3章異聞の8 紛糾の会議場
にわかに場が騒がしくなってくる。一応は場が落ち着いたらしく会議場に主な生徒が集まってきた。会議場は一応だが仕切られておりリリエルに選んでもらった現在リーダー格として動いている生徒を集めて話し合いをすることになっている。本来は全生徒が参加できればいいのかもしれないが混乱が予想されるし話の内容によってはパニックになるかもしれない。そういう点で今の極限状態において上手く動いているヒトというのは強く、理性的であると判断できた。
「おいっ!なんで俺が入れないんだよ!」
「副委員長が決めたことだしとりあえずは戻ってくださいよ!」
何か入り口が騒がしい、この声には聞き覚えがある。
「リリエル・・・」
「はい、自警委員の杖グループです。魔獣襲撃時に混乱を起こし他の委員を傷つけた上、その後は戦う事無く逃げていたそうです。さらにその後の確認作業や他の仕事も放棄していたようです」
「はあ・・・いくら魔法が使えても、これじゃあ、ね」
「同じエルフとして恥ずかしい限りです」
「種族とかあまり気にするヒトはいないと思うわ・・・今呼んだヒトの中ではね」
「逆もまた、言えるということですね」
「そこは仕方ないわ」
愚民、という言葉が浮かぶ。魔獣がまだいない時代では考えることもまず無かった言葉だ。かつては仲良く平等に生活していた生徒達、でも今は害することのできないやっかいな敵になりかねない。
出席者が揃い、会議場の入り口を自警委員が武器を持ち塞ぐ。上座に巨人と妖精様を配置し、こちらのトップは形式上ルオナ先生になっている。ただし、先生は尊敬はできるが優し過ぎるのが不安だ。他には自警委員が多く、生徒会メンバーも参加している。少数だが自警委員ではないが色々な仕事やまとめ役を買って出て見事役割を果たした生徒達も参加していた。総勢8名に巨人と妖精様で丁度10人。私が司会として会議を進行させることになった。
開始。まずは簡単な自己紹介の後、現在の状況についての報告を行う。
まずは被害状況から。各員から報告が入る。
第2講堂は東側のドアが壊されバリケードをはっている。西側は問題なし。屋根には巨人の入ってきた穴が開いている。椅子や机などは魔獣により一部破損。倉庫の中は多少物が壊れたものの損傷は軽微で水や食料もある程度が無事。武器類もある程度損失したが予備は十分。総合的に施設や備品への被害はそこまで大きくは無いとされた。
次に、人的被害。今いる生徒の数は120人程、四割の生徒が命を落としたことになる。さらに20人程が重体、うち数人は余命幾許もないと予想されている。もちろん軽症者の数もかなりのもの。人数の多かった初等部の被害が目に付く。詳細は初等部45人、中等部35人、高等部40人、これに先生方。
残存戦力。当初第2講堂には20人の自警委員が辿り着いていたおり、一般生徒から15人程徴募し魔獣襲撃時には35人体制をとっていた。最終的には27人と比較的多くが生き残っていたが、このうち無事な者と軽症者が22人で残りは4人は重症を負い1人が重体で休養中。大部分の自警委員は戦っていたが一部は逃走、特に杖グループは魔法を乱射し味方をまきこんだ上での逃走だった。実質今まともに動ける自警委員は15人程。巨人が優先的に助けてくれたおかげで損耗率は低かったものの、これからは徴募ではなく徴兵といった形で強制してでも戦力の拡充を図りたいといった意見も出された。
重苦しい沈黙が会議場を包む。今日、最初の会議でも同じことがあったのでさらに、空気は重くなる。600人いた生徒はもはや2割程しか残っていない。自分勝手に行動したり戦わない生徒もいる。不安要素は限りなく多い。
ただし、明るいニュースも多少はある。それはまず学園内から10人の生徒が助け出されたこと、そしてその内の多くが自警委員への参加を申し出てくれていることだ。減っていくばかりの人数がわずかでも増えたことは実際の恩恵は少なくとも心にはいい活力剤となった。
倉庫の備品や食料の被害が少なかったことも良いニュースだった。人数が減ったことで食料に余裕ができたのも良いといっていいかはわからないが生き抜くには朗報であることは間違いない。
話し合いはなかなか時間がかかったが、とりあえず今ここにいるメンバーで生徒会として組織運営をしていくこと。戦力の拡充と啓発を図ること。自警委員主導での水及び食料の配給を早期に行うこと。今いる生徒をいくつかのグループに再編し管理体制を確立させることが大筋で決まった。
そして次に、全員が半ば恐れ、それでも待望していた『外』の様子が巨人の口より語られることとなった。
―――にわかには、信じがたい話だった。
この学園を覆っているクリスタルが大地のほとんどを埋め尽くし僅かな島が頭を出しているという地上。そしてこのクリスタルは内部に閉じ込められたモノの時間を凍結させるということ。土や島の付近では劣化が進みやすくなる傾向がみられること。学園の生徒やモンスターがほぼ同時に目覚めたのは近くで何かしらの崩壊や地殻変動が生じたためもともと劣化していたクリスタルが一斉に崩壊したのではないかという予想だった。
時を凍らせるクリスタル、たしかに、外郭都市が遺跡のように風化しているのも納得ができる。要因は不明だが私達よりも早くクリスタルから解放されたのだろう。だが、これを認めることは私達が何百年、何千年と眠り続けていたということになる。巨人がまともにヒトと遭遇したのは妖精様を除けば私達が最初だったらしい。私達は、私はもう親や兄弟と二度と会えないのか?涙があふれてくる。他の生徒会メンバーも目を伏せている。ただし、地上には風化した建物の柱が見られたらしく比較的早く開放されたヒトビトが無事天命を全うした可能性もあったということだ。ほぼ確率が0だとしても、その言葉は多少の慰めにはなったのか。
この話は本当に、信じがたく会議は紛糾した。
「嘘だ!でたらめを言うな!!」
「それはそっちが決めろ。俺はただ話しただけだ」
「なあっ!?」
「ふわーあー、あーもう煩くて目が覚めちゃったヨ!おじ様が嘘をつく必要も無いのにヒドイヒトたちだネー」
「よ、妖精さま・・・」
「そもそもネー、おじ様がアナタ達助ける義務なんてないんだヨ?」
プリプリと怒る妖精様、だがその言葉は実に正しい。巨人が私達を助けてくれたのは事実だが、彼は決して味方になったわけでもないのだ。敵になる可能性さえある。
「で、では妖精さま!この巨人に命令して私達の手助けをさせ・・・えっ?」
巨人の頭から飛び起きた妖精様が宙を舞い話していた生徒にすっと近づくと尻尾を喉元に突き刺した。
「う、あう・・・」
血が出るようなことは無かったものの生徒は昏倒し椅子から崩れ落ちた。かろうじて息はしているが、か細い。
「ナニヲ言っているのカナ?おじ様に命令しろッテ?オマエ達ごときの為に?」
妖精様の目は笑っていない、表情はうっすらと口角を上げてはいるが無表情に近い。先ほどまでの怒りとは一線を画している、本気で、怒ってしまわれてるようだ。見透かすような大きな瞳は私達に心臓を鷲掴みにされたような恐怖心を与えた。
「おい、シドだかが無くても吸えるのか?」
「ウン、大部分が無駄になっちゃうけどネ!それに、あんまり上手くは吸えないけド。マア、この程度のヤツラならこんなものだヨ!」
すごいでしょと言いながら一瞬で元の笑顔に戻り巨人の頭の上に降りて楽しそうに妖精様は話をしている。ルオナ先生が足を引きずりながらも急いで倒れた生徒の様子を見る。表情がそんなに悪くないところを見ると命に別状は無さそうだ。しかし急激なオドの減少は体を虚弱にさせ力を失わせる、それを倒れるほど吸われたということは数日はまともに動けないだろう。
かなり微妙な空気になってしまった、一度切り替えする必要がありそうだ。
「皆さん、少し休憩にしませんか?それぞれ考えをまとめる時間が必要でしょうし・・・」
大多数の賛成を得て休憩時間になると、巨人も肩を回しつつ席を立った。その後を追いかける、無駄かもしれないが機嫌を損ねられないようフォローに回らなければならなかった。
主人公視点の話もまた後で入れる予定です。