3-29 王狩り
ヘルハウンドは全身のほぼ全てを今クリスタルに覆われている。この時間が止まった状態では双方共に傷つけることは出来ない。半分弱程度を掘り出すとヒトやモンスターの場合は時が動き出すことが分かっている、その仮定の下計画を進める。
ヘルハウンドの直上よりなるべく細く、そしてクリスタルを押し固めるように穴を掘る。体が通るギリギリの直径、酷く掘り難いが時間を掛けて実行する。ヘルハウンドの頭部まで到達、恐ろしい迫力だ。頭部の周囲を慎重に掘りスペースを作る。それが終わると四苦八苦しながら掘ってきた穴から這い出す。
同様な細長い穴を掘り、背中の真上、腹の下、尻尾の周囲を掘削しスペースを作っていく。息が詰まる、何度も何度も休憩を挟みながら慎重に作業する。幾日かかってでもかまわない。恐れるべきは手を抜いて後悔のままに死んでいくことだ。さらにヘルハウンドの真後ろ、7m程までの通路を掘削し作る。
そろそろ仕上げだ。滝から水を採取し皮袋に入れてひたすらヘルハウンドの頭部へとつながる穴まで運び、流し入れる。筋力を酷使する苦行、だがその先に見えるものがあればこそ手を止めない。縦穴のある程度まで水が満ちる、この運搬作業だけで半日以上費やすが仕方がない。
獣人コンビが合流してきたが邪魔なのでしばらくの間離れていてもらう。ハロイドの存在に包帯教師が興奮し喜んでいたがヘルハウンドと街並みの光景に顔を青くして静かになっていた。間抜け領域でしばらく待機しているそうだ。また、ムラの倉庫から学園への食料の運び出しが開始されたと聞いた。
さて、準備は整った。掘った通路を通りヘルハウンドの真後ろまで出る。距離は、7m。ヘルハウンドの背中直上の空間を狙える。7スターリボルバーのシリンダーを回し距離7mの橙色の宝玉を選択、構える。
爆発、爆発、爆発。何度も繰り返される爆発が僅かずつクリスタルを削り空間を広げていく。6発目を打ち込んだ瞬間、ヘルハウンドの体が大きく震えた。大急ぎで通路を後退、距離を大きくとり様子を伺う。
ヘルハウンドの時間は動き出した、おそらく最悪の時間で。
顔の周りには水、口をあければ水が入り込み呼吸が出来ない。首を振ろうにもクリスタルで阻害される。
体を動かし暴れようとしても、叶わない。その太い手足や腰の周囲はクリスタルで覆われており稼動部の少ない背や腹、胸や尻尾の周囲だけに空間がある。
ボクサーのパンチは強力だ、武道家の蹴りは凄まじい。だが、それは筋力を余すことなく利用することで発揮される力。加速度がつき、全身のばねを使っておこるアクション。首から下を地面に埋められればたとえ工具を持って深い穴を掘れる力自慢も脱出することが出来ない。
冷静な判断力は顔を覆う水により奪われる。
とてつもなく強大なオーラの流れ!ヘルハウンドの額の宝玉から放たれた魔法がすでに破壊された都市をさらに灰燼へと帰す。凄まじい射程と爆発範囲、そして威力。僅かに動く顔の筋肉のせいか多少なり爆心地がずれ多くのクレーターが生まれ、絶え間ない衝撃はハロイドを覆うクリスタルを吹き飛ばし、時間の楔から開放されたばかりの建物も破壊していく。また、自由になったファング達もその衝撃と熱波で逃げ惑いながら身を焦がして死んでいく。狂ったような連射は止まらない、完全に恐慌状態だ。だが、その頻度も徐々に減ってくる。酸欠で体力を、さらに魔法でオーラを過剰に使い過ぎたのだろう。
ヘルハウンドが暴れる事を警戒し少しはなれた場所で様子を伺っていた。フィアのレーダーで生命反応を逐一報告させる。ヘルハウンドの反応が元々強いので減っていく段階もよく分かるらしい。爆発の轟音と地響きが止んだ、フィアのレーダーでもかなり弱っていることがわかったらしい。再び、動くことにする。
無理に動かなくとも放っておけばヘルハウンドはおそらく死ぬ。だが、これはエゴだ、我侭であり理性的な判断ではない。それでもこの手で止めを刺したい衝動に駆られていた。理性と本能の狭間で踊らされる精神。駆け出す。
ヘルハウンドの直上に掘られた狭い縦穴、落ちながらシャベルを構え背に突き立てる―――堅い。僅かに皮膚を削っただけか、くぐもった悲鳴が聞こえる。シャベルでは時間がかかる、黄色の宝玉が仕込まれた篭手にオーラを流し込み雷撃を放つ。体内に浸透する攻撃を傷口から何度も何度も流し込む。ヘルハウンドは激しく暴れるが身動きが取れない、徐々に反応が鈍くなっていく。そして、ついに動きが止まった。
「やったか・・・っ!フィア離れてい、うおっ!!」
頭を思い切り振り頭の上のフィアを振り飛ばすと同時に凄まじいオーラの奔流が体を打つ、初めて牙付きを殺したとき以上の凄まじさ。目がチカチカする、息が激しい、体が燃えるようだ。思考すらままならず―――意識を手放した。
長期休暇に入りましたね、皆様も昨日等はお忙しい日々をすごされたかと思います。むしろこれからが忙しいのかもしれませんが・・・