3章異聞の9 タイム・ライフ・リミット
すぐに巨人に追いつきたかったが話しかけてくる生徒会役員や生徒を無視するわけにもいかず、時間をとられてしまった。周囲を探すと人気の無い物陰に巨人と妖精様、そして学園の制服を着た少年、耳からするとエルフ?どこか見覚えがある後姿だった。程なくとんでもない言葉をそのエルフは言い放った。
「妖精様!私の名はアテマ・レセミー、エルフ族名家レセミー家の長男です。オド量も学年で一番と言われております、ぜひとも私と契約してください!」
なにを言っているのか彼は?横顔が見えた、先ほど騒動を起こしていた自警委員杖グループのエルフ!妖精様との契約は非常に名誉のあることだとされているしオド量の多いヒトは一概には言えないが身体能力や思考力が高い傾向にある、そもそもオド量がかなり多くないと妖精様と契約できないので契約できるヒト自体も尊敬されることが多い。
オド量はエルフが多く、次にヒューマンが多いが個人差によるところが大きい。比較的少ないのはドワーフ、獣人だが元々の身体能力が高いためにオドの恩恵が少なくても種族的に劣っているということは一切無い。
契約するのはエルフが多く、エルフ族の中ではそれだけでかなりの地位が約束されると聞く。ヒューマンも稀に契約できる者がいてエルフ程ではない物のかなり優遇されるのは事実だった。
「エ、やだヨ」
「・・・は?な、何故!」
「だっておじ様ともう契約してるしサ、そもそもアナタちっとも魅力的じゃないシ。むしろ気持ち悪いヨ」
思わず納得する。妖精族の方々はオドの量だけではなく、人格を見て契約者を選ぶと言われている。純朴で無邪気な妖精族だからこそ創造神様の御傍にいることを許されているといわれている。・・・そんなにギラギラした目と嫌味を感じる笑顔のヒトとなんて私でもかかわりたくは無い。即答されて呆然とした顔をしているが彼は何が原因か分かってもいないのか、いやわかっていたらこんなタイミングで馬鹿なことをしでかさないだろう。
「な、ななな、この、私が世界を追われた野蛮な巨人に劣ると言うのか!?」
昔話は皆知っているが、巨人に関する記述や資料は少ない。かつて巨人族は強すぎる力を持つ故に自ら世界を去ったと言われているが、曲解して野蛮なので世界を追われたとするヒトも存在していた。しかし、一般的には命を賭して魔獣襲来の危険を知らせてくれた巨人の末裔に悪感情を持つヒトは余りいないのだが。
それより、この状況は危険すぎる。巨人が怒ったらどうするつもりなのか!しかも完全に非はこちら側にある。様子を見ている暇は無い、介入しなければ!
「巨人様、妖精様、大変申し訳ありません!この状況で情緒不安定な生徒が失礼を・・・そろそろ会議が再開されますのでどうぞ席にお戻りください!」
そう言って頭を下げる、巨人と妖精様に申し訳ない気持ちはあるが頭を下げる原因を考えれば腹が立つ。好き好んで頭を下げたくは無いのにこのエルフは!
「そうか」
「・・・」
巨人と妖精様はエルフを一瞥すると会議場に戻っていった。巨人はエルフをまるで価値の無い炉端の石のように無関心な目で見て、妖精様は不満と侮蔑を含んだ目で見下し歩いて行った。それに気がついたアテマとか言うエルフは怒りの余り肩を振るわせ声も出ないようだ。怒っているのはこっちもだが。
「あなたは自分が何をしたか分かっているのですか!?」
「うるさいっ!!」
ぜんぜん分かっていないようだ、いかに危険なことをしていたかを!怒鳴り散らすと足早に去っていった。その方向を見れば杖グループの他のエルフたちがいる所、戦いを放棄した集団、心象も悪いし他の生徒達からも浮いている。生徒会や自警委員に一般の生徒が従うのは魔獣と先頭で戦い、そして巨人が戦っている最中逃げていたり怪我をしている生徒達を保護していたためだ。
会議がもうすぐ再開するというのは嘘ではない、私もまた戻って話し合わなければいけない。
会議が再開された。いろいろ言う生徒もいたが、結局のところ巨人の情報を信じる以外に始まらないのだ。まず前提を置きそれから対応を話し合わなければ何も生まれない。それを踏まえ、これからの学園生活をどうするかを話し合うこととなったが、どうにも話が進まない。ここに残り助けを待つべきだというもの、とりあえず周囲の探索を行うべきだというもの、行動指針をまず決めようと声を張り上げるもの。
「悠長なものだな」
退屈そうな巨人が口を開いた。妖精様は何故か巨人に頬っぺたをプニプニと押されている、アババババと声をあげているが満更でも無さそうだ。
「どういうことです?」
「食料は?」
ダンに無言で指示を出し説明させる。
「え、ええっと、焼き締めたパンが983個にドライフルーツのオランジが樽10個に・・・」
「冗長すぎる。何日持つかだ」
「す、すす、すいませんっ!!え、えっと・・・・元々は600人が10日間食べられるはずでしたので、今なら、えっと」
「大体50日ほどね」
生徒の数はもう2割ほどしか残っていないのだ。
50日も食料が持つ、その言葉に安堵の表情や、もうすこし時間をかけて対策を練れるとの声が上がる。一週間は5日なので10回天気が巡るまで大丈夫、そう考えれば少しは落ち着けた。だが、それは楽天的過ぎたようだ。
「まったく、悠長なものだ」
呆れたように再び口を開く巨人、妖精様は何故か今度はお腹をつままれている、満更では無さそうだ。それは置いといて巨人は何を言いたいのだろうか?
「一体どういうことなのか、お聞かせ願えませんか?」
「50日しかない、ということだ」
場が、ざわめく。しかしその言葉の意味はわかるが真意を分かるものはいなかったが。いや、ルオナ先生が青ざめた顔をしている。考えるんだ、何が問題なのか?50日しか、つまりその先。・・・ああっ!それはそうだ、時間が足りるものかっ!!何を現実逃避していたのか!リリエルも思い当たったらしい、いつも固い表情がさらに固くなっている!
「キャハハハハッ!おばかさんたちだネ!」
「ど、どういうことでしょうか?妖精様に巨人様?」
1人の生徒が困惑したように声を上げる。答えたのは、ルオナ先生だった。
「私達は、50日の間に生きる術を見つけなければならないということですね?それも、100人を超えるヒト達が恒久的に生活していける、そんな場所を・・・」
無言で頷く巨人、笑う妖精様。意味が分かった生徒達も見る間に顔色が悪くなる、まだ半分以上の生徒はまだ困惑した顔で首をひねっている。ああ、もう!
「皆さん!50日過ぎたあとどうやって食べていくのかを聞かれているんです!!それも今居る120人以上の生徒全員がっ!!」
思わず声を荒げてしまった。しかし、この重要性を理解できないヒトに怒りを感じてしまう。徐々にだが、この危機感が全員に認識されていった。
「・・・巨人様の話が正しいとして、地上はどのような感じなのでしょうか?」
1人の生徒が呟く様に声を出す。
「楽園だよ」
「えっ」
「モンスター共のな」
少し楽しそうに口をゆがませる巨人と対照的に絶望感が周囲に満ちていく、泣き出す生徒まで居る始末だ。上げて落とすのは趣味が悪い、命がかかっているのに。
「ああ、悠長だ」
三回目の台詞、感情が逆撫でられ怒声を吐きそうになるが抑える。巨人は、正しい。さっきから正しいのだ。それがどうしようもなく腹立たしく、そして有難くもある。妖精様は巨人の頭の上に戻ってニヤニヤ笑っている。妖精様も、無邪気に見えるがその実よく物事を考えているように見える。少なくとも今の私達以上には。
「教えてください巨人殿、私達はどうすればいいのでしょうか?」
相変わらず冷静なリリエルが聞いてくれた、だがリリエルはそもそも怒ってもいないようだ。受け止め方は個人で異なるということか。それともヒントかからかっているかはわからないが声をかけてくれるだけマシということか。
「単純だ」
巨人に視線が集中する。
「留まり死ぬか、進んで生きるかだ」
・・・そう、それしかないのは分かっている。来る可能性がほぼ0の助けを待つか、モンスターに怯えながら地上に出るか。
考えるまでも無い。
地上に出たところで食料や安全な住居の確保、それらの確立までなるべく早く行わねばならない。そもそも、地上まではどれくらいの距離があるのか?
「俺は3時間程だ。お前達なら数日はかかるだろう」
声に出ていたようだ、巨人の身体能力と体力はすでに知っている。こっちには初等部までいる上、水や食料の運搬もしなければならない。どれだけ険しいのかも未知数だし120人もの移動はそれだけで大事、時間をかなり使う。確かに、確かに時間が足りない。
「後はお前らが決める事だ」
そう言うと巨人は席を立って歩き出した。しかし、それを追う生徒は無く会議はしばし静寂に支配されることとなった。