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伝説のシャベル  作者: KY
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3章異聞の4 蹂躙されるモノたち

 自警委員を引き連れ倉庫の入り口へと向かうとノックしつつ声をかける。


「ライル先生、聞いておられますか?倉庫を使用したいのでドアを開けていただきたいのですが」

「で、でていけ!!これは私のだっ!!」


 リリエルの言ったとおり聞く耳持たず、か。


「今私達は協力してこの難局を乗り切らないといけません、力をお貸し願いませんか?」

「う・・・い、嫌だ!そんなことを言って騙すつもりだろう!騙されんぞ!」


「そう、ですか」


 リリエルを促すと魔法の杖が扉に向けられる。確か、距離が3mの小爆発の橙色宝玉だった筈だ。


「残念です」


 ドンッという爆発音と共に倉庫のドアに大きな傷がつく。そこへハンマーを持ったドワーフ達がガンガンとさらに扉を崩していく。程なくして扉が開かれた。


 だがその時ドワーフの一人が吹き飛ばされ、周囲にいたドワーフや他の自警委員も衝撃に尻餅をついた。初老の男エルフが震えながら緑色の宝玉がついた杖を向けているのが見えた。たしか緑色は不可視の衝撃弾。


「みんな!しゃがんで!」


 二発目は照準がぶれたようで講堂の壁を傷つけ轟音を立てる。脂汗を浮かべつつ三発目を撃とうとした直前に誰かが投げた盾が男にぶつかり杖を落とした。


「取り押さえて!」


「おうっ!」


 動きの速い獣人の少年が駆け寄ると杖を取ろうと地面を這う男の背中を押さえつけ動きを止める。その間に制服を脱いだヒューマンの少年がロープ代わりにして手と足を縛り上げた。


 吹き飛ばされたドワーフは少女だったらしい、口から血を吹いて激しく咳き込んでいる。騒ぎを聞きつけた学生がルオナ先生を連れてきていた。


「先生っ!」


「ああ、何てこと!・・・右の肋骨が折れて肺に刺さっているわ」


 ドワーフの一人がルオナ先生に大丈夫なのかしきりに聞いている、兄妹のようだった。


「刺さっているのは片方の肺だから・・・やるだけやってみるわ」


 表情は暗い。せめて設備があれば、という声が聞こえた。おそらく専用の設備があっても厳しい。それに衝撃弾は骨だけでなく肉や内臓にもダメージを与えている筈だ。簡易の救護所ではできることも少ないだろう。


「わ、私は悪くないぞ!き、貴様らが勝手に入ってきウボエッ」


 リリエルが喚いているライルの口を強制的に閉じさせた。今回は自分のミスだったかもしれない、でもさすがに先生という立場のヒトがこのような暴挙に走るとはとても思えなかった。


 気絶したライルを倉庫から運び出し柱につなぐと何事かと騒ぐ生徒達をなだめる為にダンを向かわせた。



 倉庫に向かうと中を確認する。食料、水共に大丈夫そうだ。武器も揃っているが流石に杖は少なかった。自警委員で武器が壊れたり欠けたりしているヒトに入れ替えさせる。



 これで一息つけるか、と思ったときゴン、ゴンッという音が講堂に響きわたった


 講堂の生徒達が何の音かとざわめく。すると今度はさっきより大きな音でゴンッという音が響く。何事かと生徒達が大きな声を立てている。


―――まさか!


「それぞれのクラスに声を立てないように伝えて!早く!!」


 近くの自警委員に小さく声をかける。


「え?」


「早くっ!なるべく音を立てないように!!」


「は、はい」


 モンスターも、無駄に壁や建物を壊すことは無い。疲れるし、固いし労力に見合わない。ただし、理由があれば話しは別だ。村や町は、明らかにヒトが生きている光や動きが感じられる。だから、リスクや手間を承知で襲ってくる。


 先ほどの行為が、こちらの反応を確かめるものだとしたら・・・。


 黒い大きな影を見たという報告を思い出す。壁や建物を破壊するモンスター、名前が知られているものがいる。



 講堂内に響く音は忽然とやんだ。自警委員には静かになるよう伝えに行って貰ったがそれは上手く役割を果たしたとはいえず今も話し声がやまない。対応が遅かった。


「会長?」


 ダンが戸惑ったように声をかけてくる、リリエルは無言だ。同じ考えにいたったのだろうか。


「リリエル」


「はい、せめて準備を。」


「そうね。きたドアのほうかしら?」


「おそらくは」


「・・・杞憂だと良いけど」


「全くですが、そうはいかないでしょうね」


「会長!何の話なんですか!?」


 ダンがついてこれずに困惑している、性格はいいけれども察しは悪い。


「モンスターが来るのよ、さっきの音は罠。」


「罠、ですか?」


「そう、わざと音を鳴らしてこっちの反応を確かめていたの。驚いた獲物の反応があるかをね」


「そ、そんな!!」


 ダンはまた涙を浮かべるが泣きたいのはこっちも同じだ。今からそれほどの知性を持ったモンスターが襲ってこようとしている。生き残れないかもしれない。


 死。


 その言葉が頭に浮かび離れない。手が震えてくる、動機が激しくなる。それを抑えるように手を重ねてきたのはリリエルだった。


「会長、やるだけやりましょう。」


「・・・そうね、ありがとう。」


 リリエルの手も震えていた。彼女だって怖い筈なのだから。でも、こんな時でも凛と立つ友人に励まされれば落ち込んでいるわけにもいかない。


「自警委員の皆さん!副委員長の指示に従って東側のドアを警戒して!高等部の皆さんは番号順に並んで武器を受け取ってください!!」


 戸惑ったようなざわめき、騒ぎ声が大きくなるがさらに大きな声で叫ぶ。


「急いで指示に従って!!モンスターが来るかもしれない!!慌てずに、でも早く!!」


 生徒会に整列を任せて今度は救護所に急ぐ。東側のドアに近い場所にあり危険だった。


「ルオナ先生」


「・・・本当にくるのね?」


「こないほうが嬉しいですが」


「そうね、やることはやらないとね」


「ええ」


 看病を手伝っていた保健委員にも声をかけ怪我人を移動させるよう指示する。扉が突破されればもうどうしようもないことは分かるが、それでも頬って置くわけにはいかない。


 腕を食いちぎられていた獣人の自警委員はすでに息を引き取っていた。





 槍を持って自警委員の元へ行く。少しばかり人数が足りないようだ。


「杖グループはどこへ行ったの?」


「それが・・・他の生徒と一緒に後ろのほうに」


 情けない話だ、ここが抜けられたらもう遮るものはないのに。見覚えのあるエルフを見つけたので叱責しに行く。


「あなたたち!そこで何をしているの!持ち場に戻りなさい!!」


「ひっ、さっきもう戦ったから良いじゃないか!お前らの何倍も働いたんだよ!!」


 魔法を勝手なタイミングで使っただけじゃない、と叫びたかったが、必死で抑えて説得することにする。


「聞いて、ドアが抜けられて私達が倒れたら前で食い止めてくれるヒトは誰もいなくなるわ。そうしたらあなた達はどうするの?」


「そ、それは」


「一緒にがんばりましょう、もうそれしかないの」


 クソッと悪態をつきながらも杖グループはしぶしぶ前へと出てくる。そこに警備役として封鎖したドアの通路にいた生徒が走って講堂に入ってきた。


「通路の先のドアがすごい音を立ててもう今にも壊れそうだ!!ここのドアを急いで固めよう!!」


 資材は倉庫から集めている最中だ、早くドアを頑丈にしたい。あきらめてくれればそれが一番良いのだから。ただし、相手は村の壁さえ破壊する強さをもつモンスター、バリケード程度で持つものか。


 補強作業を急ピッチで行っている最中に遠くで何かが壊れる音がした。


「っ!急いでっ!!」


 重い足音が近づいてくる。そして、止まる。僅か数メートル先に扉を挟んでいるのだろう。一瞬不気味なほどの静寂がその場を包む、誰しも息を呑みどうなるかを見守っている。


 静かにしていると重い足音が少しずつ遠ざかっていくのを感じる、助かった?


 そう思った瞬間、強く大きな足音が間隔を狭めながら向かってくる。去っていたのではない、これは助走をつけていたんだ!


 ドガンッ、轟音と共に扉が吹き飛び補強をしていた生徒さら講堂に残骸が散らばった。


「杖グループ!撃て!!」


 リリエルの鋭い声に押されて杖を持つ5人から一瞬遅れながらも魔法が放たれる。小爆発が2、衝撃弾が3。扉の先のシルエットに命中した。


「やったか!?」「俺、この窮地を抜けたら彼女に告白するんだ」「へへっ!ざまあみろ!」「勝った、勝ったぞ!!」


 口々に歓声をあげる自警委員達だったが煙がはれて見えてきたものは、前足を変な咆哮に捻じ曲げたサーベルウルフの姿だ。


「違う!こいつじゃない!!」


 私は叫ぶ、サーベルウルフも恐ろしい相手だが壁を壊すほどのモンスターでは無かった筈!


「キキッキッキー!!」


 甲高い奇声をあげて飛び込んできたのは2mを越す巨大な人型、知恵が回り壁破りと恐れられる豪腕のモンスター、「キラーエイプ」だった。赤い二つの宝玉が狂ったヒトの目にも見えてくる。圧倒的な力の差を感じる、絶望的だけれど恐怖を押さえ込み槍を握る。


「盾グループ前へ展開!槍グループ散開、取り囲め!!」


 もはやパニック状態に入りかけていた自警委員だが逆にそれが余計なことを考えさせず指示に従うことになった。一般生徒から募集し人員の増えたドワーフ10人が盾を構えて腰を低くし衝撃に備える。槍を持った委員が半円状に取り囲み構える。


 だが臆することなくキラーエイプは盾グループに目にも留まらぬ速さで近づくと腕でなぎ払った。5人が盾を粉砕されそのまま何メートル弾きとばされる。


 槍グループがあわてて突きをいれ、杖グループが後ずさりしながらやたらに魔法を放つがとんでもない跳躍力であっさりとかわす。外れた魔法は仲間である自警委員に被害を与えてしまう始末だった。


 そのまま一般生徒が震える手で武器を持ち固まっている場所へと飛び込むと無茶苦茶に長い腕を振り回し逃げ惑う生徒の命をあっさりと奪っていく。


 さらには壊された扉からファングの群れが飛び込んできて自警委員を襲う。講堂は阿鼻叫喚の嵐、地獄絵図。この世のものとは思えない悲壮な世界。


「みんな固まって武器を構えて!バラバラに逃げては駄目です!」


 叫ぶが聞いている人はいないし余裕も無い。まとまって戦ったところで勝機もほぼ無い。それでも叫ぶ、それはただ自分が最後まで理性的な自分でありたいと思うからなのか?自分の行為に意味はあるのか?・・・ああ!もう頭の中がぐちゃぐちゃになっている!!


 前で指揮を取っていたリリエルは槍を持って戦っている、でも片腕から大量の血を流していてもう、絶望的だ。



 ファングが迫る。逃げようとする心がある、全てを投げ捨てて泣き喚きたい心がある。でも槍を握る。多分勝てない。


 でも、戦うのが正しい筈だ。逃げられないし喚いてもどうにもならない。惨めなのは嫌だった、生徒会長になったのも根底にあるのは自尊心だ。他のおだやかなヒトビトより尊大で抑えきれないソレは自分の惨めさを許せない。


 訓練どおりに槍を突く、タイミングは悪くない筈だった。ただ槍が食いちぎられるなんて予想はしてなかっただけだ。お腹にファングがぶつかってきて跳ね飛ばされる。




 うえええええっ



 胃液が逆流して異臭を放つけれど、袖で口を拭って上体を起こす。折れた槍を杖にして立つ。どうせ死ぬなら格好良く、誇れるように死にたい。それが自己満足でも!


 気力を絞り槍というか、もはや棒を構える。


 目の前に涎をたらし大口を開けたファングの姿が大きくなってくる。体が痛い、棒を構えるのでもういっぱいいっぱいだ。覚悟する、死にたくない、なんでこんなことに、最後まで戦う、怖い、ああああああああああああああああ!!!




 目の前が真っ黒になる。




 どこかで聞こえた轟音、上のほうだろうか?




 目の前で爆音!体が痺れるほどの衝撃!風景が色をとりもどした。




 ファングは真っ二つになり地と肉と骨を撒き散らし潰れていた。視線を上に上げる。




 大きな、大きな背中。

 両足は大地を踏みしめ微塵も揺るがない。

 鍛えぬかれた太い腕、その手に持つのは長大で重そうな武器。

 堂々と立つその佇まい、感じる強い力。




「巨人・・・」




 思わず、そう呟いた。


 振り返り私を見る巨人の顔は惚れ惚れとするほど力に溢れ、この地獄の中で愉しそうに笑みを浮かべていた。

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