2-30 501の夜を越えて
襲い掛かってくるモンスターを切り捨てる。あまりに多くの血を吸ったシャベルは磨きぬかれたオニキスの如く漆黒、妖しく光沢を放つ。見た目だけの変化ではない。その剣先は木々を切断するほど鋭く、血を吸い重みを増した一撃は岩を軽々と砕く。
501の夜を超え、この世界を突き進む。
凶器を振るう腕は太く、その大きな体躯はがっしりとしているが何処かしなやかさを感じさせる長身。身に着けるのは骨と革で作られたいかにも丈夫そうな防具の数々。無精髭をはやし乱雑に切られた髪から除く目は恐怖を与えるほど鋭い。もはやかつての面影は殆ど無く歴戦の戦士のような風格を醸し出している。
絶命したモンスターを見る。ありふれた野犬のようであるが宝玉は通常の赤色ではなく橙色だ。魔法を使う亜種、いや上位種とでも言ったほうがいいだろう。先に進むにつれてこのようなイレギュラーな個体ともよく遭遇するようになった。群れを作る性質のあるモンスターの場合リーダーとなっている場合が多い。モンスターとの遭遇頻度も上がり身の危険と引き換えだが食料に窮することは減ってきている。
最初にこの世界に降り立った地点が世界の中心に近い場所ではなかったことは幸いといえた。初めて遭遇したモンスターが魔法をつかってきたら確実に死んでいただろう。
結晶砂漠を踏みしめ窪地を下っていく。時折このような陥没した場所が見られ、地層も砂漠の表層と深層が混ざり合ったような様態を呈する。今立っているこの砂漠も地下では劣化したりもともとあった空洞などが伴って崩落したりしているのかもしれない。そう考えれば踏みしめているこの足も奇妙な浮遊感に囚われそうな錯覚がある。もっともだからといってどうすることもできない以上気にするだけ無駄だろう。
窪地を登りきったところで大型の牙付きに遭遇した。距離は3m程か、坂では地平が見えない、このような不遇の事態もままあるものだ。慌てずだが素早く、額にオーラを込め魔法を発現。強烈な衝撃弾が放たれ牙付きの胴体に着弾、吹き飛ばされる牙付きに腰のホルスターからすらりと抜いた武器を向ける。
木と骨でできたそれを表現するならば直径15cmほどはある奇妙に大きなシリンダーを持つリボルバーだ。ただしトリガーも無く、バレルの部分には筒ではなく大振りの骨刀がついている。シリンダーの穴には橙色の宝玉が弾代わりに6個はめ込んであり、大きさも色も若干異なっている。人差し指で手早くシリンダーを回すとオーラを注ぎ丁度牙付きがいる付近に爆発を起こす。
牙付きは遭遇してからまともに抵抗することもできず行動不能となった。
大型のモンスターの頭蓋を転用した兜には大きな緑色の宝玉が埋め込まれている。少し前に大口を狩った時に手に入れたものだ。以前は脅威であった大口も近頃ではむしろ組し易い相手と成り下がっている。魔法を使おうとこちらを向いたところで接近しつつ瞬間的にウォー・クライを発動しオーラの文様をかき乱してやり魔法発現を阻止、呆けたように開けている「大口」に槍を深々と差込んだ。場合によってはシャベルなり魔法などでしっかり止めを刺す。ここ暫くの間に相手の魔法を効率良く阻止する術を努力の末、会得することができた。「ウォー・クライ」も一瞬ならば反動は僅かにすぎず少々身体がだるくなるが問題ないレベルであり経戦可能だ。先ほどの野犬の亜種もこの方法で魔法を封じシャベルで顎から上を切り飛ばしてやった。
同じ色の宝玉もサイズや僅かな色の違いで効果に多少差が出てくる。大口の緑の宝玉はヒトデ先生のものより大きい。宝玉は大きいほど威力は増すがオーラ消費量も増す。ヒトデ先生のように感覚器以外の宝玉はかなり燃費がよく、大口のように感覚器と一体型のものは効率が悪いようだ。もっとも連続で使わないのであれば問題は少ない。22口径の銃を44マグナムに換えたようなものだ、当然1発の威力も反動も大きいのは仕方が無い。だがそれは訓練や自身の能力向上により改善できる程度の問題でもある。今も自分は敵を殺し死地で日々鍛えられている。
先ほどのリボルバーもどきのシリンダーにはめ込まれていた6つの橙の宝玉、これもそれぞれ多少効果が違う。具体的にいえば爆発距離だ。2m先で爆発が起こる宝玉から約1mずつ距離が伸び最後は7m先に爆発を起こす宝玉がついており、シリンダーを回し目的の距離に爆発を起こす宝玉をシリンダーの1番下にもってくる。ここがグリップも含めると魔法を使えるギリギリの位置である体から10cm程度の距離となり目的の魔法だけを放てるシンプルな構造となっている。オーラを込めるだけでいいのでトリガーもいらないし銃身も不要、変わりに護身用にモンスターの固い骨を削ってできたナイフをバレル代わりに装着している。先ほどは吹き飛ばされた牙付きまでの距離に最も適した射程の宝玉をシリンダーを回して選び爆発魔法を発現させた。訓練により瞬時に切り替えができるようになっているし不測の場合は投げ捨ててシャベルを構えればいい。
攻撃力はあるが制約が厳しい爆発の魔法を効率的に使うために拳銃をイメージして作った武器だ。緑の衝撃弾の魔法は真っ直ぐ飛んでいくだけなので調節はいらないし黄色の雷撃魔法は近距離に拡散する性質で同種の宝玉による差は威力程度しか違いが無い。もちろん篭手にも宝玉は仕込んであるため投げ捨てても魔法が使えなくなることはない。篭手の宝玉もヒトデ先生の扱いやすく低威力のものから最近良く遭遇する魔法を使うモンスターの亜種等からの威力の高い戦利品に切り替えている。本当にヒトデ先生は魔法の入門編としては非常に優秀だった。だが慣れてこれば癖があってもより強いものを使いたくなる。
次の島を目指し砂漠を歩く足は、どこまでも力強く、そして軽快にして速い。背負った大荷物の重さも感じさせずに進むその顔はどこか凶悪で、とても穏やかだ。並みのモンスターを歯牙にもかけぬ程の気迫、それはもはや捕食者の風格だ。
―――目的地は近い。