3章異聞の1 混乱の学徒
ガラット学園都市。
それは遥か古の時代より歴史を積み重ねてきた学び舎であり様々な人種のヒトの 子供が集い教育を受ける施設として知られていた。それぞれの種族にも学校というものがあったが、相互理解と辺境ではできない高等教育を効率よく行うため選ばれた生徒が入学し日々研鑽していた。
強固な建屋は窓などを塞げば要塞とまではいかにものの中々に良い避難場所となり、モンスターによる世界の崩壊が始まった後も重要な施設とされていた。
非常時であるため近隣の生徒や避難民の子供も生徒として迎え入れ大人が外郭都市を守っている間も授業は続けられていた。急な生徒の増加やモンスターによる不安などから種族同士の対立も少し見られたものの元々は争いを知らない生徒達はなんとか決められた日常生活を送ることができていた。
だが日々増えていく生徒達、悪い情報の中ついにモンスターの大群が学園都市まで攻め入ってきた。校舎は生徒を守るよう堅く閉ざされ大人たちは侵入してきたモンスターと絶望的な戦いを始めていた。
補強された扉や窓を壊そうとする音が聞こえる。響いた爆音は建物の一部が破壊されたためか。生徒達が顔を見合わせ不安な表情を浮かべ―――
そのまま時は凍りついた。
そして、今。
「みんな!奥へ逃げて!」
一人の制服を着た女生徒が誘導しながら叫ぶ。
「うわああああああ!」「きゃああああ!!」「いてっ踏むな!」「邪魔だっ!」「低学年からにがせっ!」「痛い・・・」「くそお」
今生徒達は混乱の最中にあった。急に地面が揺れたと思えば目が覚め、明り取りの窓から見える空は無く、周辺の外郭都市は消滅していたのだ。それだけでも大変だというのにモンスターが崩れた外壁の一部から進入を果たしていたのだ。
(どうしてこんな事にっ!!)
私、セレス・アンリークはヒューマンの生徒会長だ。恐ろしい、怖い、でも責任は果たさないといけない。
「第二講堂まで急いで!」
逃げ惑う列の最後尾に近いこの位置、しかし怪我をした生徒や逃げ遅れた生徒がモンスターに襲われているのが見える。一番数が多いモンスター、ファング。うまく誘い込んで武器を持った大人数人で取り囲めば何とか倒せると聞いている。でも今は皆が混乱しておりかろうじて組織的に動けるのは高学年の自警委員会だけだ。それすらも全員が危険を承知で立ち向かえるほど規律が保たれているかは疑問が残ってしまう。
逃げる人の流れに逆らうように大きなハンマーと盾を持った数人の小柄な生徒が駆けて来る。体は小さくとも肩幅は広く力持ち、ドワーフの自警委員だ。
「「会長っ!!」」
「ここで時間を稼ぎます!他の委員は?」
1匹のファングが走ってくるのを見て手に持った槍を構えながら細い通路を後退していく。この先にはドアがあった、先ほどまでは逃げる生徒の邪魔ではあったが守るには使える。
「副委員長が今集めていますっ!危ないっ!」
小柄なファングが突っ込んでくるのを見て盾を持ったドワーフが割り込む、ガッ!という衝突音。木製の盾はへしゃげ、ドワーフは後ろへ吹き飛ばされ地面を転がるが頭から突っ込んだファングもまた首を振りながら距離を置いた。
「杖グループはっ!?・・・そんな後ろでは届かないでしょう!?早く前へ来て!!」
後ろにびくびくした様子で隠れている生徒を叱責する。小さな宝玉が先端についた杖を持つ長身でスリム、耳が長いエルフ。多くの種族のなかで魔法を使えるのはほぼエルフだけといってもいい、それを傘にいつも偉そうな態度をとっているくせにこんなときに!
「はやくっ!仕方ない・・・盾グループは護衛について!代わりに槍グループは前へ、構えて!!」
「「はいっ!!」」
主にヒューマン、獣人で構成された槍を持った七人ほどの生徒が前に立ちドワーフは来た道を急いで戻りしり込みするエルフをせっつく。槍は構えられるが緊張と恐怖のためか先端はかなり震えている。
―――経験が足りないわ。
大人でさえ戦ったことは殆ど無いのにまして学生では構えるだけが関の山。
「うわああああああ!!!たすけっ・・・」
「くそっ、くそっ!!あああああああっ!」
一番前にいたヒューマンの生徒が接近してきたファングに足を噛まれてそのまま奥へと連れ去られてしまう。続く別のファングに無茶苦茶に槍を振り回す獣人の生徒だったがファングは効いた様子もなく腕に噛み付き引きちぎる。
真っ直ぐ突いても毛皮や骨に弾かれることも多いのに振り回すだけでは意味が無い。しかし冷静な判断ができる者がどれだけいるのか?少なくとも前線に自ら立ったこの生徒ですら他の生徒に比べれば上等だ。
「せいっ!」
「ギャッ!!」
駆け寄ると腕を食べるファングの頭に槍を突き入れる、固い頭蓋に阻まれはしたが穂先は肉を削りひるませることに成功する。
「何やってるの!?早くこの人を奥までっ!!」
弾かれるように一人の学生が腕を食われてのた打ち回る獣人に近寄ると足を持って後ろへ引きずっていく。その間にもどんどん新しい食料を求めファングが近づいてくるのが見える。
「会長っ!」
盾を持ったドワーフが後ろにエルフを守りながら何とか前まで到着する。
「杖グループ!指示をしたら魔法を撃って、何でも良い!」
訓練では魔法の種類ごとに部隊分けされていたが今はどの杖を持った生徒が何人いるかも分からない、牽制さえできれば良い!
「う、うわあああああああ!このっ消えろ!消えろ!!」
「!!まだ早いのにっ」
十分にモンスターをひきつけられないうちに魔法が散発的に放たれてしまう、魔法は一人二発が限界。オドが濃いエルフならもう少しいけるが大き目の宝玉がついた杖ならもっと回数は減る。
魔法を撃ちつくしたエルフが力を抜けたようにその場に座り込む。少しばかしダメージを与え、目の前にいた1匹はどうにか倒すことができた。音や衝撃でファングの足が止まっている今しかない。
「後退!!急いでドアまで下がって!!」
動けないエルフを近くにいる生徒達で担ぐと一目散に逃げ出す。だが逃げるものは追いたくなるのが本能か、ファングが駆け出してくる。
「ぐわっ」「ひいいいいいいいい」
エルフを担ぎ動きが遅くなっていたドワーフが2人とも飛び掛かったファングに押し倒され、くぐもった悲鳴を上げる。
「走って!!」
だがかまっている暇は無い、このままでは全滅だ。何とかしてドアにたどりつきふと後ろを見れば未だ悲鳴を上げながら貪り食われる生徒達の悲鳴、先ほど押し倒された2人の断末魔が聞こえてくる。
(ごめんなさい・・・)
足止めをしていた残りの生徒が全員通ったのを確認すると急いでドアを閉めた。すぐさま板や机などを持った生徒が集まりファングに体当たりされ軋むドアを補強していく。避難場所である第二講堂へ続く道は直ぐに封鎖できるようになっている。他の道にモンスターが行っていないか、行っていても誰かが塞いでいてくれることを期待するしかない。
「会長!ご無事で!」
数人の生徒を引き連れたエルフの女生徒が置くから走って近寄ってくる。
「リリエル!よかった・・・ええ、何とか。無事とはいえないかもしれないけど」
目の前で他の生徒や仲間が食べられてしまったのだ。表情は一様に暗い。副会長もそれを察したようだ。
「そちらは?」
「はい、動ける委員を集めて避難誘導を行い講堂に続くドアを補強しました。ファングとも遭遇しましたが、幸いドアを先に閉めることができました。」
「そう・・・よくやってくれたわ。」
混乱の最中1匹でも進入を許していればどれほどの被害がでたか、この冷静な女エルフに感謝をしつつこの場をまとめることにした。
「皆さん!よくやってくれました。目的である生徒の避難は無事達成されました、みんなのおかげです!!」
副会長が大げさなまでに拍手をするとまばらだった拍手がどんどんまとまり大きな音になっていった。
「一度第二講堂まで戻り今後について考えます。いきましょう」
警備の生徒を残すと戦った学生達はほっとしたような顔で奥へと進んでいく。
(しかし・・・)
状況は何一つ好転していないのだ。話し合う、何をどうすれば良いのか?正直全て投げ出してしまいたい、だが表面上は冷静さを保たなければいけない。
ポーカーフェイスを保ちつつ、現状の把握をする為に第二講堂へと足を進めるのであった。