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伝説のシャベル  作者: KY
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3章異聞の8 「命」の価値

 教室、会議室、職員室、体育館、各種専門施設を案内しつつ進んでいく。最初の女生徒を含め10人の生徒を助けることができた。


 巨人と進んできたルートは今のところ安全なのでそこを通り第2講堂まで避難するよう言って先へと進む。


 動けなくなるほどの重傷者は救助された生徒の中にはいなかった。また、生き残った生徒は最初戸惑っていたが、説明を受け巨人の姿を見ると案外素直に駄々をこねることなく第2講堂まで移動して行った。生き残るにも、最善手を無意識に選ぶ才能がある。巨人や妖精様の言葉からそんなことが推測された。


 校舎内や屋外の一部にもこの学園一帯の空間を覆っているようなクリスタルが存在している部分がある。クリスタルにとりこまれた生徒がいた。クリスタルを取り除こうとしたが、どうにも硬くて無理だったが巨人はあっさりとクリスタルを削っていくと、驚くべきことにその生徒は目を覚ました。


 目を覚ました生徒は魔獣の襲撃のことを全く知らず、周囲の惨状にひどく取り乱していたがその分命の危機を体験していないからかあっさりと講堂まで避難してほしい、といった言葉に応じてくれた。


 一体どうなっているのかを巨人に聞いてみたが、「後でまとめて説明する」とにべも無く言われてしまった。無駄なことを喋らない一貫した姿勢は嫌いじゃない、が、もうすこし愛想良く対応してくれても良いと思う。口には出していえないけど。


 魔獣を駆逐しつつ校舎を一周して第2講堂へと戻る。10人の生徒を助け出すことができたのは良かったが、それ以上に校舎を埋め尽くしていたのは死体の数々。吐きそうにもなったがファングに襲われたとき胃の中のものは大概吐き出してしまっていたので何とか耐え切れた。巨人は相変わらず表情を変えずに、妖精様は気のせいかどこか面白そうに死体を眺めていた。




 講堂に戻ると未だにざわついてはいるもののクラス毎にまとまっているようだった。犠牲となった生徒の死体は集められて布がかぶせられているが、この作業を行っている生徒は少なくまだ終わってはいないようだ。働いている生徒には後でねぎらいの言葉を掛けたほうがいいだろう。


 ステージにはついたてで囲まれたスペースがあり無事だった椅子や机が運び込まれて簡単な会議場のようになっていた。しかしまだ忙しそうな生徒も多く怪我をして満足に動けないルオナ先生とリリエルが座り体を休めていた。生徒会のメンバーや自警委員のまとめ役は場が落ち着いてきたとはいえ席に座るにはもうしばらくの時間が必要に思えた。


 巨人が戸惑うことなく一番大きな椅子に座り腕を組む。せめて座っている2人に挨拶でもするべきだと思う。やはり口に出して注意はしないけど。


「会長、お疲れ様です。10名の生徒が講堂まで来ました、助けられて何よりです」


「ええ、本当に良かったわ。巨人様、この度の様々なご助力、改めて感謝します」


 鷹揚に頷く巨人。しかしこの場を支配しているのは、間違いなく半端でなく存在感を示しているこの巨人。得体の知れないところもあるし態度は良くないが、命の恩人でもあるし敬意は払い接することにする。振り返ってみれば此方の不利になることはしていないし冷徹に見えるが行動も的確。ただ非常に無愛想で無礼なのが素直に尊敬できない点だと思う。


「・・・ああ、こちらはリリエル。自警委員の副委員長をしています」


「リリエルと申します、お見知りおきを。助けていただき感謝しております巨人殿」


「ストレンジャー・アウトローだ。好きに呼べばいい」


「はい」


「「「・・・」」」


 会話が続かない。リリエルも元々多弁な方ではないし巨人も寡黙といって良いほどだ。互いに言葉が無くても心地よい空間というものはある。しかし今は過度な緊張もなく安らぎも無い非常に微妙な空気だった。妖精様が巨人の頭の上で鼻ちょうちんを出して寝ているのが妙にアンバランスで逆に変な空気を助長させている。さらにルオナ先生も、何かを言いたそうに巨人の方を見ているが踏ん切りがついていないようで視線がふらついている。


「確かルオナ女史だったな。何か用か」


 巨人も視線に気がついていたようだ、その瞬間先生の体がびくっと震えた。理知的なのは分かったとはいえ、目の前にいる巨人の機嫌を損ねたらどうなるか。想像すると恐ろしい。それでも先生は決心したようにキッと視線を巨人に向けた。


「・・・お聞きしたいことがあります」


「何だ」


「助けていただいたことには感謝いたします。しかし、助けた生徒の順番に偏りがあったように思えたのは気のせいでしたでしょうか?」


「事実だな」


 ルオナ先生が何を言っているのか少しの間悩んだがすぐに思い当たる。天井を破壊しつつ降り立った巨人であるが、その開いた穴に一番近かったヒトは、私ではなかった。しかし巨人は最初に私を助け、次にリリエルや自警委員を助けた。でもそれもまた、自警委員達が一番近かったという訳でもない。他に襲われている生徒、悲鳴を上げている生徒を無視して先に助けに行ったのだ。その後も巨人の助けに行った順番には確かに何かしらのルールがあったように思えた。


「何故です!?もっと近くの生徒も助けてくれればもう少し多くの子達が助かったかもしれないのに!」


「気が乗らなかったからな」


「そんな理由で!?」


「正解と不正解なら前者を選ぶだろう」


「え?」


「戦っていたやつらは正しい。逃場もないのに逃げ惑い、一体どうする気だったのか」


 心が揺れた。ただ肯定された、それがどこか堪らなく胸をざわめかせる。


「折れた槍で尚戦うコイツを助けた。傷を負っても戦うそいつを助けた。最前線で戦うやつらを助け、武器を持ち抵抗するものも助けた」


 私、リリエル、忙しそうに走る自警委員、それに協力している生徒を指差しながら続ける。


「そしてあんたも助けた。命より意志を貫こうとしたルオナ女史をな」


 最後にルオナ先生を正面から見据え、そう言った。


「え、その・・・それでも、命は平等の筈です!個人の意見で救う命を選ぶなんて・・・」


 虚を突かれたように表情から棘が抜けていくが、それでも納得がいかないとばかりに反論を続ける。


「選ぶさ」


「っ!」


 だが、巨人は揺るがない。その巨体のごとく、存在のごとく。


「俺が選ぶ、それは俺が動くからだ。命は平等だ、いや全てが平等だ。世界は、不平等すら許容するほどに寛大で、残酷だ」


「ルオナ女史が平等に扱いたいのならそうすればいい。否定はせんし、できん。」


「・・・あなたは、何を思って」


「命を守るために生きるのではない、生きるために命を使う。それがヒトの業であり証であると信じる」


 巨人の目が遠くを見ている。過去に何かあったのだろうか。


 分かったことがある、この巨人は勝手で我侭だ。とても、とても。そして苛立たしくも私達もだ。本当に、命が最優先だったら。脇目も振らずに逃げ隠れている。でもそれをしなかった、命を使うという選択肢を選んだ。


 義務感、使命感、理性、自尊心、様々な理由がそれぞれあってみんな戦った。それは結局自分がやりたいと思ったからやったんだ。嫌々でも、怖くても、やらないという選択肢を選べなかったヒト達なんだ。だから、巨人は優先的に助けてくれた。そんな馬鹿みたいで我侭な私達を気に入ったからだ。


 ルオナ先生は何となく分かったような顔をしている。リリエルは渋い顔をしている。分からないのか、認めたがらないのか。


「貴方とは、相容れない」


「ああ、それでいい」


「私は、手の届く生徒達全員を守ります」


「ああ。・・・理由が欲しければ、つけてやる。そうだな、戦える生徒を先に助けることでそいつが別の逃げる生徒を助けることができた」


 確かに、巨人の行動は結果的にも間違ってはいない。自警委員が多く生き残ったことで他の生徒を保護できたし、今現在も貴重な戦力として役立っている。ただ逃げていた生徒では不安で任せられないことも共に戦っていた委員達には任せられる。そんな理由を最初に言っておけばよかった、そうすればルオナ先生も一応の納得はしただろう。


 でも。


「不要です。ただ、貴方が誤魔化さずに話してくれた事に感謝を。貴方を認めることはできませんが、嫌いには、なれそうも無いですね」


「勝手にしろ・・・少々喋りがすぎたか」


 ルオナ先生の顔にうっすらと、笑みが浮かんだ。それはこの学園が襲われてから始めて見せた表情だっただろう。相も変わらず無愛想な巨人のことを信用できるかどうかはまだ分からない。でも少なくとも今、不快感は全く無い。巨人とルオナ先生の会話を聞くまで巨人の傲慢で無愛想な態度に苛立っていた、そう思っていた。でもそれは自分に対する苛立ちだった、巨人は最初から今まで自然体なのだ。だから力強く、そしてどこか爽やかなのだった。


 向き合うこと。


 嗚呼、もうそれは自分が一番分かっていた、だから生徒会長なんかやっているのだ。それに、先ほどの話で巨人が私を真っ先に助けたということ。


 ・・・ああ、もう!



 認めます。私が一番この学園で我侭ってことをね!



 ああ、すっきりした。他人になんて動かされたくない、自分で動きたいし動かしたい!情けない自分なんて認めたくない、例え死んでも!はい!私は、とっても我侭です!




 他人同士の話を聞いていてここまで心に響くことは、生まれて初めてだった。私は少し、感動していた。

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