3章異聞の12 MAKING THE ROAD
脱出準備は思いのほか順調に進んでいた。いまさらに思うけれども、ずいぶんと前の思考は平和だった。私だけではなく皆も、大人も。確かに様々なものを入れるのが倉庫とはいえ、人数分の背負い袋や着替えが見つかった。そう、全校生徒分が。持ち運ぶための袋等には困ることはなさそうだ。
水に関しては樽で保管されているため水筒や皮袋になるべく水を移して持って行くことにする。巨人の話からすれば地上に水源はありそうだ。樽さら持っていく案も検討はしたが、これから地上という上を目指すにあたり運ぶのは少々厳しい。誰に運んでもらうかといった問題もある。一部の生徒に任せれば不満も生まれてくるだろうし、そうなれば後々面倒だった。
壊れた武器や既存の武器を補強して一人一人に分け与えるように用意する。初等部から高等部まで全員に。誰かに守ってもらうのではなく自分のみは自分で守らないといけない。早く気がついてほしい。
さて、少し時間が空いた。今も食料の積み込み作業は続いているが多少自由に動いても問題はなさそうだった。他の自警委員も同じだったようで休んでいる姿も見られる。単純作業なので監督役以外は一般生徒で事足りている、むしろ作業スペース的にあまり集まっても邪魔になりそうだった。しかしリリエルはまだ細かい雑事を指示している、少し休ませたほうがいいだろうか。
「リリエル、ちょっと来て。ここの作業はあなた達に任せていいわね?」
「会長、まだ仕事が」
「いいから来なさい」
少し強引に連れ出してしまったが、結局のところ今やっているのは単純作業だ。あまりに細かく指示をすれば逆に作業している生徒達が参ってしまう。仕事にはある程度裁量が与えられることが指示する側にもされる側にも肝要だと思う。
「あの、何か御用ですか?」
「・・・少し休みなさい怪我人。ドがつくほどの真面目なのは知ってるけど、ひどい顔をしてるわ」
「そう・・・ですか?」
「さっきのことを気に病んでるの?」
「・・・私は間違ったことをしていない筈です。しかし、結果は」
「誰も、誰も間違ったことはしていないわ。貴方も、ルオナ先生も、そして他の生徒も。・・・巨人だって。ああ、あのエルフの生徒達だけは間違ったことをしていたと思うけど」
「・・・座った生徒達も、巨人殿もですか?」
「巨人の怒りは正当だし、命の危機を感じて座った生徒達も間違っていないわ。貴方の学園の、社会のルールや一般道徳といったものを頑なに守ろうとするのも、集団を維持するためには間違っていないと思う」
そう、この生徒間での団結、コミニュティの維持という観点では同じ集団のモノを庇い性善説に則り判断を下していくというのは決して間違ったことではない。
ただし。
「ただし、貴方の行為は結果として皆を危険にさらすものだったわ。さらに言えば、命を守る観点では間違っていたし、この際はっきり言うわ」
リリエル、この不器用で真面目な少女の芯を知っている。彼女がどうでもいい一般生徒だったらここまでの世話は焼かない。でも、過ごして来た日々と情が見殺しにはさせない。だから、ここで彼女の心に切り込まなくてはいけない。
「今、貴方の行動は正しくなく危険よ。貴方の行動は社会とそのルールの上でしか正しくないの」
彼女は真面目だ、だが言い換えると臆病だ。ルールを守っていれば責められる事も無く平穏に過ごせる。自分が正しいという安心感に浸っていられる。
「だから、考えて。自分で決めて、自分で進むの。私は貴方を失いたくないから・・・どうしても、どうしても自分で決められないのなら」
逆に彼女は大きく羽ばたくことはできない、道を踏み外した途端どうしようもない不安に駆られるから。だから、心の安寧のために自分の命を使ってでもルールや義務、職務を守ろうとする。そうしないと心が駄目になってしまうから、間違った行為をした自分が恐ろしいから。ああ、私よりも一回り背の高い彼女が小さく見える!
「私に、従いなさい」
リリエルの表情は、固まったままだ。しかしその目の動きからは動揺が見える。彼女がどのような答えを出しても、私は受け入れる覚悟があった。私も、自分の本性というものをすでに知り、覚悟を決めたから。
「私は、私は・・・会長に、従います。」
「・・・そう。それが彼方の決断で、私の決断なら。今は、従ってもらうわ。でも、でもいずれは自分で自分の道を見つけること!この終わりがどうなるかはわからないけど、いつかこの地獄にも終わりがあるから」
「・・・私は、わからないのです。今は何も。だから、ひとまずは傍にいさせて下さい。いずれ私自身が答えを見つけられるときまで」
その回答に、ひとまず安心した。逃げにも近いが、全てを放棄することは無かった。これからも私は嘘や虚勢を張っていかなくてはいけない。支えてくれるものが欲しかった、それは私の心の弱さ。結局リリエルにそれを求めるあたり、私のエゴであり我侭なんだろう。
ルオナ先生はショックを受けているようにも見えたが大丈夫だと思う。あのヒトは自分自身を縛っている。生徒を守る、ヒトを助ける。そんな自分を望んでいる。リリエルは、言ってしまえば考えることを放棄した人形のようなものだった。しかしルオナ先生は、自分で向き合い、それをエゴであると知りつつも押し通している。だから、自分の行動が正しいとは決して言わないだろう。だからこそ恐怖にも屈せず立っていられる。そして自分を貫くその姿勢に私は先生を深く尊敬しているのだ。
流されるもの、愚民。死の恐怖に流され自分の意思に流され他人の意思に流される。刺激するものの少ないいままでの生活なら問題を起こさずにいれただろう。ただし、これからは違う。童話の蝙蝠のような姿勢ではもう駄目なんだ、無駄な騒ぎを引き起こし一時の安寧のために流される、そんなヒトは何処にも行けない!それは命を失わないだけ、「生きて」はいない!
リリエルの手をとり見詰め合っていた。穏やかな静寂、居心地のいい沈黙。荒んでいた心が少し落ち着く。だがそんな時間もあっさりと崩される、最も今力を持つ存在に。
「か、かか、会長!巨人様がお、お呼びです!!」
また厄介なことが始まりそうだ。しかし、巨人は正しい。ある意味、誰よりもリリエルよりも真面目に自分の道を通しているように見えた。




