3-5 エンゲージ
フィアとの出会いから10日ほどが経過した。このような短期間ではあるが異世界の言語に関してはかなりの知識を蓄えていた。カタコトであるが話すことができるし簡単な言葉なら聞き取れる。自分でも驚くほどの記憶力だ、1度聞いた単語は忘れることも無いほどだ。
かつては英語を満足に覚えていられたか疑問なほどであったが、おそらくは身体能力の強化というものが単純に筋力だけでなくすべての能力向上に寄与しているのではないか。地球でこれほどの能力があれば生きるのに苦労はしなかっただろう・・・終わった話だ。
コミュニケーションがとれてきたのはいい事ではあるが、反対に気になることが出てきた。
それはフィアの体調だ。
当初は元気に飛び回っており、白玉の実や花の蜜等を食べていたのだが、ここ数日は顕著に動きが悪く体もだるそうだ。
飛び回る頻度も減り、慣れてきたのかこちらの体や頭の上に乗ろうとしてくるが今のところそれを許してはいない。死角に入られて何をされるかは分かったものではないし信頼関係を築くにはまだ短い、自分が誰かを信頼できるかはそもそも疑問だが。
夜も警戒しながら浅い眠りについているのでこちらも少々体調は優れない。もっともフィアは涎をたらしながら憎たらしくも熟睡していた。
「xxx・・・」
フィアに声をかけられて見てみると切羽詰った表情をしてこちらへと飛んできた。
接触する寸前にフィアの尻あたりから髪の毛と同じ緑色の毛の生えた尻尾のようなものがこちらに伸ばされるのが見えた。
反射的に身を翻すとブッシュナイフを抜きつつ距離をとり対峙する。左の篭手も魔法の照準を合わせてある。
その様子をみたフィアは悲しげな表情で訴える。その言葉はまだ知らない言葉も多く文としての理解は難しかった。ただし、最後の一言はよく分かった。
「xyxxxxxyyzxyzx・・・タスケテ」
詳細は分からない、が。あの尻尾をこちらへ向けてきたことには何か意味があるのだろう。ここ最近の妖精の調子の悪さともまた関係がある筈だ。
さあ、どうするべきか?
尻尾をこちらに向けてきたことから、何かしらの影響を及ぼすものであることは間違いないだろう。それが自分にとって大きなデメリットを与える可能性は否定できない。
会話も細かなところまでは分からない、仮に話が通じても相手が本当のことを言っているかは分からないが。この商品は体にまったくの無害ですが数日で痩せられます!何とも怪しく信用できないフレーズ。
―――首を振りブッシュナイフを一文字に振るって拒否の意向を示す。
フィアは悲しそうな、そして焦燥した顔でしばらくこちらを見ていたが、何度かこちらを振り返りつつも窓から飛んでいった。
それからしばらくの月日がたったがフィアと出会うことは無かった。
周囲の島に植えた白玉の実や黄花は順調に数を増やし時折遭遇するモンスターとも合わせて代わり映えはしないが中々に安定した食事を取ることができるようになっている。毛皮や草を利用しホームベースは過ごしやすい場所となった。
幾年月が過ぎても変わらない。この島で煩わしさを感じることなく一人のんびりと隠遁生活を送る。いずれ老い、動けなくなったときが自分の寿命だろう。だがそれまでは日々それなりの充実感を持って生きるためだけに行動するすばらしい毎日を過ごすのだった。
悪くない、むしろ上等だ。そんな未来が見えた。
だがお断りだ、そんなモノは。ただ生に疲れていただけの日々ならば受け入れていたかもしれない、だがこっちは一度死んでいるんだ。身にたぎる力は狂喜の元に狩ったモンスターの血肉、心に燃えるは好奇心と怒りにも似た我が身を焦がす炎。皮肉と迷妄と滾る日々を求めている。
そうだ、命なんてどこかに置いて行けば見えてくる楽しみ方もある。
ブッシュナイフをしまうと手袋を外した左手を伸ばす。顔はワザとらしいほどに笑ってやる。それを見たフィアは喜んだ表情を見せて勢いよく飛んでくる。
別にフィアを、出会って幾許もたたない妖精を信用したわけではまるで無い。ただ、ただこうしなければ始まらないだろう。
このゲームのオープニングが。
チュートリアルはすませた。電源をつけたあとすぐ流れる世界観の説明デモも体験済みだ。命なんて置いておけばこの第二の人生はゲームだ。子供の頃求め、青年期になっても楽しんだ妄想の世界!それが始まろうとしているのに電源を切る馬鹿にはもうなるまい。
俺の導き手が左手の薬指に尻尾を当てる。だが浮かない顔だ、今度は勢いをつけさすような勢いで尻尾をぶつけてくる。こちらとしてはくすぐったいだけだ。業を煮やしたのかその小さな口で噛み付いてくるのだが痛みすらなく痒いだけだ。
仕方が無いので一度左手を引っ込める。それを見てどこか絶望した顔になっている妖精の目の前で左手の薬指を噛んで軽く皮膚を破りまた差し出してやる。そこに再び歓喜の顔となった妖精が傷口に尻尾を捻じ込んでくる。さすがに軽い痛みが走るが大したことは無い。
次の瞬間、自分のオーラが指から吸われていくのを感じた。これは妖精でなく蝙蝠の類だったのか?失敗したのかもしれない、ただしここで死すともそれは自分のした選択なのだ。故にしばらく動向を待つ。
ある程度の量のオーラが妖精に吸われたが、一方で体はマッサージをうけたような軽快な感じとなっていた。今までただ湧き出していたオーラが体を循環するかのように巡っているのを感じる。気分も悪くない。
フィアと目が合う。顔色もよくなり髪も艶やかだ、最初であった時よりも元気になっている気がする。もはや塞がりかけている傷口から尻尾を引き抜くと楽しそうにホームベースのなかを縦横無尽に曲芸飛行する。
最後に目の前で止まると、その小さな唇をこれまた小さな舌でペロリと舐め、顔を傾けて流し目でこちらを見てきた。
子供を模したフィギアのような体の癖に、それは実に淫靡で胡惑的だった。返礼として皮肉気に顔を歪ませ、両手を軽く上げてシニカルに笑ってやる。妖精と糞っ垂れた人間とに芽生えた縁を感じた。
俺の決断は正しかったようだ。これからどんなストーリーが待っているか、愉しみだ。もっとも悲劇ならぶち壊し詰まらない展開ならば梃子をいれてやる予定だ―――このシャベルでな。




