1-3 墓と夜らしきもの
若い頃何となくカッコいいからとスキットルと蒸留酒を買い結局使用しない人は多少いる筈ッ・・・
僅かに残った安酒を一口飲むと男は満足気に頷きスキットルをひっくり返し残りをぶちまけた。島の大岩には深く刻まれた傷がある、
―――○△□×、ここに死す。
それはかつて存在した愚かな男の墓標であった。
新居に入ると岩で入り口を蓋する。4畳ほどのスペースしかなく光をとる窓も細く、ガラスなどといった上等なものは無かったが、男には立派なマイホームであった。男は体を伸ばすと激動のこの日の疲れをとるように床に倒れこんだ。そろそろ夜が来る、この世界では日は暮れないが夜はやってくる―――いつもと違う夜が。
獣を喰らった男は己の体が変質していることを悟っていた。まとわりつくようなあの違和感は今は自分の内側からも強く感じられた。
立ち上がろうと手を突いた男はバランスを崩しでんぐり返しをした。腕にそんな力を込めたつもりは無かったが、感覚はあまりにも軽かったのだ。慎重に立ち上がると踏み出すために足に力を入れるがやはり体が浮いてしまいシャベルを杖代わりにして何とか転倒を防いだ。
ふと見たシャベルは元々の鈍色ではなく、獣の血を吸い黒曜石のように反射し―――剣先は深々と砂漠に突き立っていた。
体を慣らしながら島に上陸した男は小さなオアシスを見つけた。水面に写ったのは返り血で体のみならず服や道具まで黒く染まった、かつて鏡を見たころより一回り大きな男の姿であった。右腕を振れば同時に振り帰してくる鏡像にこれは自分なのだと認める。体を見れば腕は太くなり緩かった服はぴっちりとしている。何が起こったか―――といってもどう考えてもあの異形を喰らった事以外心当たりは無いが。取り敢えずタオルを水に浸すと汚れた体を清め、喉を潤した。
周囲を見渡せば少し先に大きなオアシスと木々が見える。その木も緑色をしていたが見たことの無いもので敢えて言うなら椰子の木に似ていて、何か白く小さな実がいくつか生っている。食用であればいいのだが。
地面は大部分を先ほどの島で見たような植物が覆い、所々に背の高い草のようなものが生えていた。不意に気づく、周囲が少し暗くなっていることに。
空を見れば相変わらずの位置に太陽は存在している、しかし明らかに今日落ちてきたときに比べて光量は下がってきている。安全地帯も無くこのまま闇に包まれれば危険である、かといって島の探索中に暗くなればそれもまた危ない。男は考えた末、見晴らしのよく、生命が住んでいないであろう砂漠へと急いで来た道を引き返した。
先ほど倒した獣の場所まで戻ると何かに使えるかと毛皮と残骸を回収し、もう少し島から離れることにした。位置が変わらず、ただ暗くなりゆく太陽。どうやら本当に地球と異なる場所へと来てしまったらしい、この先生きるには常識が敵となってくるのかもしれない。
喉の渇きを覚えた男だったが慌てるあまりペットボトルに水を補充し忘れた自分に怒りを感じた、向上した身体能力のせいか疲労はあまり感じないがどうにも喉は渇くものだ。
しばらく時間が経ったものの、周囲は闇に包まれることは無かった。空を見れば太陽は沈むことなく蒼い穏やかな光を放ち、薄暗くはあったものの光は風景を仄かに青く染め上げている。それよりも気になった事は昼間はわからなかったが、砂漠が光を放っているしていることだ。見渡す限りの砂漠が仄かに光を放っておりとても幻想的とも言えるが。
どうやらこの世界では太陽はずっと沈まず、夜の暗闇に脅えることも無いらしい。