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伝説のシャベル  作者: KY
66/203

3章異聞の10 「力」

「・・・巨人殿には感謝をしなければな」


 あるドワーフの自警委員がこう漏らしたのが静寂を破ることとなった。この生徒は『使える』、直感的にそう思った。右往左往する生徒の中で前向きに、そして明確な指針を示したいい台詞だ。


 それに乗じて会議は動き出す。方針は唯一つ、地上に出ること。それ以外に道は無いのは明らかだったので話し出せば事はスムーズに進んでいく。地上は魔獣の楽園らしいが逆に言えば生き物が生きていける環境である筈。強大な力を持つ巨人は独自の価値観によって動いているように思えるが、こちらの態度次第ではある程度の協力が見込めるかもしれない。


 『地上脱出計画』、何のひねりも無いが一般生徒にも分かりやすい方が良いということで作戦名は決まった。目的と概要はシンプルで全員で地上を目指すこと。ただしいるのは子供ばかり、必要な物資を振り分け場合によってはソリ等を作って運ぶことも検討する。負傷者もいるし、問題も多い。力の弱いエルフには活躍の場は少なく、ドワーフが今回の作戦の主力となりそうだ。


 当初、一部の先遣隊で地上を探索し、ベースを作ってから負傷者や戦いに向かない生徒を呼ぶという案もあった。一瞬名案だと思ったし、会議もまたその意見に流れそうになったが、止めた。この意見は実用的に見えるがその実は楽天的、むしろ現実逃避に近い。どの道、結局は全員地上に出なければ餓死を待つだけ。先遣隊が調査、設営、往復をする間にも備蓄食料は確実に減っていく。そもそも危険な地上で活動し、さらには地中の学園とを往復し働くとなれば私たち自身の体力や気力が持つかも怪しい。ならば、いっその事全員で一度の苦しみに耐えて事を運ぶべきだと主張した。さらに言えば働きの悪い一般生徒達を動かすにも、全員で動くという大義名分は中々の力を持つだろうという打算もあった。


 反対意見もあったが賛成票がそれを上回り地上脱出計画を始める事となった。地獄を経験すると、ヒトは一回り大きくなるようだ。賛成票をいれた生徒会員たちの表情は決して明るくはなかったが、目には力があった。締めて、始める!


「では、これより『地上脱出計画』を始めます!」


 まずは一般生徒を集めて説明を行った。ここがクリスタルに覆われた大地の中に位置すること、食料はまだあるが限りがあること、生きていく為には地上を目指すしかない事。混乱は予想されたし騒ぐ生徒や泣き出す生徒もいた。だが一方で決意を固めたような生徒も存在した。そのような生徒はチェックしておく、今後役に立ちそうだ。自警委員を整列させると左手をすっと上げる、一斉に槍の石突で地面が叩かれるとおとなしくなった。少々気持ちがよくなったのは気のせいだったか。もう一度脱出の必要性と団結して事に当たることを強調して説明し理解を求めた。 


 席を立ち生徒会の面々がそれぞれの仕事に就く。詳細な倉庫の在庫チェック、輸送する道具の確保、人員の割り振り等々の仕事を割り振られた責任者が指導し急ピッチで作業を進ませる。先ほど唾をつけておいた生徒を優先的にまとめ役に抜擢し効率化を図る。もちろん言葉ほどスムーズに事が進むはずも無かったが何とか、といった形でやるべきことを行っていく。


 


 慌しく時間が過ぎていく。私達の立てた目標としては今日中に荷物をまとめ、寝て体を休めた翌日に一気に地上を目指そうというものだ。誰もが今疲れているけども、その分余計なことを考えずに脱出計画に専念できるだろうという期待があった。


 だがそんな最中、東側のドアの先で小さな音が響き、ついで大きな爆発音が鳴ると折角修理したドアがまた吹き飛んだ。ドアだけではない、何人かの生徒も吹き飛ばされたようで血まみれで倒れこんでいる。まさか、モンスターがまた来たのか!?


 何が起こったのかを確かめるために槍を持ち、自警委員を引き連れて現場へ向かう。リリエルはここにいるように言ったが自警委員のまとめ役としての義務があるといって聞かなかったのでルオナ先生とともに一番後ろをついてきてもらう。


 東側まで走ると遠巻きに一般性とたちが何かあったのかと後ろに続く。倒れているのはエルフの少年達、確か自警委員の杖グループにいた筈だ!


「ひいっ!」


 自警委員の一人が悲鳴を上げる。見れば、生首。顎がつぶれ口と首から血を出し続けるエルフの少年の生首があった。流石に、思考が凍る。周囲の生徒達もまた体を凍りつかせている。


 足音、壊された扉の奥より規則的に響く。身構える、血で赤く染まった通路を通り出てきたのは巨人だった。いったい何があったのだろうか?なにやら巨人も妖精様も不機嫌そうな顔をしている。


「いったい何が・・・」


「そいつらに聞け」


 思わず零れ出た言葉に、巨人は面倒そうある生徒を指差した。それは先ほど吹き飛ばされてきたエルフの生徒、見覚えのあるその姿は騒ぎを起こしていた生徒で、名前はアテマと言っていた気がする。外傷は殆ど無い、ただ気絶しているだけのようだ。急いで駆け寄って肩を叩いき声をかけると目を覚ました。 


「う・・・ここは?な、き、貴様は!なぜ生きてっ!!ああ?なんだこれは、うわあああああああああ!!」


 巨人、そして自分の目の前にある生首を見て動揺し叫び声をあげて暴れ始めた。

「痛っ!」

 振り回された腕に胸を押され後ろに倒れこんでしまう。それを見た何人かの自警委員が飛び出してきて手足を抑えた。その様子を見た巨人は気絶している他のエルフの生徒に近づくと乱暴に頬を張って目を覚まさせる。


「・・・うえっ!いたっ!くそ、何だいったい・・・ひっ!!」


 巨人を見て叫びながら後ずさる生徒、さらに周囲の惨状を見て何かを理解したかのように体を震わせている。彼の元に駆けつけると視線を合わせて何があったのかを聞く。


「あ、え、ええと・・・いきなりこの巨人が襲い掛かっうわあああ!すいませんっ!すいませんっ!」


 巨人が睨んでおり妖精様もその大きなガラス玉のような目でエルフの生徒を覗き込んでいる。私が睨まれているわけでもないのに悪寒が走り震えが止まらない。当事者のこの生徒は、もっと恐ろしい心地だろう。


「あ、あいつがっ!アテマの野郎に騙されたんですっ!妖精様を脅して従わせている巨人を殺して、そ、そのあとはこの学園を支配するんだって!妖精様と契約すればみんな納得するって言って、それで!!妖精様が巨人から離れた時に・・・」


 ま、まさか、何てことを!


「魔法を巨人様に撃ったんですか!?」


「あ、ああ、その、あいつに脅されてっ!」


 全員の視線が、ようやく暴れることをやめたアテマという生徒に注目する。その時に生首を見てしまった生徒もいたようでいくつもの悲鳴も聞こえた。


「そういうことだ」


 巨人がゆっくりとアテマに近づいていく。だが聞かなければいけないことがあった。それは体や首を千切れさせ周囲を真っ赤に染めた生徒の死体について、だ。


「あなたが、殺したのですか?」


「ああ」


 自分の声が震えているのがわかる。反対にまったく動じた様子のない静かな巨人の答えが静かに、だが重く響く。


「・・・か、彼も、こ、殺すのですか?」


「ああ」


 アテマの表情が恐怖に歪み、逃げようと手足をばたつかせるが殆ど進んでいない。その下半身は異臭を放つ液体で濡れていた。


「巨人様!どうかお怒りを静めてください!妖精様も巨人様を止めてください!」


「だめだな」「だめだヨ」


「っ!!」

 

 歩きながら答える声に一切の躊躇は無い。頼みの綱の妖精様さえも。誰もが恐怖を感じていた、誰もが止められなかった。しかし、よだれや鼻水を垂れ流し逃げようとするアテマをかばう様にルオナ先生が立ちはだかった。


「ルオナ、先生・・・」


 見ればルオナ先生も震えている。それでも、それでも前に出たルオナ先生を心より尊敬した。


「あ、貴方がたが怒るのも当然のことだと思います。しかし、もう抵抗できない子を殺すのはやりすぎです!」


「なるべく巨人殿に納得して頂けるよう彼には相応の罰を与えたいと思いますので、どうかご容赦を」


 リリエルもルオナ先生に並ぶ。周囲の生徒からも小声ではあるが「そうだ」や「やり過ぎだ!」といった声が広がっていく。私も加勢しようとしたが、その時巨人は懐から何かを取り出すと真上に向けた。


 ドゴンッ!


「それが総意か」


 空中に大きな爆発が起こる。熱い爆風が頬を撫で、駆け抜けていく。


 ドゴンッ!ドガンッ!ドガンッ!


「いいだろう。だが」


 何度も続けて起こる爆発、これは・・・魔法!しかも杖グループの魔法なんて比べ物にならないほど強く、何度も何度も繰り返される。西側の一部の壁が爆音とともに崩れる。天井の一部も炸裂音とともに破片を撒き散らし生徒達に細かな欠片が降り注ぐ。オドが尽きる気配も無く圧倒的な力が目の前に顕示される。爆発の魔法に衝撃弾、爆裂音を響かせ巨人の演奏は尚続いた。


 一通り終わると巨人は手を下ろした。全員固まっている。何があったのか?答えは明白だ。巨人がその肉体だけでなく、魔法に関しても圧倒的な力を示したのだ。誰も動かない、誰も動けない。


「次にそいつが変な真似をしたら」


 指差されたアテマは最早気絶寸前だ。ルオナ先生もリリエルでさえ目を見開いて驚いた表情のまま動かない。


「全員、殺さなくてはいけない」


 ヒュンとシャベルが一文字に薙がれ、空を切る。その衝撃は集まっていた全ての生徒を一歩後ろへと引かせた。


「それでもいいのか?」


 本気だ。巨人は本気で、全員を殺す気だ。誰一人としてそれを冗談だと笑い飛ばせるヒトはいなかった。誰一人として巨人の本気を疑うことはできなかった。


「邪魔をしないなら、座れ」


 一斉に生徒達が座り込む。私も思わず座りそうになったが、自尊心を奮い起こしなんとか耐える。リリエルとレオナ先生も膝が笑っているがなんとか立っている。


 ただ、二人には悪いが正直私はあまり邪魔立てする気は無い。もともと問題児で使えない生徒であったし自業自得だ。その上いつ爆発するかわからない爆弾を抱え込むより、後腐れないほうが余程いい。私が座らなかったのは、ただ言うがままに命令に従うのが気に食わなかっただけだ。もっとも、口ではこのアテマとかいうエルフを擁護はするけども。


「せ、生徒は皆私が守って見せます!」


「やってみろ」


 ルオナ先生。


「巨人殿、彼を殺せば私は貴方を軽蔑します。」


「そうか」


 リリエル。


―――全く、無駄なのよ。



 風のように巨人は二人の脇を通り抜けた。流れるようなシャベルは、恐怖の表情を顔に貼り付けたままの首を高々と刎ね飛ばした。吹き上がる血は二人の女性に降り注ぎ、赤く染めた。



 ・・・巨人がその表情を変える事は無かった。

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