8.整理と分析
ライム達が脱走してから数分後、イムの計らい通り混乱に乗じてアジトをあっさりと脱出することに成功した。
現在宿の一室で情報を整理している。
「で、イムはランダリーファミリーの若頭だったわけか。それであいつらが俺らを誘拐犯だと間違えてこんなことになったと」
「.....本当にごめんなさい。父さんがあまりにも過保護なモンだから」
「息子に言われちゃ相当ね」
流石のミスティも体の節々を撫でながら呆れたように応える。
イムは言葉を続ける。
「ハルク兄達も本当は悪くないんだ。父さんも悪いわけじゃない、全部僕が勝手に飛び出したからいけないんだ。一応影武者は用意したんだけど一瞬でバレちゃったし」
「お前、魔法が使えたのか?」
「魔法じゃないよ、複製人形っていう技術の塊。行商人から買ったんだ、ノグ大陸のモノだから皆を少しでも騙せたみたいだし」
「あの科学大陸のモノか。俺は見たことがないけど凄そうだな」
実際、ノレオフォール大陸より東に位置するノグ大陸では魔法よりも科学技術が進歩している。
魔力が少なく魔法や魔術に恵まれない者でも人間の造り上げた擬似的な魔法が進歩した地でもあり、交易も盛んに行われている。
ちなみに医療技術の最先端を行くのもノグ大陸である。
ちなみにイムの使った複製人形は一度使えば終わりの使い捨て商品だったが、対象の血液と髪の毛を人形に付属させることでクローンのようにもう一人の自分を創り出すことが出来る。
副作用や欠点は多いが、影武者代わりには十分な効力を発揮する。
「それで、私たちはこれからどうするのライム君」
話に区切りが付いたところでミスティがコホン、と咳払いをして話を次に進める。
「そうだな、もう少しランダリーファミリーのことについて知りたい」
「珍しいじゃないの、いつもこういう面倒ごとになったら一番最初に逃げ出すことを考えるのに」
「あの集落でのこともある。それにグラハムさんの言葉も気になるし、何よりイムの話を聞いた限りじゃそこまで悪い連中に思えないんだ」
街に来て見た火災現場、集落で見た人為的な傷(これはランダリーファミリーが関与してるとは限らない)、そしてグラハムの言葉とイムの言葉。
これらは一致しないというかどこか矛盾を感じさせる。
「僕も気になってたんだ。たしかに皆結構悪いことしてるみたいだけど、人を傷つけたり殺したりは絶対にしない。ちゃんと節度は守ってるはずなんだ」
「.....ていうことは?」
「うん、僕も考えたくないけど」
イムはゆっくりと目を閉じて拳を震わせながら推測を出す。
「裏切り者がいる、ランダリーファミリーの中に」
「.....そう考えるのが妥当だな」
「でも、ちょっと待って」
ミスティがここで口を挟む。
「たしかにライム君達の考えにも一理あるわ。でも、集団が組織を成す以上裏切り者が現れるのは普通よ。それに火災の時は見た感じだと火は上がって消火された後だった。それにあの人混みだと犯人も逃げるのは難しいわ」
そう、イムもそこを考えていた。
イムもあの時現場にいた、そして消火された後なら犯人は当然逃げ切れててもおかしくない。
しかし、過去にこのことは何度かあったため今度こそ犯人を捕まえようと近隣の住人やランダリーファミリーの人間が張り込んでいたこともあった。
しかし、誰も犯人の姿を見ていないどころか本当にランダリーファミリーがやったのかもわからない。
「しかも私たちが捕まる直前には街の人達がランダリーファミリーを発見して逃げ出した、そこから私たちもイム君に案内されて路地裏に入ったの。そこにいたのもランダリーファミリー、いくらなんでもおかしいわ」
「何でだよ?二手に別れた可能性だってあるじゃないか」
「それがありえないのよ」
ミスティが人差し指をライムに指しながら指摘する。
「私たちがあの路地裏に入るなんて予測できない。それなのに彼らは待ち構えたように待ってたのよ」
「それはハルク兄から聞いたんだけど、僕らのことを監視してたみたいだよ」
「え、そうなの?」
ミスティが驚いた表情を浮かべる。
「でもやっぱりおかしいよ。それなら街の奴らが追いかけて来てハルク兄のところに誘導して挟み撃ちにすればいいのに後ろからは誰も来てなかった」
「来てなかったのか?あの時走るのに必死で俺は気付かなかったけど」
「私も突然のことで何が何だか」
「僕はちゃんと付いてきているか確認するために何度か後ろを見たんだ。その時はやっぱり後ろから誰も来てなかった」
イムは自信満々に応える。
たしかにそれならライム達の頭上から現れるなど回りくどいことをせずに後ろから奇襲して同じことをすればいいのだから。
思考の泥沼にはまっている中、ライムが何かに気がつき手を挙げて発言する。
「.....今更だけどレッドってどこ行ったんだ?」
「.....あ!」
「そういえば」
.....全員今の今まで忘れていたようだ。
「あいつもしかしたらあの時飛んでたりしたら、上からの状況とか見えてるんじゃないのか?」
方針は決まった、行方不明の旅仲間であるレッドの捜索。
ライム達は出発の準備を進めた。
「イムも付いてくるのか?」
「勿論だよ、街の地理に詳しいの僕しかいないじゃん」
そう言いながらイムも付いてくることとなった。
部屋を出て、ギシギシと音を立てる階段を降りてロビーに到着した瞬間、ライムとミスティはすぐさま警戒態勢を取った。
「よぅ若。待ってたぜ、あと脱走兼誘拐犯共もな」
「ハルク兄!」
藍髪の青年、ハルクが煙草を吸いながらロビーのソファにどっしりと座っていた。
※
「.....全くハルクさんったら、勝手に飛び出して行っちゃって」
その頃、ランダリーファミリーのアジトではリリーが侵入者であるパックの頭を脚で鷲掴みにしながら移動していた。
数分前、ハルクはイムとライム達の姿を確認して追いかけて行ってしまったため彼女がパックの尋問をすることとなったのだが、生理的に触れたくない相手だったので顔にタオルを被せたている。
それでも血は流れており廊下には血のカーペットが出来上がっている。
というよりも尋問するなんて面倒なので牢屋にぶち込むつもり満々なのだが...
「ここでしばらく大人しくしててよねー、逃げたら本気でその頭潰すからね」
パックの武器を奪い取り牢屋の鍵をガチャリと閉めて唾を吐いてその場を後にする。
彼女としては早くいつも通りの日常に戻ってヨルダンにどう夜這いを仕掛けようか考えていた。
そのヨルダンの居場所もわからないのだから彼女の機嫌はとても不機嫌である。
リリーは脚に付いた血を洗い流すために洗面所へと向かっていた。
翼は畳んでおり、現在露出しているのは鳥の脚のみである。
「ん〜麗しきおJYOさぁ〜ん。少しよろしいですかな?」
「あン?」
振り返るとそこには見たことのない胡散臭い男がいた。
金髪のロン毛で腰には日本刀のような剣を携えているが、服装は侍には似ても似つかぬ服を着ている。
リリーの威圧にも関係なしと言った様子で狐目の男はニッコリと笑みを浮かべる。
「俺っちの仲間知らないかな?ちょっと小太りな弓持った奴と、短髪で傷だらけの男なんだけどさ。あ、ちなみにそんな感じの弓だよ、君の持ってるね」
「........」
リリーはその時、この男はあのクズ野郎の仲間なんだと確信した。
それと同時にランダリーファミリーに喧嘩を売ってきた侵入者だと。
「生憎だけど人様の家に土足で入り込むような連中に話すことは何もないね。僕は忙しいんですよ」
「それは残念だ。まさかパックがやられたとはね」
「...ッ!」
一瞬、リリーが瞬きを一つした本当に僅かな一瞬で目の前の男はリリーの背後にぴったりと背中合わせで立っていた。
近くで見るとそこそこ身長も高く、どこからか取り出したシルクハットを被り始める。
「全く、クロフに何と言えばいいのやら。だから俺っちは全員で出撃するなんて反対だったんだ」
男はリリーに興味を示す様子もなくそのままリリーから離れて行く。
それが隙を作った、リリーは大きく翼を広げ男の首筋に向かって脚蹴りを放った。
横薙ぎの蹴りで脚にはパックから奪った矢を掴んでいる。
「残念」
リリーの背後から声が聞こえた。
しかし、男は未だにリリーの目の前で歩いている。
リリーが振り返るとそこには何もなかった。
もう一度正面を見るとそこに男はいなかった。
「こっちだよ、こっち」
声を聞いた瞬間、リリーは矢を声の方向に投げた。
しかし、そこに男はいなかった。
先ほどと同じように男はリリーの目の前を歩いていた。
男はゆっくりと振り返る。
「中々いい反応だ。うん、君が敵じゃなきゃ確実に俺っち好みでナンパしてたんだけどな。残念だ」
「あんた、一体...!?」
「俺っちはしがない気分屋さ。それ以上でもそれ以下でもない」
その言葉を最後にリリーは男の姿を見ることも声を聞くこともなくなった。