回の件で、奴隷は帝国に強い恨みを持った。もしくは、元から持っていたものが、さらに強まった。従順に話を聞いて、成果を上げたとしても無事で済む可能性は低い。


(逃げる機会は、迷宮の中になるかな。何かの拍子に混乱でもしてくれれば、目はありそうだ)


 そのためにはどうするべきか。指折り考える。


(まずどうにかしなきゃいけないのは、監視の騎士だな。俺は一人で四人の騎士を殺りかけたから、監視が厳重になる。規定人数以上が割り振られるか、じゃなければ使い手で固められるな。まずは、そいつらをどうにかする)


 全く持って具体性のない中身だ。が、あえてスルーし続ける。


(次に必要なのは武器だ。騎士を始末できたんならそれでいい。問題は自動的に解決する。そうじゃない場合は苦労するな。できればカイキとやらも手に入れたい。奴らが欲してるものなら、いくらでも使い道はあるだろう。そいつをタネに……)


 と、そこまで考えて、思わず吹き出しそうになった。自分の様子を外に出すのをなんとか堪え、頭を上げた。軽く、後頭部を壁にぶつける。


(捕らぬ狸の、なんてレベルの話じゃないな。完全に妄言だ。いくら追い詰められたからって、これはないだろ)


 笑うしかない。あるかも分からない宝で、未来の話をしていた騎士二人。あれよりもよほど重症だ。もっと笑えるのが、そんな計画しか立てようのない事だ。

 どのみち、現状他に賭けられそうな何は何もない。

 どこで何をするかは決まった。ならば、とナギは目を閉じた。

 今は、少しでも体力を回復しておく。来るべき好機だけは見逃さないために。







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