10.違和感
「じゃあ、落ち着いたところで簡単に自己紹介でもしとこうか」
あの後沈黙が続きさすがに耐えきれなくなったライムが話題を切り出す。
ロビーの雰囲気に耐えきれなくなった一行は部屋に逃げ込むように移動し、現在は円になって座っている。
ミスティとハルクは未だにぎこちない感じだが、その雰囲気を吹き飛ばすにも最適だろう。
特にライム達はハルクのことを知らないし、逆にハルクはライム達のことを知らない。
互いをある程度知っているのはこの場ではイムだけである。
この街にいる限り関わることが多くなりそうなので互いのことを知っておくことは大切である。
「じゃあ言い出しっぺからどうぞ」
「よし。俺はライム・ターコイズ、一応治療魔術師だ」
「治療魔術師!?」
治療魔術師という単語にハルクが敏感に反応する。
「どうした?」
「.....いや、何でもねぇ」
「ハルク兄...」
「大丈夫だ、若」
レッドが問いかけるとハルクは苦虫を潰したような表情を浮かべて押し黙る。
そしてそのまま何かを考え込むように俯いてしまった。
そんな彼にイムは心配そうに声をかける。
現在世界的に見ても治療魔術師は希少でレアな存在だが、それとは別の想いが彼にはあるように思えた。
「まぁ、とりあえず続けるぞって言っても正直これ以上言うこともないんだがな」
「じゃ次俺な、ソニックイーグルのレッドだ。縁あってライムと一緒にいる」
レッドがライムの後を引き継いで会話を繋げた。
「会った時から聞きたかったんだけど何で喋れるの?」
「さぁな」
イムの素朴な疑問を一蹴する。
ちなみにこの疑問はこの場にいる全員(レッド含む)が抱いている。
次にイムがレッドに続く。
「イム・ランダリー、一応ランダリーファミリーの跡取りだけど個人的にあまり継ぎたくない。僕はあんた達みたいに旅をしてみたい」
「え、コイツランダリーファミリーの奴だったの?」
「今はいいだろ」
事情を知らないレッドが驚く。
話が脱線してしまいそうだったのでライムがレッドの口を無理矢理止める。
それでもレッドは聞きたいことがあったらしくハルクに尋ねる。
「ていうかあんたはいいのか?一応関係者だろ?」
「若がそう言うなら従うまでさ、人生なんて一回きりだし自分で道は決めなきゃ損だろ?」
尋ねられたハルクは迷いなく応えた。
尋ねたレッドもその通りだな、と一人で納得する。
「次は私ね。ミスティ・オーランドよ、ライム君とは違って戦闘系統の魔法を使うわ。それ以外にも活用できるけどね」
「どんな魔法?」
「私はそんな簡単に手の内は晒すつもりはないわ、たとえ相手が子供でもね」
「あいた!」
尋ねたイムがミスティにデコピンされる。
情報は武器である、今は害はないがいつどこで敵になるかもしれないランダリーファミリーの人間に彼女の魔法の詳細を教えることは危うい。
イムは一度助けられて目撃しているはずだが、わかりにくかったようだ。
ミスティの隣に座るハルクが咥えていた煙草を手に取ってから溜息を一つ吐いて言う。
「ハルク・ギース。昔おやっさんに拾われてランダリーファミリーの為に尽力を尽くしている。これでいいか?」
「いいわよ」
「お前が答えんのかよ!」
ビシィ、とツッコミを入れたかったが、今の位置から手を出すと彼女のボインに手が当たってしまうというオチが見え見えなので言葉だけでツッコむ。
「自己紹介も終わったことだし質問いいか?」
「えぇ、どうぞ」
「あんたらがこの街に来た理由は何だ?」
ハルクはライム達に問いかける。
たしかにライム達がイムを誘拐したという誤解は解けたが、それでもハルクは聞いておきたかった。
別に大した理由でなくてもいい、未だに納得できない自分を納得させたい自己満足に過ぎなかった。
「ある人物を探している、その足がかりとしてここに来た」
「ある人物?」
「二年前、メデルの街を焼き野原に変えた炎の魔術師だ」
ライムがキッとハルクを睨むように質問に応えた。
ライム自身睨んだつもりはないのだが、この話になるとどうしても怒りを抑えられず目つきが鋭くなってしまう。
「なるほどな、たしかにイルバースは魔法都市と呼ばれるほどだ。魔術とか魔法の類の情報なら腐るほどあるだろうな」
「納得してくれたか?」
「あぁ、すまんな。嫌なこと思い出させちまって」
ハルクはライムの様子を察し謝罪する。
ライムは未だに表情を強張らせたままだが彼の謝罪に応じる。
「俺からもいいか?」
「あぁ」
「街に来てから何度かランダリーファミリーの悪行を見た。そして恐れられていた、これはお前らで間違いないか?」
「.....その悪行ってのはどんなのを見たんだ?」
「注文を間違えた腹いせで店に火を放ったところとか」
「うん?ちょっと待ってくれ」
ライムの言葉をハルクが止める。
何やら悩んでいる、というよりも考え込んでいる。
「たしかに俺らはこの街で悪事を働いていることは認める。だが、人が死ぬ可能性があることは絶対にしないぞ」
「でも、俺たちはたしかに見たぞ」
「私も見たわ」
ライムの言葉にミスティもレッドも同意する。
同じくイムも目撃していたのだが彼は黙ったままだった。
「それ、人数とかわかるか?」
「人数まではわからないが街の連中がまたランダリーファミリーの仕業だと言っていたぞ」
「また...?」
ハルクはますます意味がわからないと言った様子で驚いていた。
「ちょっと言わせてくれ。俺たちは絶対に人殺しはしないって決めてるんだ、盗みなんかはするが人殺しだけは絶対にしねぇよ」
「なら、何で街の奴らはランダリーファミリーを見ただけで殺されると思って逃げ惑うんだよ!」
「.....それは本当か?」
「ハルク兄、僕も見たよ」
「若も、どういうことだ?」
ハルクは頭を抱え込んでしまった。
ライムは続ける。
「俺もあんたらと会って何かがおかしいと思ったんだよ。もし仮にあいつらとあんたらに上下関係があれば俺たちは既に殺されてるはずだ。わざわざ生け捕りにしてアジトまで連れて行った意味がわからない」
「それは、若をどうして誘拐したかを聞き出すために」
「だが、奴らは違う。ここに来るまでにランダリーファミリーに攻撃されたと思われる人たちも数人見かけたんだ。そんな血気盛んな奴らがその場で殺さずに連れ帰る可能性は低いだろ?」
「.....ならお前の言ってる連中ってのは何なんだ?」
「わからない。でもこの街でランダリーファミリーが人を殺すと思っている人間がいることはたしかだ」
ライムの言葉にハルクは押し黙ってしまう。
彼自身が見て聞いたわけではないが、それでも心当たりはあった。
「もしかしたら、あの侵入者共も関係してるかもな」
「ハルク兄」
ハルクは煙草をクシャクシャに握り潰してゆっくりと立ち上がる。
「どうやら、少し調べる必要があるみてぇだな」
「あぁ、この街で一体何が起きてるのかをな」
ライムもハルクに続いて立ち上がる。
身長差もありライムがハルクを見上げる形となり、ライムはそれでも臆せずにハルクに近づく。
「俺は面倒なことは嫌いだ、でも目の前で人が傷ついてたら別だ。彼らがこれ以上血を流さないために、力を貸してくれ」
「そりゃこっちの台詞だ。俺たちの中に裏切り者がいる可能性があるってんなら俺たちの責任だ。きっちりケジメ付けないとな」
ライムはハルクに右手を差し出す、ハルクも応えるように右手を差し出して握りしめる。
「それと、あんた治療魔術師なんだろ?」
「あ、あぁ、そうだ」
「この件が終わったら、一つ頼みたいことがあるんだ」
ハルクは真剣な眼差しでライムの眼をジッと見た。
ライムもそれに応えるようにハルクの眼を見た。