↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
27/32

27 カモマイルミルク

 

 魔法陣を敷く時に大切なのは、像をしっかり持つこと。

 呼び出そうとするものを思い描きその像をきちんと浮かべることで、必要なものを必要な分だけ呼び出すことができる。

 どんなに初級の魔法陣でも、像が揺らげば不完全なものになってしまう。


 杏子は連日、水の魔法陣を繰り返し敷く。

 裏庭を水浸しにしてしまうので、練習場所は丘を上がったところにある乾いた岩地で行われるようになった。

 像を強く描いて魔法陣を敷いても、どこかで邪念が入るのか、同じ陣を敷いているのに呼び出したものは安定しないままなのが続く。


「私が、風邪をひくまえに、出来るようになるんだろうな……」


 濡れた冬凪に睨みつけられれば、しばらくは手のひらサイズの水球を出し。それを叱責されれば、次には豪雨を降らせるという繰り返し。


 十回に九回、ようやく安定した量の水を呼べるようになった頃、桔梗の館に久しぶりの訪問者が訪れた。


 

「ご無沙汰しています」


 ずぶ濡れの杏子と冬凪が屋敷に入ると、居間から聞き覚えのある声が掛けられる。


「黒蜜さん?」


 水滴を落としながら居間にいた黒蜜に近づこうとした杏子を春潮が阻み、タオルを渡される。

 このところ練習から戻る杏子たちにタオルを渡し、濡れた床を拭くのが春潮の日課になっていた。


「杏子。とりあえず着替えてきな」


 ずぶ濡れでいることを忘れていた杏子は慌てて頷き、ポタポタと滴を落としながら部屋へ急ぐ。すっかり水を被る事に慣れてしまっていた。

 冬凪は違うようだが。 


 杏子が身支度を整えて、居間に入るとすでに夏墨以外の者はそこに揃っていた。

 居間の長椅子に杏子が座るのを待って、今日は知らせをもってきたと黒蜜は切りだす。


「――ここからそう遠くないところに、隙間が出来ました。まだ、出来て間もないので小さなものですが」


 隙間と聞いて、杏子に緊張が走る。

 黒蜜が広げた地図に、冬凪と春潮が視線を落とす。

 杏子は用意されたカップに口を付ける。カップの中にはカモマイルのホットミルクが入っていた。

 気候のいい日が続いているとはいえ、戸外で水浴びをするには季節が早い。杏子の冷えた体を心配した春潮が毎度作ってくれるそれには、体を温める効果と気持ちを落ち着ける作用があるという。


 地図から視線を上げて、冬凪は頷いた。


「最初にするなら、手頃だな」

「どうされますか?」

「もちろん塞ごう。夏墨が戻ったら支度を始める」

「では、薔子様にもそのように伝えましょう」


 地図を畳み、出されていた珈琲を飲むと、黒蜜は帰り支度を始めた。

 それまで黙って座っていた杏子は、黒蜜にそっと声を掛ける。


「あの……、黒蜜さん。薔子さんは、怒っている?」


 依然、杏子の元に薔子からの連絡はないままだった。

 杏子は薔子があの日、自分の曖昧な気持ちに腹を立てたのかもしれないと考えてもいた。

 黒蜜は少し驚いたように杏子を見て、すぐに微笑んだ。


「いいえ。……反省していらっしゃいましたよ」

「反省?」

「性急に物事を進めてしまったことを、杏子さんに何も告げずにいたことを」


 杏子がどこか安堵したような面持ちになるのに、黒蜜は表情を和らげる。


「いずれまた、薔子様とこちらに伺います。ここの魔法は解けたのですからね」


 杏子が屋敷と契約し新しい鍵魔女となったことで、桔梗の館を取り囲んでいた魔法は解けた。

 今はもう、あの鍵を必要としなくても、ここへの出入りが可能となっている。


「はい。待っていますね。それに、小豆さんにも会いたいですし。今度は一緒に来てくださいね」


 杏子はほっと息を吐き、カップのミルクを飲む。

 また薔子にも、小豆にも会えるのだと思うと心は弾んだ。


「それに、薔子さんの術者の皆さんにも会ってみたいです。黒蜜さんと、小豆さんの他にもいるんですよね?」

「はい。薔子様の術者は四人おります。杏子さんからのご招待があると知れば、皆喜びましょう」

「四人……。小豆さん以外にも、女の方はいるんですか?」


 杏子が何気なく口にした小さな疑問に、黒蜜は僅かに顔を顰める。

 春潮が落ち着きなくカップをテーブルに戻した。冬凪は無表情なまま珈琲を飲み込んだ。

 居間の空気は、ほんのひと時だけ凍ったように杏子は感じる。

 黒蜜は手にしていたカップをゆっくりと傾けてから、意図的な微笑みを浮かべた。


「――術者は、男と決まっております」

「……え?」

「魔女が女と決まっているように、術者は男しかなれません」

「え? でも、小豆さんは……?」


 杏子は自分の中で甦る小豆の姿を追う。

 フリルたっぷりのメイド服を着こなし、女らしい仕草、声。可愛らしく上品に施された化粧。

 

 杏子の様子に、黒蜜は慣れた様に首を振るときっぱりと告げた。


「――そういうことです」


 そして黒蜜は手土産のタルトを置いて帝都へ戻った。今度は召し上がってくださいね。と、杏子に告げて。

 車を見送る杏子の微妙な横顔を見て、冬凪は面倒そうに口を開いた。


「小豆のことは気にしなくていい。アレは少々変わった性質だ。……お前は魔法陣を安定させることだけに集中しておけ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。