18.ヨルダン VS ジン
ヨルダンは自身の身体に起こった現象に目を疑った。
金髪の男、ジンがパチンと指を鳴らしただけで腹部に剣が突き刺さったのだ。
貫かれた感覚もなかった、本当に気がつけばそこにあったという認識でしかない。
それでも、痛みはあるため夢や幻の類でもない。
「俺っち達が請け負った依頼は、ランダリーファミリーの討伐。まず最初の獲物は仕留めた」
「ぐ、ぎぃ...!」
ヨルダンはそのまま膝をついて横に倒れてしまう。
倒れると同時に、腹に刺さってあった剣がジンの手元にあることに気がついた。
あまりに不可解な現象だったため、ミスティも驚きを隠せなかった。
ジンはシルクハットを被り直して剣を腰の鞘に静かに仕舞い込む。
「テメェら、が、昨日来た」
「そうだよ、俺っち達が昨日お前達が騒いでいる侵入者だ」
「や、っぱりな」
ドクドクと流れる血を抑えながらヨルダンは必死に言葉を紡ぐ。
「ま、結局撤退するハメになってしまったけどね。本来なら俺っち一人で十分な仕事なんだけどね、一人で突っ走るのもクロフ達にも悪かったからね」
ジンは皮肉気味に笑い、カツカツとヨルダンに近づく。
「ま、俺っちは女さえ手に入れば問題ない。アジトにいた水色の髪の亜人の娘、俺っち好みだったよ」
ピクリ、と今まで微動だにしなかったヨルダンの眉が僅かに動く。
ジンはヨルダンの様子に気がつくことなく続ける。
「敵であるから口説くわけにいかないけど、連れ去るくらいなら大丈夫なはずだ。そうだ、君から彼女に話してもらってもいいよ」
ジンがヨルダンの方に声をかけるとそこに倒れているはずのヨルダンはいなかった。
血痕が地面にべっとりと張り付いた痕だけが残っていた。
「どこに...!」
次にジンが感じたのは顔面に強烈な一撃だった。
ジジジジジ、と微かに音を立てているモノはジンの顔面を確実に捉えて、そのまま体ごと吹き飛ばした。
「カハッ!?」
ジンは体勢を整えて目の前に立つ影を見上げた。
「お前は、やってはいけないことをやろうと口走ってしまった」
先ほどまでの傷はそのまま残っているが、嘘のようにスムーズに口を動かして言葉を紡ぐ。
ヨルダンは額に青筋を浮かべながら憤怒の表情を浮かべジンのことを見下ろしていた。
「俺や若、ハルクや頭領のことまでなら我慢できた。あいつら何やかんやで実力と運はあるからな」
ヨルダンは拳を握りなおしてバチバチと魔力を集中させる。
「だがな、リリーだけはダメだ。あいつは俺たちとは比べものにならねぇほどの傷を抱えてんだ!その傷を掘り返そうとしたテメェだけは、リリーが許しても、俺が許さねぇ!」
ヨルダンが叫んだ瞬間、バチィという音を置き去りにしてジンの顔面を再び殴り飛ばした。
ジンは殴られた頬を抑えながら、その場から何の予備動作もなくパッと姿を消す。
「全く、中々効く。しかし、まさか君がそこまで彼女のことを考えてるなんてな、親か何かかい?」
「あいつは大切な妹分だよ!姿見せやがれ、ギザ野郎!そして財布を置いていけ!!」
ヨルダンは声のする方向に拳を振るい、そのまま地面を殴りつける。
ドゴオォォォォン!!と地面にまるで雷が落ちたような衝撃が走り、小規模なクレーターが生成される。
しかし、ジンの姿は捉えることができなかった。
姿は見えないが、声だけはそこから聞こえてくる。
ジンは言葉を続ける。
「君の魔法も中々なモノだが、所詮雷に変換した魔力を身体に纏わせるだけにすぎない。俺っちの魔法には遠く及ばんよ」
ジンはヨルダンの背後に背中合わせをするように姿を現す。
「....うェい!!」
「残念」
しかし、ヨルダンの雷にも匹敵する速度で放たれた拳は空振りに終わる。
そこにジンの姿と声はあるのに、幻に触れるような感覚で実体はない。
次の瞬間、ヨルダンの頭上から幾つもの瓦礫の山が降ってきた。
先ほどミスティとの戦闘で出来たモノとヨルダンが自ら余波で作ってしまった瓦礫だった。
「俺っちも暇じゃない、手っ取り早く終わらせてもらうよ」
普段のヨルダンならばいとも容易く回避できたのだが、今回は違った。
足が抑えつけられたように言うことを聞かなかった。
ヨルダンは傷が塞がらない腹を抑えながら、頭上を見上げた。
(リリー、俺は、俺はお前に何かしてやれたかな?)
ヨルダンの頭の中には走馬灯のように様々な出来事が流れ始めた。
その中には八年前、リリーと出会った日のことも含まれていた。
※
八年前、当時14歳のヨルダンは家を飛び出してランダリーファミリーの一員として活躍していた。
雷の魔法の名家に生まれ、落ちこぼれのレッテルを貼られたヨルダンは天才と呼ばれていた二つ下の弟の事故死をキッカケに、イルバースの北部の街から南部の街へと逃げるようにやって来た。
そこでランダリーファミリーに拾われて以来、ランダリーファミリーの一員として尽力を尽くしていた。
ある日、ヨルダンはイルバースの街の外に出現した、この辺りでは見かけない強力な魔物の話を聞いて、腕試しにとアジトから足早に向かった。
頭領や幹部たちからは止められたが、ヨルダンは自分の力を証明できるいい機会だと浮かれていた。
家にいた頃は落ちこぼれと呼ばれていたが、ランダリーファミリーではそこそこの評価を受けて天狗になっていたのだ。
それと同時にもっと褒めてもらいたい、という年相応の考えもあった。
目的地に着き、目的の魔物を発見しサングラスを掛け直して様子を伺った。
全体的に丸みを帯びていて目は小さい。
何より特徴的なのが大きな背びれとだらんと垂らした大きな腕だった。
どうやら泳いでここまでやって来たようだった。
(よし、あの速度なら俺の方が早い!)
ヨルダンは全身に魔力を込めて飛び込もうとした、その時だった。
魔物の目の前に倒れた少女を見つけたのは。
長い水色の髪に肌の露出を避けるローブのようなモノを羽織っている。
少女は気絶しており、動く気配はなかった。
それを見た瞬間、ヨルダンは今まで思い浮かべていた必勝法を全て無視して魔物に突進していった。
奇跡的に、不意を突かれた魔物の打ち所が悪かったのか一撃で伸びてしまった。
雷にも勝る速度の突進なので、普通の生物ならまず耐えることなど不可能だろう。
ヨルダンは少女に声を掛けた。
「お、おい!大丈夫か!?」
「ん、ぅん?」
少女は目をパチパチさせて、のそりと起き上がった。
少女が起き上がった瞬間にローブがはだけてしまい、肌がヨルダンの目に飛び込む。
「おま、それ...!」
「え、あ、やだ!見ないで!」
少女は急いでローブを全身に包み直す。
しかし、ヨルダンは彼女の腕から鳥の羽毛が生えていることや、足が鳥のようになっているところを見てしまった。
亜人、ヨルダンが助けた少女は、かつて人獣戦争で人と敵対した種族だった。
「あ、あなたも僕にひどいことするんでしょ!?」
亜人の少女はそう言いながら足の爪を立てながらヨルダンを睨みつける。
ヨルダンはポリポリと頭を掻いた。
(.....恥ずかしかったら、そんなことしなきゃいいのに)
ヨルダンは戸惑った様子で、どうしようかと考えた。
当時のヨルダンはそこまで博識ではない、むしろ一般常識はかなり欠けていた。
つまり、亜人なんて種族知らなかったのである。
ヨルダンは彼女の姿をコスプレと捉えていた。
「そんなことしねぇよ」
「う、嘘よ!そういう人に限ってそう言うものなのよ!」
「しないって。俺、そんな貧相な胸のやつ狙わないから」
ヨルダンの発言に亜人の少女は恥ずかしそうに腕をクロスさせて成長しきってない胸を必死で隠す。
ヨルダンはため息を一つ吐く。
「とりあえず来いよ、ンな格好じゃ風邪引くぞ」
「.....誘拐?」
「違うっての、お前名前は?」
「知らない人に名前は教えちゃいけないって、お母さんが...」
「ヨルダンだ!俺の名前はヨルダン・ピルコック!これでお前はもう俺のことを知った!」
ヨルダンはニッと笑みを浮かべながら少女の頭をワシャワシャと掻き回した。
「.....強引じゃん」
「そうでもしないと、ずっとこのままだ。もう一回聞くぜ、お前の名前は何ていうんだ?」
ヨルダンは再度尋ねる。
少女はそんなヨルダンの顔を直視できずに顔を逸らして渋々といった様子で小声で応える。
「.....リリーです」
「そうか、よろしくなリリー」
ヨルダンはニカっと笑みを浮かべた。