第四章 地底洞窟編 4-1 次なる都を目指して
思えば地底を目指し地面を掘り出して50日、地上で一人生きてきた時間も悪くはないが随分と密度が濃く刺激的な日々が続く。今も今とて滝の周囲のやや脆いクリスタルをひたすら下に掘り進めている。フィアの尻尾レーダーが示す角度は中々に変わらない、目的地までは距離があるということだろう。堀りやすいのは結構だが劣化しているクリスタルは透明度が低く視界を遮る、そうでなくとも茶色い地面のカケラや靄がかかった部分、極めて軽度の劣化したクリスタルでも厚ければ遠くの景色をぼやけさせる。フィアのレーダーが無ければ一々周囲を確認する面倒な事になっていただろう。
幸いにして食料は有るし学園から定期的に運んでもらうこととなっている。どうにも創造神とのコンタクトがあった件の話が広がってから随分と協力的になった。創造神とやらが全てを解決してくれると期待しているのだろうか?勝手に期待するのはいいが全知全能であったのならば今自分達が苦しんでいる筈も無いだろう。ともあれ理由はどうあれ勝手に色々勝手にやってくれるのであれば不満は無い、精々上手く使うだけだ。
掘り続けて3日目、フィアの尻尾レーダーの角度が多少なり浅くなる。確実に進んでいることがわかればやる気も出る。獣人コンビに元王女、兵士の1人がゆっくり後ろからついてくるがやることも無く所在なさげだ。学園に待機してもらっていてもいいがわざわざ道が開通し生存者が見つかった後呼びに行くのは面倒すぎる、退屈も仕事と思ってもらうしか無い。仮に学園にいたとしても正直なところ時間を持て余すだけだろう。仕事といえば食料運びと家事くらい、一方地上では何を為すにも人数不足でクイーンが睡眠不足だとナイトから聞いた。何もせずじっとしているにはヒトは知性が発達しすぎている、耐えられない者が多い。助けた後学園に移動したヒトビトも食料や資材を運ぶ仕事の他に危険を承知で地上まで出て働く者も増えてきているらしい、結構なことだ。しかしながら一定数の学園に引き篭もって食料を消費するだけの存在もいるらしい・・・蟻は数居る中で働かない固体が一定数存在するらしいが分母が減ってくれば働き出すと聞く。さてこのニートはどうなるのか。まあ、管理はこちらの仕事ではない。
6日目、相変わらず地面を掘り続ける。フィアの歌をBGMに淡々と作業を続ける。だが、急に歌が止まる。
「どうした?」
「ンー・・・ンンッ?あっちに大量の反応があるヨおじ様っ!」
尻尾が指すのは滝より離れた方向、目的地とは異なる場所。少し逡巡するがこれも何かの縁だと思い向かうことに決める。フィアのレーダーの有効範囲ギリギリ、結構な距離があるが示す角度は下ではなく真横に近い。後ろについてくる奴らに一声かけると早速作業を始めることにする。下に掘り進めるには螺旋やジグザグを描くようにして上へと戻れるように考えなくてはならないが横穴ならばただ進むだけでいい。当初周囲のクリスタルはそこまで強固ではない為進むことが容易であったが滝から離れ進むにつれ強度が増していくようだった。それ自体は今の滾る体にはいい運動になるので大きな問題にはならなかったが酸欠が恐ろしいので道を広くし、空洞を見つけそこを経由するように進む。息を荒くせず心拍数も上げず。一定のペースを維持して進む。
7日目、正面に靄がかかった区画が広がり先が見えなかったが、突き抜けて生命反応のあった地点へと到着。
「多くのヒトがいますが・・・」
「どういう状況なのかねこれは・・・」
「ひ、ひえええ」
元王女に獣人コンビが驚く。もちろん兵士もフィアも、こっちにとっても極めて予想外だ。想像を絶する光景、フィアは間違ってはいなかった。おそらく200人近く生存している。大発見だ。だがこれはひどい。
「うわあ・・・みんなスゴイ顔だネェ」
「・・・」
目の前の島はどういうわけか、かなり薄いが広い面積を持っている。だが、扁平ではなく手前から奥にかけて盛り上がっている地形を持ち全域が劣化の進んでいないクリスタルに覆われ時が止まっているようだ。建物は見えない、そのかわりにいるのは大量の人影。必死な形相のヒューマンが押し合いへし合いひしめき合っている。裾から見れば小さな子供や老人を踏みつけ互いを押しのけあうように上を目指す恐怖におびえた顔のヒトビト、中腹に見える人影も必死で走って上を目指している様子が見て取れる。奥の高い位置を見れば登ってくるヒトを押し留めようと必死の形相で向き合っているヒトビト。上りきった先は断崖か、バランスを崩し下を見て恐怖に怯えた表情でなにかを叫んでいるような格好で固まっているヒトもいた。倒れている人影もちらほら、見えるのがすべて正者ではないだろう。
地獄絵図、おそらく何かに追われていたのであろうことは想像できるが、そこらかしこで殴り合いや殺し合いにまで発展している姿も見える。ある意味、生物としての本性を垣間見たような気分になる。ヒトも所詮本能を満たすために行動する獣の一種ではあるが。
モンスターの姿は見えない。だがある意味でこのヒトビトが怪物に見えてくる、恐怖に我を忘れた悪鬼達。
「さて、どうするか」
「スルーしちゃわないカナ?ネエおじ様」
「「「・・・」」」
巫山戯た様なフィアの言葉では有るが否定の言葉が直ぐには出ない。凄惨な光景と言える。ヒトの負の部分を見せ付けられているようだ、ある意味『人間』よりもひどいかもしれない。永年の平和で隠されくすぶり続けた黒いモノを御するには少々平和ボケしすぎていたのか。ともかく助けたくなるような気分にはさせない。
気分だけの問題ではない。助けた途端に正気に戻り理性的な判断を取り戻せるのかというと疑問、場合によっては暴れまわりそうだ。そしてそれが一人ではなく100人以上。
仮に全員助けてもその後の問題がある。見たところ十分な食料や物資を持たず着の身着のままなヒトビトが多い。余りに人数が増えても食料の減少を早めるだけであるし地上はまだ十分な生活環境を確立させていない。危険分子を大量に抱え込むにはキャパシティが足りていないだろう。
しかし決めなければいけない。今、ここで。
結論として、兵士に学園まで戻りナイトか地上の幹部クラスに状況を伝えに行かせた。最終的にはクイーンが判断することになるだろうが、結局は世話をするのは自分ではないのだ。この状況を目で見て、その上で受け入れても大丈夫と判断したのならその時は掘り返してヒトビトを助ける程度の手伝いはしてやる。キャパシティが十分に取れない、今後余裕が出来たら助けるというのであればそれもまた一つの判断だ。
興味深いものが見れたが、道草を食った。滝まで戻り『ナック』を目指すことにしよう。