19 食堂
翌朝、杏子が静かに食卓の扉を開けると三人が揃っていた。
部屋の空気は朝には似つかわしくなく張りつめ、誰も口を開かずに杏子を見つめる。
杏子は三人の視線を受けとめると、朝食が準備途中になっていたキッチンに向かった。
小さな片手鍋を手に取ると、教わった通りに材料を入れて火にかけ木べらでかき混ぜる。
杏子の手元を朝の陽が照らした。
この屋敷の食堂は朝には東の窓から、昼には南の窓からたっぷりと陽光が入るように作られている。晴れた日は一日中、明るく暖かな場所だ。
ゆっくりと木べらを動かし、杏子は口を開いた。
「わたし……、魔女になれるように頑張ってみます。だから、このまま、ここに、桔梗の館にいてもいいですか?」
杏子の声は震えていた。
食堂の張り詰めていた空気が、杏子の背中越しに解けていく。
「もちろんですよ」
すぐに返された夏墨の優しい声に、杏子は安堵の息を小さくつく。
春潮が杏子の横に並び、嬉しそうに朝食の支度を再開させた。
杏子はそれに後押しされるように、反応のないもう一人をそっと振り返り見る。
「お前が決めることだ」
冬凪からは案の定、素気ない返答と仏頂面が返ってきた。
「冬凪」
すぐに諌めるように夏墨が声をかける。
「……自分で決めたのなら、それでいい
」
夏墨の視線に負けたからなのか、少しだけ声と表情を和らげた冬凪の瞳を恐々と杏子は正面から見つめた。
「うん。自分で決めたこと……。わたし、魔女になります」
杏子ははっきりとそう告げると、片手鍋に向きなおる。その頬は、薄っすらと紅潮していた。
甘い湯気が上がるそれを、杏子はカップへ注ぐ。四つのカップに褐色の液体が熱々と満たされた。
笑顔でカップを受け取る夏墨と春潮、冬凪はあからさまに眉をひそめたがカップを受け取った。
これが、杏子がここで初めてできたこと。
杏子は手の中の温かなカップを見下ろした。とろりと、カフェチョコレートが揺れる。
それを一口飲みこんで、杏子は目を閉じた。
強い甘さが身体の中を落ちていき、杏子を温める。
「やる気になったのなら、さっさと飯を食って下へ行くことだな」
冬凪が呆れたように言って、食堂を出ていく。
杏子はその背中を見送ると弱々しく呟いた。
「わたし、冬凪と上手くやっていけるのかな……」
甘さにむせ込みながら春潮が目くばせをする。
「大丈夫だろ。だってほらな……」
その視線の先には、冬凪が置いた空になったカップがあった。