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伝説のシャベル  作者: KY
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3章異聞の16 BLUE SKY


 地上までの道ということであり、それはもちろん上り坂であった。巨人が先頭に立って武器でもあり道具でもある円匙を振るい道の整備をしながら進んでいく。巨人にとっては余裕のあるゆっくりした歩みなのだろうけどこちらからしてみればかなりの速さだ。更に言えば道というのは最短距離ではないらしい、地上から真っ直ぐ穴があったとしてどうやって登れというのか、真上に上がるのならば螺旋状に掘っていく必要があると巨人は言った。直線距離を短くするには急勾配の坂道となり進みにくく、歩きやすい道となれば地上への距離は遠のく。上手く物事は運ばない。


 とはいえ巨人は今回新しく道を掘りつつ地上を目指すと言う。理由を聞けば、既存の入り口から外へ出た場合ファングやサーベルウルフがうろついているから危険らしい、巨人にとっては暮らしやすい場所らしいが。辺境に行くほど危険も少ないが資源も少なくなっていくらしい。逆に中央はさまざまな資源が豊富で食べるに事欠かないが、食べられることにも事欠かないらしくお薦めはできないそうだ。


 しかし、何事も例外は存在する。中々に辺境だが大きく、ある程度の資源が見込まれる場所もあるらしい。稀にファングが少数で徘徊する事があるあると聞いたが他にマトモな候補地は無いらしい。巨人が訪れた島に食べられる植物の種を植えつつ旅をしていて成長も早いだろうから、運がよければある程度の食料の確保はできるだろうとの事。


 それでも多くの人数を食べさせていくには足りない。いずれは適した作物を栽培するか、他の島々を利用し食料を確保するか移動しながらの生活になるか。極力拠点を設けた生活にしたい、巨人も何かあれば連絡を取りたいということはそれを望んでいるのだろうけど。それは追々考えていくしかない。考えようによっては食料はある、たとえそれが危険な地域でも。



 螺旋状に掘られた道を登る。幻想的な風景、遠くにはクリスタルに閉じ込められた建物のようなものも見えるし靄がかかったかのように見えないところもある。学園のあったところを振り返ると学園を包むように靄がかかっているように見えて、もう校舎の姿は確認できなかった。


 ひたすらに歩く、荷物を担いだ状態でずっと歩き詰め。体力がどんどん削られていく。リュックの紐が肩に食い込んで痛い、位置を微調整するけれども一時凌ぎにすぎない。


「きょ、巨人様・・・い、一度小休止を、お願いします」


「・・・軟弱な」


 そう言いつつも巨人の足が止まると皆一斉に座り込み荒い息を吐き出す。後ろを見れば、随分と列は伸びてしまっているようだ。初等部の担ぐ荷物の量はかなり減らしてあるとはいえ元々の体力に差はある。鍛えられている生徒や力のあるドワーフもその分多くの荷物を運んでいるために疲労の程度は似たようなものだった。


「おい」


「はあ、はあ。な、何でしょうか?」


「モンスターを殺したとき、お前達は何か感じるのか?」


 質問の意図が良く分かたないが何か気になることがあるのだろうか?ただ殺すのが不快だとか、かわいそうだとかそういう答えを求めてはいないことはわかるけれど。


「・・・特に、何も。ああ、でも至近距離で魔獣を倒した場合に一時的に体内のオドが乱されて体調を崩したという話は聞いたことがあります」


「・・・そうか」


「何か?」


「いや、いい」


 少し難しそうな顔で巨人がなにやら考えているが、特に何かを話すつもりは無さそうだ。それよりも息を整えることに集中する。水も飲むが飲み過ぎないように気をつける。ある程度余裕を持って動いているとはいえ用心に越したことは無い。


 休憩が終わると再び歩き出す。最初は美しいと思っていた景色もだんだん憎く思えてくる、ただ幸いなのは周囲の風景が変わって見えることで進んでいるという実感があることか。これがずっとトンネルの中のような景色でゴールも見えなければきっと心が折れいる。


 初めての分岐だ。巨人の後に従い無心で歩いていると風化した建物がぼんやりと見えてきた。あえて分岐からこちらに来たということはあそこで今日は夜を明かす予定なのか、ゴールが見えてこれば多少体に力が戻ってくる。


 今日は随分と、いや生まれてから一番長く歩いた日だった。建屋郡に到着してから後続がやってくるのを待つ。最後尾の生徒達が来るころにはかなり時間がたっていたが各グループの代表者を呼びそれぞれの点呼をとらせ、異常が無いか報告を受けた。



―――最後尾のグループで初等部の生徒が一人足りない。 



 どこで落伍したのか?同じグループの生徒によれば用を足すから先へ行っていてくれと聞いたのが最後だったらしい。疲れた体に鞭打って動ける自警委員を引き連れ道を戻る、荷物は置いてきたため身軽ではあるが苛立ちは募る。


 幸いにして分岐前で泣きじゃくりながらトボトボと歩いているのを見つけることができた。


 今回は運が良かったというべきか、極度の疲労で判断力や気遣う余裕というものは無くなっていく。今後も生きていくうえで同じようなことがきっと起こるだろう。それが積み重なるとき組織としては瓦解してしまうかもしれない。うまい舵取りが求められる。



 廃村の広場で休むと翌朝簡単な朝食をとり進む。巨人は新しい道を作ると言い残し先行していた。そこまでは一本道の坂をひたすら進むだけなので迷うことも無いそうだ。行軍中の会話は殆ど無い、黙々と歩く。今日の出立前にペースが落ちていたり体調が悪そうな生徒の荷物は皆で分け合って持とうという話を一応したので大丈夫だとは思う。疲れるだけで命の危機は少なくとも無いのだから。


 常に道は明るく足元がはっきり見えるのは有難い事だけれど、1日のリズムがわからないのがつらい。生徒達の疲労が見てわかる。列も伸びてきているために道の途中ではあるけれども今日はここで休むことにする。坂道なので寝るとしても快適ではないけれども仕方が無い。汗に塗れ、脂で汚れた衣服が気持ち悪いがここでは着替える場所も無いので我慢する。



 坂道を進んでいくと分岐があった。片方の道は相変わらずの上り道、もう片方はアップダウンの無い平らな道。足元を見れば小石がいくつか埋め込んであり矢印を作っていてそれは平らな方の道を指していた。特に逆らうことなくそちらへと進む。またずっと歩くこととなったが周囲の明るさが微妙にだが変化しているのを感じ上を仰ぎ見る。うっすらと光っている、巨人の話の通りなら大分地表に近づいたこととなる。これは、太陽の光!このことを伝言ゲームのように後ろへと伝えていく。皆の目に光が宿ったかのように見える、ゴールが近づいてきたという実感。当分の間は坂道ではなく平たい道を歩ければ肉体的にも随分と楽になる。俄然、張り切って先頭を歩く。


 周囲が少し暗くなってきたように思う。上を見てもわずかに色が変わったように思える。そう考えると夜が来たのか。夜になったと思った途端に体が休息を求めてくる。青く穏やかな光に満ちる夜は心身を休める時間だった。しかしもう少し歩いて距離を縮めたい。昨日に比べれば明らかに歩いている時間が短いと思う。巨人と妖精様がこちらへの気遣いをしてくれるとは正直思えない、機嫌を損ねる前に成るべく早く合流したほうがいい。生徒からは不満が出るかもしれないけれども仕方が無い。宥めつつ前を目指す、もしかしたら到着にかかる時間も巨人に試されているのかもしれない。少なくとも私達は今、生きているというよりも生かされているといった表現のほうが似合う存在。疲れたという我侭は通用しない。


 だから声をかける。頑張れ、先へ進もう!


 

 

「遅かったな」

「ブーブー!待ちくたびれたヨ!」


「ハア・・・ハア・・・すいま、せん。おまたせ、しました。」


 結局途中の道中で一泊することとなったが、やっとのことでたどり着いた場所には広い空間が洞窟のように掘られた場所だった。ただの空間ではなくいくつかの部屋のように区切られている場所もある。短時間の間に道を作り、これだけの空間まで作り出した巨人の力には驚くほか無い。


 私達も歩きながら試した。クリスタルの表面を武器でつついたり、欠片を観察してみた。突いても突いてもわずかに欠片が得られる程度にしか削れず、その欠片はサイズのわりにずっしりと重い。むしろ槍が壊れる程で岩よりも硬いといっても過言ではないと思った。小さな穴を空けるのにもどれだけの労力が必要になるのか?


 ただ、ここで合流できたということは巨人の予測時間内には到達できたということか。妖精様は頬を膨らましているが巨人はそんなに機嫌が悪くは無さそうだった。


 しばらく待つと後続のグループが次々と入ってくる。各グループごとに整列させ点呼を取らせて問題なければ座らせ休ませた。列は随分伸び、グループから遅れた生徒達もいたが何とか全員が辿り着いたみたいだ。


「巨人様、お待たせしました。全員辿り着くことができました」


「そうか、付いて来い」


 大きな空間の先にはまた螺旋状の上へと進む通路があった。進むごとに、上へ近づくごとに明るさを増していく風景。高鳴る期待。木でできた蓋の様な出入り口を押し上げると眩しさに目がくらみ、手をかざす。



 青空と太陽が見えた。



 体に力を入れて外へ出る。後続の生徒たちも笑顔を浮かべて次々と飛び出していく。皆口々にこう叫んだ。




「「「空だ!」」」




 涙が出てくる。何でもない青空が心を震わせる。ありきたりな空、いつもあった太陽。変わり果てた世界でも、変わらないその風景。両手を広げ、全身でその光を受け止めた。

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