9.動き出す者たち
ドタドタドタドタ、と大きな足音を立てながらヨルダンはランダリーファミリーアジトの長い廊下を走る。
向かう先は頭領、ロブ・ランダリーの部屋。
彼はリリーと別行動を取ってからまず自分の部屋に行った。
そこから軽いフットワークや着替えなどの準備を行ってる内に事態は進行しているが、彼に知る由はない。
もし、敵の目的がランダリーファミリーの首を狙って来たのなら当然ロブが狙われる。
ハルクは若頭であるイムを追ってアジトを飛び出したと連絡を受けた。
リリーは戦闘はできるが、ヨルダンとハルクと比べると実力は劣る。
もし、敵がリリー以上の実力者だとしたら彼女に勝ち目はない。
廊下を走ること十分、やっとのことでヨルダンはロブの部屋の前に到着した。
ノックもしなければ一声も掛けずに扉をスパーン!と勢いよく開く。
「頭ァ!無事ですか!?」
ヨルダンが部屋を見渡しているとロブがこちらに向けて言葉を放った。
どうやら無事のようでヨルダンは安堵した息が漏れた。
「ヨルダンか、敵は退いていった」
「退いた!?」
ロブは厳しい顔のまま言葉を紡いだ。
「ここにやって来た若僧なら儂が追い返した。何やら向こうも連絡を受けたらしいが儂の知ったこっちゃない」
「そうですか。若の行方は?」
「不明だ。ハルクが追ってくれてるらしいが、敵が退いたとなれば街に現れる可能性も考えられる」
「じゃあ、俺もすぐに」
「いや、主はここにいろ。リリーと共に襲撃に備えるんだ、これだけの強襲をしておいて儂の首を持って帰らないとなればまた来る可能性は高い」
「.....了解しました」
では、失礼します。とヨルダンは一礼して扉を静かに閉める。
被害はそこまで多くはないようで見た感じ怪我人も少なかった。
どうやら兵力はそこまで打撃を受けなかったようだ、幹部クラス以上を狙った強襲だと推測される。
ヨルダンが思考に耽っていると背後から凄まじい悪寒が彼を襲った。
「ヨールダーンさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
「どわっ!?」
背後を見てみるとリリーが物凄い表情と速度でヨルダンに迫ってきた。
「ヨルダンさん、ご無事でなによりです!」
「近い近い近い!顔が近い、鼻息荒い!ちょっと落ち着け!」
相変わらずヨルダン一筋に愛を向けている彼女の行動もヨルダンにとっては日常に過ぎなかった。
それゆえにどう対処すればいいのかもしっかりと心得ている。
「リリー、お前敵と会ったのか?」
「あれ?やっぱわかっちゃいます?流石相思相愛!」
「違うわ!血の匂いがしたんだよ、どっか怪我とかしてんじゃないだろうな?」
「僕は無傷だよ、この臭いはゲス野郎のだと思います」
あとでしっかり消毒しないと、とリリーは相当嫌そうな表情を浮かべる。
「話を戻すが、敵ってどんな奴だ?」
「ブタ野郎とギザ野郎」
「うん、全然わからん」
間違ってはないんだけどね。
※
その頃、ライム達はランダリーファミリーのハルクと話していた。
彼はもう何本目かわからない煙草を咥えてどう話を切り出そうか、といった表情を浮かべる。
「お前、何で俺たちがここにいるとわかったんだ?」
「若を追ってたらここに辿り着いた、そして何より」
「ようライム」
ハルクの懐からひょこ、と見たことのある鳥が顔を出した。
「レッド!お前今までどこに!?」
「お前たちが連れていかれたから空から必死に探していたんだ。それで宿に帰ろうとしたらコイツと入り口で会って色々質問された」
「でも喋るソニックイーグルなんて珍しいよな。見世物屋にでも売り飛ばせばいい値で買ってくれるんじゃねぇか?」
ハルクはニヤニヤしながらレッドを品定めするかのように見る。
「それで、貴方は一体ここに何をしに来たのかしら?イム君を連れ戻しに来ただけなら力付くでも私たちから引き離すはず。レッドに事情を聞くこともないはずよ」
「中々鋭いな姉ちゃん。たしかに俺は若を連れ戻しに来たのはついでさ」
ハルクは煙草を口から離すとライム達に頭を下げた。
「すまねェ、俺たちの独断であんた達を連れ去ってしまって」
ハルクは謝罪した、ランダリーファミリーを代表して。
「どうするミスティ?」
「そうね、裸踊りをしながら私の足をペロペロしながら「お許しください王女陛下」って言ったら許してあげてもいいわよ」
「.....あんたがそれを望むなら」
ハルクは上着を脱ぎ始めた。
「ちょ、ハルク兄!?何してんのさ、本気!?」
「おいアンタ、やめとけ!こんな奴の言うこと聞いても何の得もないぞ!」
「いや、だが、俺に決定権というかそんな資格は」
「責任感じすぎだろ!」
予想外なミスティの発言を真に受けてしまったハルクが止まることはなかった。
というか止めれる者がこの場にいなかった。
「すまねぇルナ、俺は社会的に死んでしまうかもしれない」
「死ぬから、死んじゃうから!ここ個室じゃなくて宿のロビーだから!」
何やらギャラリーが現れてきた気もするが、ライム達はそんなものに構ってる暇はなかった。
「ちょ、ミスティ!頼むから命令撤回を...!」
「お、おぉ、おぉぉぉぉ...」
「言い出しっぺが赤面しながら顔逸らしてんじゃねぇよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!いいからこっち向けやコラぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
宿のロビーの一角は混乱に混乱していた。
数十分の説得の末ハルクを止めることが出来たのだが、ミスティとハルクの間に微妙な空気が流れてしまったのは、また別の話である。
※
ランダリーファミリーのアジトから少し離れたある喫茶店。
「全く、パックの奴はしばらく戦闘できなさそうだな」
「そうだな。惜しい男を失った」
「まだ死んでないし、いなくてもあんま支障ないと思うよ?」
ハァ、と金髪の男が溜息を漏らす。
筋肉質で焦げた肌の上には多くの傷を負った短髪の男は腕を組みながら頷く。
「だが次行ってロブ・ランダリーの首を持って帰れるのか、それが重要だ」
「俺っち達を動かしてまで退治したい連中なだけあったよな。そこそこ骨のある連中だった」
「お前は何もしてないだろ?」
「まぁな、パックを助けてお前に連絡したくらいだからな」
金髪の男は戯けた様子でヘラヘラ笑う。
「ま、でも大きな怪我じゃなくて良かったよな」
「奴はタフだからな」
「そいつは言えてるぜ。あの脂肪のお陰かな?」
「ジン、あまり悪口はよくないぞ」
「そりゃ失敬、でもさクライアント様の秘書の人めっちゃ美人だったよな。口説きたいぜ!」
「そこに関しては俺は何も言わん」
「何だよクロフ、相変わらずノリが悪いな」
「俺にはお前の言うノリがイマイチ理解できん」
筋肉質の男が眉間を抑える。
「だが奴は強かった。ロブ・ランダリー、只者ではない」
「そういやよ、ランダリーファミリーなんだが一つ疑問があるんだ」
「どうした?お前が悩むなんて珍しいな」
「バーカイフにゃ俺っち以外脳筋ばっかだろ、俺っちが頭使わなきゃ誰が使うってんだよ」
ジンと呼ばれる金髪の男が顎に手を当てる。
筋肉質の男、クロフはジンの言葉を静かに聞く体勢だった。
「俺っち達が尋問した奴らとアジトで会った奴らとの雰囲気、ていうか空気が違ったんだ」
「それは見た感じか?」
「まぁな、まるで別の組織とでも出会った感覚だったぜ」
「俺にはわからんな。だがもしかしたらその疑問はもうすぐ解決するかもしれんぞ」
「ん?何でだよ」
クロフはヒビの入った携帯電話を取り出してニヤリと笑う。
「ちょうど依頼人、ブロス・イルバースより連絡があった。どうやら再度会いたいようだ」