5-36 逃れられぬ定め
案内人であるニアニアの先導の元、安全と思われるルートで森林を進んでいく。その足はよどみなく周囲を警戒する姿も自然であった。本人の言の通り中々に有能な案内役のようだ。それでも1mに満たない程度のサイズの生物が通る道ではこちらにしてみればかなり窮屈でありどうしても無理がある場所もあった。
その際はモンスターの襲撃を受けることもあったが、フィアのレーダーにより事前に場所を知れていれば対処は容易であった。最早、フィアがいることを前提で行動している自分にふと気がつく・・・それが良い事なのか、悪いことなのかまでは判断できなかった。
途中で小休止を取る、巧妙に偽装された小さな小屋、半分ほど地下に埋まっており一見すればただの藪にしか見えない。休憩はこまめにとる様に心掛けていると聞いた。道理である、集中力も体力も磨耗した状態で襲われでもしたら危険だ。こちらも思った以上に疲れている、体力的には問題無いが森林を突き抜ける経験は余り無い。気疲れの一つでもする、頭の上にいる妖精は元気なものだったが。
何度か休憩を入れながら先を目指す。ニアニアによればすでに半分を越えそうかからないうちに到着するだろうという見立てであった。ただし、次の休憩地点までにはそれなりの距離があり開けた場所も多いので油断は禁物と話していたので頷き返す。
運命という言葉をどう思うのか。避け得ぬ宿命かそれとも旅路の軌跡のこじつけか、兎にも角にもヒトは理由と答えを知りたがる。さて、何のことかといえば―――移動中に補足されたのだ。それも最悪な形で。
偶々、開けた場所を移動中に。偶々、モンスターが現れ。偶々、退避行動をとろうとした案内人が。偶々、石に躓いて荷物を落とし大きな音をたてて。偶々、それが魔王獣だった。ただそれだけの事。
こちらは一足先に隠れており現在は見つかっていないようだ。ニケニケはその危険性を知っても叫ぶ。
「このまま隠れていてください!」
そう言う。
「娘の命と引き換えだと思えば・・・」
そう自分を納得させるかのように恐怖を押し殺した顔で呟いているのが聞こえる。
―――さあ、どうしようか。
案内人がいなくなっても大体の場所はすでに聞いている、多少手間がかかるかもしれないがこのままやり過ごしても『フーリル・ユーキー』には着けるだろう。ニケニケもこのような危険性を承知で案内を買って出ていた、ならば仕方のないことか。
別に、見捨てても心が罪悪感で満たされることは無いだろう。そう断言できる。こちらもこのような事態有り木でのミケミケの救出、隠れムラでの交渉であった。だが、ここで脳裏によぎる言葉がある。
それは『約束』。
『道中の安全は極力保障しよう』、そう約束したのは誰であったか。約束、この2文字。約束を破るのはどうしていけないのか、他人からの信頼を裏切るから、円滑な社会を構成するためか、それを守るのがヒトとしての義務だからか・・・否。違う、そう心の底から熱いものが込み上げて来る。
約束したのは、自分だ。約束を破るのは自分を裏切ることに他ならない。自分の言動を、あり方を、精神を否定してしまうのだ。それは耐え難いものだ。容易にそれを為せる人間は、腐っている。いや、約束を破ることを前提とした心のあり方の人間であればそれはそれでいい。ただ、破る気の無い約束を簡単に反故にする人間の精神に何の価値があるのか。自分にそう大した価値があるとは粒ほども思っていない、命の価値などナイフの一突きで消える程度のものだ。だがそれ故に約束は、命よりも重い。
「おじ様、行くのカナ?」
「仕方が無い。迂闊にも約束してしまったからな」
「キャハハハハッ!おじ様も結構不器用だとネ!」
「賢しく生きていてもつまらん」
「ンフフ~、そんなおじ様もキライじゃないヨ」
「ハッ!物好きめ」
仮に運命というものが存在するとすれば、これは避け得ぬものだっただろう。そもそもかつての自分も運命に翻弄され追い詰められた。そして何兆分の一の確立であろうか、この世界に堕ちた。今まで生き残ってきた、多くのモンスター、それに魔王獣との戦い。自分の運勢を思う、いつだって御神籤は大凶だ、自分が思うように上手にすべてが行くわけが無い、自分自身の運命をそう信じている。
故に、驚くことも無い。
隠れていた藪から出ると転んだままのニケニケに向け歩き出す。
「な、何をしているんですか!?早く隠れ」「黙れ」
驚いた顔を浮かべるニケニケの襟を掴むと藪の中へと放り投げる。そして上を仰ぎ見れば、そこにいる。ぞわりとした感覚。圧倒的なプレッシャーをもつ怪物、魔王獣『ワイバーン』。その視線と殺気のようなものを感じる気がする。少なくとも、完全に補足された様だ。
嵩張る荷物はすでに藪の中に置いて来た。決して望む戦闘では無い、だがいつだって運命は襲い掛かってくるのだ。そしてそれを越えた先に、道があるのだろう。
「キイイイイイイイッ!!!」
『ワイバーン』はそう大きな声で嘶くと、遥か上空まで上り―――急降下してきた。




