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伝説のシャベル  作者: KY
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3章異聞の5 蹂躙されるケモノたち

 いきなりの出来事に呆然としていたが周囲の悲鳴がまだ地獄にいることを教えてくれる。



「リリエルっ!!」



 見ればもう押し倒され大きく口を開けたファングの牙にかかろうとしている友人の姿、体中に傷がついていて服もボロボロになっている、折れた槍を持って駆け寄ろうとするがもう間に合わない!


 ふと、襲われているリリエルと目が合う。彼女がわずかに微笑んだ気がした。わずかな時間抗っていた彼女の腕も限界をむかえ今はもうその牙を押しとどめるものは無かった。



 リリエルの体が血に染まる。



 ただ、その血は赤くなく、真っ黒だった。


 ファングの頭蓋が砕かれ体を痙攣させつつどす黒い血を撒き散らしていた。呆然としているリリエルの傍らには今も血を滴らせる武器を持った巨人の姿。



 未だ絶望的な戦いを続けている自警委員達に信じられないほどの速度で駆け寄ると目にも留まらぬ速さで武器を振るう。



 横薙ぎの一振りは上顎を刎ね飛ばす。振り上げ、振り下ろされた一撃が胴体を潰すのみならず床さえも砕く。そのまま振り上げられた武器は欠片を撒き散らしながら頭部を砕き魔獣の体を軽々と吹き飛ばす。


 壊されたドアから大きな影。ファング以上に大きな体、鋭く長大な2本の牙、サーベルウルフ。かなりの犠牲を覚悟でなければ倒せない相手。牙は黒い血で染まっている、サーベルウルフはファングや他の魔獣にも襲い掛かる兇獣だ。



 巨人に動じた様子は無い。それが気に食わないのかサーベルウルフが恐ろしい声で吼え生き残っている自警委員や私の体を震わせ恐怖で体が動かなくなる。


 巨人が鎧から何か、大振りなナイフのようなものを取り出すとそのまま腕を振るった。威嚇するように大きな牙を見せ吼えるサーベルウルフの口にすごい勢いで飛び込んでゆき、サーベルウルフが苦悶の声を上げ地面を転げまわる。巻き込まれそうな自警委員があわてて逃げ距離をとる。もう1本刃物が飛んでくると今度は喉元に突き刺さり暴れるサーベルウルフ自身によって傷口が広がり黒い血を撒き散らしていく。


 もう用はないとばかりにサーベルウルフから視線を外すと残っていたファングを足を止めることなく一掃していく。それは圧倒的な暴力であり先ほど私達が受けていたはずの理不尽であった。



 背後から悲鳴!振り向けば一般生徒達が逃げ惑い、倒れ、泣き叫んで魔獣に襲われている姿。入り口の魔獣は巨人によって駆逐されたけれど侵入してきた魔獣はまだまだ多く存在し暴力と死を振りまいている。


 しかし一部の生徒は支給された武器か、落ちていた武器を拾ったのかはわからないが必死の形相で戦いけん制して命を繋いでいる。



「しっかりしなさい!!動ける人は生徒を助けるの!!」


 急に命の危機が去り呆然としている自警委員を叱咤すると痛む体を何とか動かし持ち主がいなくなった武器を広いにいく。その傍らを巨人が駆け抜けていった。


 一瞬、巨人の上に何かがいるのが見えた。小さく可憐なそれは楽しそうに笑って頭にしがみついている。



「妖精様っ!?」



 振り返ることなくすすむ巨人は武器を振るう一般生徒の所まで行くと武器を振るい次々と魔獣を葬っていく。巨人を目に驚き固まる生徒が続出しているがそれも仕方が無いことだろう。



 何人かの自警委員が駆け寄ってくる。


「リリエルっ!あなたは怪我してるでしょ!?」


「・・・大丈夫です、今は戦わないと」


 しかし唇は血色がよくなく体もふらついている、戦える状態ではない。しかし、今安全な場所というものが無いと思えばむしろ目が届く場所にいたほうがマシなのかもしれない。


「・・・わかった、でも無理しないで。無事な人はリリエルを守ってあげて下さいね」


「応!」と気勢をあげる自警委員達、頼もしく思えるがこの状況で色々と心が麻痺しているのだと思う。みんなもうギリギリなはずだ。それでも空元気としてでも戦って生き残り、今からもまだ戦おうとしてくれる仲間のことを心から尊敬した。



 巨人はまるで荒れ狂う暴風だ。進路を邪魔する椅子や器具を壊しながら魔獣を倒していく。助けられた生徒が皆何が起こったのか理解するまもなく先へ、先へと進んでいく。


 そんな生徒達や運良く逃げてきた生徒らを保護すると取り囲むように展開して生徒を守る。立ち直った生徒から再び武器を手に取る者も現れて自警委員に続き自発的に戦ってくれる。巨人の後をゆっくり追うように少しずつ人数は増えていく、ファングも単体なら大人数で対応すれば何とか迎撃することができた。


 しかしまだ魔獣の数は多く散り散りに逃げた生徒は今も襲われ、生きながら食べられている。歯痒く思っても巨人の後をついていくほうが安全で、そして救える人数が多そうだった。



「きゃあっ!」

「うわあああああああああ!」

「あべしっ」


「キッキーーキーッキッキーー!!」



「あれは・・・ルオナ先生達が!」


 負傷者は事前に壊されたドアより遠いところに移されていたためまだかなりの人数が無事でいた。むしろ怪我をした生徒が自分の足や他の生徒にもつれられて集まっていて人数は増えてさえいた。


 ヒトは集まると安心できると思う。そうなれば連帯感や余裕が生まれる。武器を持った生徒達も集まっていて一つのグループになって生き延びていたようだ。


 しかしファング程度なら何とかなったかもしれないが、今回の元凶であり最悪の魔獣であるキラーエイプが楽しそうに奇声を上げて襲い掛かっていた。武器を構えていた生徒達がはね飛ばされ潰されていく。逃げ出す生徒が出てくる中、その中でもルオナ先生は気丈に槍を構え震える手で切っ先を向けていた。



「くっ、何人か一緒に来て!!助けに行くわ!!」


 近くの自警委員から返事を得て進路を見るけれども距離は遠く、ファングもそれなりに数がいる。とてもじゃないが間に合いそうに無い!


「きゃあっ!」

「キッキーッキッキー!」

「あうっ・・・うっ・・・・ああああっ!」


 キラーエイプは、遊んでいた。あっさりと槍を奪って捨てると壊さないように、いたぶる様にルオナ先生を叩いたり投げたりしていた。左足が変な角度に曲がっている、苦痛の声が楽しいのか執拗に折れたところを弄んでいる!!私達では間に合わないし力が足りない。でも、もしかしたら。


 全力で前に走る。それはルオナ先生の方にではなかった。荒れ狂う力のほうへ走る。巻きこまれれば一瞬で死んでしまいそうな恐怖を感じるけれど押さえ込んでなんとか追いつく。


「巨人の御方!すいません!!ここは私達で何とかしますから、あっちの方を!!」


 巨人の歩みが止まり目が合う。笑みを消しどこか不機嫌そうな顔となった巨人、機嫌を損ねてしまっただろうか?体中から冷や汗が出てくる。でも止まってくれたということは意思の疎通はできる筈。


「ルオナ先生達を、助けてください!お願いします、いい先生なんです!!」


 指を刺したほうを向く巨人の顔に少し戸惑いが浮かんでいたが何か変な事を言ってしまっただろうか。


「私達では力が足りないんです、どうかお力添えを!!あっ・・・」


 痛めつけられているルオナ先生は顔に苦悶の表情をうかべているが、地面を這うようにして、それでも生徒のいない方向へキラーエイプを誘導しようとしている。目は死んでいない、素晴らしい、先生だ。



「・・・フィア」

「ハーイおじ様!がんばってネ!!」



 巨人の頭の上にいた妖精様がふわりとこちらに飛んでくる。可憐な姿が空を舞う光景に思わず目を奪われる。


 それを見計らったように、巨人は走り出す。すごいスピード!今までの動きも十分に早かったのに、あっという間に姿が小さくなっていく。


 でも、それでもまだ距離がある。いたぶっていたキラーエイプも飽きてきたのか乱雑にルオナ先生を扱うようになっていた。それでも先生のおかげでキラーエイプは怪我をした生徒達との距離を空けていた。大きく右腕を上げ振り下ろそうとしたキラーエイプは急に飛びのいた。


 次の瞬間、壁に轟音とともに巨人が持っていた武器が突き刺さり、そこから放射状にひびが入った。キラーエイプがこちらを向く、巨人は武器を持たないまま走っていく、いくらなんでも無謀!



「だいじょうぶダヨ~!」

「きゃっ」


 妖精様が頭の上に降りてきた。こんな近くでお会いするのは初めてなので緊張する。


「おじ様は強いから、ネ」


 どこか誇らしげに言う妖精様の顔は笑顔だった。巨人に気がついたキラーエイプはルオナ先生を興味を失ったとばかりに無視すると奇声を上げ巨人に襲い掛かった。いくら巨人とはいえキラーエイプはさらに巨大、それでもなお速度は落ちない!


「キッキャアーッ!!!」


 大きく飛び上がり奇声とともに振り下ろされる一撃。体重を乗せた拳が巨人の体を砕こうとする。しかし巨人はさらに加速し掻い潜り、着地寸前のキラーエイプの胸を狙い蹴飛ばす。


 信じられない光景、あの巨大な魔獣が仰向けに蹴り飛ばされている。キラーエイプも戸惑っているようだ、そんなことができるヒトは聞いたことも無かった。


 未だに倒れているキラーエイプの頭をつかむと巨人のは地面に向けて叩きつける。何度も、何度もだった。周囲の床がひび割れ陥没すると弱弱しく声を上げて抵抗しようとするキラーエイプの頭を今度は壁に叩きつける、叩きつける、叩きつける。どす黒い血がキラーエイプの後頭部から噴出し白い壁を黒く染めていく、それでも止まらない。


 力の抜けたキラーエイプが前に倒れこもうとすると、最後に巨人が刃物で首を搔っ切りキラーエイプの地獄は終わった。


 異様な光景、ありえない結末。楽しそうに妖精様が笑って舞っている。でも音はそれだけだった。ヒトも、他の魔獣も息を呑んで硬直していた。


 巨人が壁に埋まっていた武器を抜き取るとガンッという大きな音を立て地面に叩きつけ、周囲を眺め、歩き出した。魔獣は我先にと逃げ出していき、逃げ遅れた魔獣はあっさりと命を刈り取られていった。



 地獄のステージは圧倒的な力により幕を下ろされた。



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