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伝説のシャベル  作者: KY
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3章異聞の15 出立前夜

「・・・わかりました、しかし一度代表者を集めて話を聞くということでよろしいですか?」


「必要か?」


「ええ・・・形の上では」


「だろうな」


 誰もが巨人を恐れている。敵対するような憎悪はほぼ無いとはいえ、近づこうとする生徒もいない。今のところ私だけが交渉の窓口のような扱いとなっているために発言力は正直なところかなりのものになっていると思う。ここで勝手に巨人と約束事を交わしても押し切れるだけのものはあるだろう、けれども形の上では複数のヒトが協力して事に当たっていると見せたほうがいい。一般生徒からの無用な反感を買いたくはない。



 会議場に主要メンバーが集まり巨人からの要求を聞いた。それは次の三つだ。

 

 1、ある程度の水及び食料を残していくこと。

 2、連絡及び雑用要員として数人を置いていくこと、また可能な限り要望に応えること。

 3、この学園及び敷地を明け渡すこと。


 勿論、会議は揉めたが最終的な結論を言えばほぼすべてに同意することとなった。

 1に関しては、そもそもすべての水、食料の運び出しは厳しいという見方が強かったために比較的あっさりと決まった。乾いたパン程度ならともかく、水の重量を考えればそれぞれが持ち運べる量というのは精々5日にも満たない。運搬器具を用いて運ぶにしても重量が厳しく全部持っていくことは難しい。

 2、3に関しては一悶着あった。いくら捨てていく場所とはいえ愛着はあるし残る生徒の選定も難しい。希望して残るヒトはいないだろうし。


「巨人様、あなたはこの学園をどう使うつもりですか?」


「第2拠点にする」


 拠点、意味はわかるが何のための拠点なのか?地上に出なければまともな食料も無いのではなかったのか?


 聞くべきことがあった。それは今まで私たちが自分のことだけで精一杯で、余裕が無くて思い当たらなかった疑問。当然のごとく早々にするべきだった質問。


「あなたの、目的は・・・?」


 巨人が笑う。握りこぶしから親指を上に立てた次の瞬間に手首をひねり、地面を指す。


「先へ行く」


 指した方向は下。このクリスタルで覆われた世界から逃げ、生き残るには地上。地下、この学園よりさらに下には何があるのだろうか?


「先には一体何があるのですか?」


「さて、な」


 ただし、と続ける。


「この状況を作った張本人が、地の底の果てにいるのだとしたら」


 息を呑む、誰もが巨人の次の言葉に注目している。妖精様もうっとりとした表情で巨人を見ている。


「拝みにいこうじゃないか。神様とやらの面を、な」

「ワーオッ!いいネおじ様!フィアも声は聞いたことあるけド、会ったことは無かったんダヨ!」


 高い声で妖精様が笑い、低い声で巨人は笑う。私たちには想像もしなかったこと、できなかったこと。壮大な計画、不遜な態度。ただ生き残ろうとする私たちとは何かが違う。何が巨人をそうさせるのか?


「愉しそうだからだ」


 心を見透かしたかのように笑う巨人、それはどこか私たちを蔑んでいる様にも哀れんでいる様にも見えた。だがそれが私に2番目、3番目の要請に積極的に協力していくべきだという思いを与える。巨人に協力するべきだ、頭の中で何かが私に囁いている。そしてそれが、私たちのとるべき道に思えた。この世界がどうなっているのか、まだ私は理解していない。ただ、それに正面から向き合う姿は好ましく思えた。


 一部の生徒は反対をしたが、『使える』生徒の面々は反対をしなかった。確かに今を私たちが生き残るのが最優先かもしれない。ただし、生き延びたとしてその先の未来を思う時、変質したこの世界で何を希望の糧として生きるのか?私たちには創造神様の御心は知れないが、それを確かめに行くという行為を邪魔することは間違っている。おそらく賛成している生徒たちははっきりとではないが本能的にこのようなことを感じているのかもしれない、今の私のような思いを。


 妖精様を利用するみたいで心苦しいが、妖精様が創造神様の所まで行こうとするのを邪魔してはならないという趣旨の言葉を言うと反対側も不満そうな顔はしながらも引き下がった。ただ条件として学園に残留する人員に巨人のほうでなるべく便宜を図ってもらいたいという

意見が盛り込まれ、巨人も承諾した。


 会議はこれで終わることとなったが、巨人には聞きたい疑問があった。彼は博愛主義者でも、道徳を重んじる者でも無い。ヒトを殺すことに忌避感は無く行動理念は独特だ。ならばなぜ?


「貴方は私達を、助けるのですか?」


 別にここを拠点としたいのであれば私達を全滅させれば良かった、あらゆる資材も奪えばよかった。彼が人道的観点から私達を助けたとは到底、思えなかった。


刺激(スパイス )だな」


 簡潔な答えだった。どうやら、私たちの命というものもそれを助ける手間というものも巨人にとっては愉しみの一部でしかないらしい。憤りは不思議と感じなかったが、ただ羨ましく思った。―――彼を縛り付けるモノは何も無い。守ることも守られることも無い、清々しいまでの我侭な自由があった。





 全員に一度作業を止めて休むよう伝える。極力睡眠をとるように通達を行ったが眠れる生徒は何人いるのか。ただ動き続けていた自警委員達に限れば崩れるように倒れて寝ている。これからの行軍を考えればゆっくり眠れる場所というのも当分無いのかもしれない。私もかなり、疲れた。少し眠って明日に備える。


 翌朝、といっても朝なのか夜なのか太陽が無く良くわからないが目が覚める。まだ眠っている生徒も多い、もしくはようやく眠れた生徒もいるのか。これから荷物を運び出し校舎を出発する。


 備品の最終確認をしていると巨人がやって来た。妖精様は巨人の頭の上で寝ている、もう定位置のように見えてきたので違和感が無い。


「それは何だ?」


「おはようございます。この白い花はそのまま口にするととても渋く食べられたものでは無いのですが乾かして水につけておけば味は悪くなりますが腐らなくなるんです」


「・・・なるほど、いいことを聞いた」


 基本的な知識ではあるが巨人は知らなかったようだ。このような知識は交渉材料として今後も使えるかもしれない。巨人の話によると朝から校舎の近くのクリスタルを掘り始めて通路を作っているようだ、学園にくるときに使った経路は急勾配な上学園の上から空間をつなげたため新しく道を作り直して既存の道と繋げる必要があるらしい。掘って来た道はクリスタル越しに見えるために道をつなげる作業自体は容易らしい。


 ただひとつ、倉庫を見ていた巨人が大きな布とそれぞれの生徒が袋を余分に持っていくことを提案してきた。何のためかといえば・・・排泄だ。地上に出る間にもそれはもちろん生理現象は止まらない。ならば用を足すときに身を隠すカーテンのような布と道に排泄物を残していかないために汚物入れが欲しいらしい。クリスタルで排泄をすると小水はともかく、残るものは非常に目立つし埋めても見えたままで極めて不快な思いをすることになるらしい。もちろん、生き残るために必須なことではないのだけれど、絶対に持っていくことにした。




 生徒達の目も覚めそれぞれが荷物を背負い準備は整った。校庭を見れば死体はすべて埋葬されており大きな石柱が墓標として建っている、風化した外郭都市から巨人が運んできたものだ。残留組の希望者を募ったところ案外あっさりとヒトは決まった。目の前で巨人に助けられたり校舎内を巨人と巡回したときにいた生存者、またルオナ先生を初めとした今回の行軍に参加することが難しい負傷者及びそれを看護するヒト達だ。実のところ負傷者を連れて進むことには問題が多かったため巨人の残留組を残すという要望はこちらとしても助かるところがあった。


 各グループに分かれて並ぶ。目の前には巨人が掘った道の入り口がある。巨人が通れるだけあって高さは十分、横幅も2人くらいなら並べそうだ。



 今から私達は学園を後にする。もはや学徒という存在では無く、一人のヒトとして世界に挑んでいかなくてはならない。先導する巨人の大きな背中が見える。これから私達は地上を目指す。それはおそらく困難にあふれ、そして地上に出てもまた苦難の連続だろう。けれども進むしかない、まだ私達は十分に生きてはいないのだから。




「出発!」


 

 私達は歩き出した。 

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