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伝説のシャベル  作者: KY
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3章異聞の17 Welcome!


 皆が口々に喜びの声を上げる。おそらく今までの中で一番笑顔があふれた時だった。明るい雰囲気というものは、良い。しかも一切の虚飾もない。


「お楽しみのところ悪いが」

「お客サマがきてるヨ!」


「・・・客ですか?」


「ああ、楽園の住民だよ」


 地上は楽園だと巨人は言っていた。何の誰にとっての楽園か?そう、魔獣。


「なっ!?みんな聞いて!魔獣が来ます!急いで戻っ」ドガンッ!


 パニックになりかけた場を爆音が駆け抜ける。そこには仁王立ちして奇妙な杖を上空に向けた巨人がいる。


「来るのは野犬1匹だ」


 砂漠の一角を指差し巨人は言う。鋭い眼光、怒りをこめた声。気の弱い生徒は腰を抜かしてしまっている。


「ここで、生きようとするのならば」


 巨人はあえて最後の言葉を言わなかったのだと思う。後は受け取るヒトの姿勢に任せた。『ならば』、その後に続く言葉は?ある生徒は『隠れる』のか。また、別の生徒は『逃げる』のか。そして―――。


 何人かの生徒と目が合った。そのまま逸らす者、動揺する者、頷き返す者。


「リリエル」

「はい」


 喜びのあまりに落としてしまっていた槍を拾う、今後は手放すことは無い。多くの生徒は混乱していたが自警委員や一部の生徒は盾を構えて前に並び、杖を抜いて後ろにつき、槍を構えて隙間を埋めていく。それを見た生徒の中でも武器を持って前へ出てくる者が出てくる。私も槍を持って前に立つ、傍らのリリエルは倉庫にあった杖を持ってきている。オド量はそれなりのモノだけれども2,3発は魔法を撃てる。

 

 闘志をむき出しにしている生徒、震えながらも前に出る生徒、不満げな顔の生徒、前に立つ顔も一様では無い。初等部から高等部まで年齢も違う三十人程の生徒が隙間をつめて並んでいる。後ろには先ほどの空洞へ逃げ始めている生徒や呆然として動いていない生徒、どうすればいいのか前と後ろを見て戸惑い考えている生徒。


 私達はもう学生であって、そうでは無い。社会と大人の庇護下でにおける平等というものはすでに、崩れ去っている。さらに言えばルオナ先生もナコナコ先生も生きている大人は負傷して学園にいる。この場は、私達だけなんだ!


 もう生きるための戦いは始まっている、もちろん私達は個人で生きていけるほど強くは無い。しかし集団の中での優劣を決める動きはすでに始まっている。私が真っ先に動くのもその為だ、だから皆私の指示に、命令に従う。自警委員の指示に従う生徒、それは自警委員が戦っているから。これからは、もっと激しくなる。私達が生きてきた常識が剥がされつつあり、新しい常識が覆っていく。ただこの先生きるためだけでなく、その意味でも今ここに居る生徒達は正しい『仲間』足りえる。


「妖精様、あとどれくらいですか?」


「あっちの影から・・・ン~、5秒後くらいかナ?」


 時間無いじゃないですか!!


「総員構え!!」


 5、4、3、2、1。


 見えた。ファング!緊張に槍を握る手が汗ばむ、他の生徒達もそうだ。槍を向け威嚇し杖は距離を測り盾は前へと張り出される。


 さあ、来い!



「・・・グルルル・・・」



 ファングはうなり声を上げこちらを見ると身を翻して走っていってしまった。


 は?拍子抜けだ。周りの生徒達も口をあけている。一体何があったのか?



「野犬は臆病だ、特に単体はな。フィア」


「うん、おじ様!アレだけだヨ」


 つまり、追い払えたのか?私達が!歓喜の声が響く。これが始めての私達だけで為し得た勝利だった。ただファングを1匹追い払っただけという結果を見れば大したことは無くともこの意味は大きかった。


「だが」


 ぴたりと歓声が止まる。巨人の言葉を聞き逃さないように。その言葉から得られるモノを逃さないために。


「今回ははぐれだったが群れの斥候の場合は逃がすと厄介なことになる。さっきのやつは飢えていなかった。飢えていれば野犬といえど襲ってくる。やつらも生きている」


 私達も生きている。時に身を守り、時には殺しに行く覚悟も必要ということか。死にたくなくて逃げることで増える危険もある。これから学んでいくことは多く、身をもって、血や命を犠牲にして知っていくべき事もまた多いだろう。私達はこの厳しい世界で生きていけるのだろうか? 


「安全な寝床も、生きていく場所もくれてやった。これで駄目ならば死んだほうが良い」


 辛辣な言葉だけれども反論はできない。考えればこれだけでも極めて恵まれている。そもそも全員が死んでしまうところを助けられ、進む道も住む場所もお膳立てしてもらっているという幸運、破格の幸運。これも運命というのなら私達が間違えない限り生きていけそうな気がする。いや、生きるんだ。肉親の無事もわからず心休まる日々も無いかもしれない、それで駄目になるようならそれはそれまで。ただ、それでも生きたいと思ってしまうのなら。


「行くぞ」


 巨人が進む方向には大きな島がある。結晶の砂漠に浮かぶ島、私達の生命線。私達は武器を手にその背中を追う。


 この空の下で生きていくために。


「ああ、そうだ」

 

 巨人が振り返る。妖精様も笑顔だ。


「「地上へようこそ、地底人」」


 何故だか胸が熱くなり、笑みがこぼれた。


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