5-5 転進
―――だが、これもまた好機。
篭手に仕込まれた宝玉にオーラを注ぐ―――閃光。電流の魔法。この狭いトンネルで爆発の魔法は危険、衝撃弾では軽くて硬いヒトデ亜種を仕留めることができず、むしろ空中に弾き飛ばされたヒトデ亜種がその勢いを利用して突っ込んで来かねない。一択であったのだが、投げた盾をも巻き込んだその魔法の効果はかなりのものだった。一撃では仕留められてはいないようではあるがヒトデ亜種はその5本の足をグネグネと動かし進行を止める。ヒトデ亜種に声が出せたのであれば悲鳴の一つでも聞こえたかもしれない。地面でのた打ち回るヒトデ亜種の上からシャベルを叩きつける。空中であれば弾かれる事で衝撃を逃がせたのであろうが地面という壁があってはさすがに黒い体液を撒き散らし、動きを止めた。
「キグルミ!」
こちらの声に呼応するかのように斧を振りかぶったキグルミが兵士Aの肩の肉ごと削ぐように振るう。
「ひああああああっ!!」
血を流し蹲る兵士A、傷口を手で押さえてしまい、その刺激でさらに泣き喚く。ヒトデ亜種も斧の勢いのまま弾き飛ばされ地面に落ちるが、その状態でもなお兵士Aの肉片を食べているヒトデ亜種の宝玉をキグルミの斧が叩き割る。その奇妙な図体の割りに、細かい作業もキグルミは上手にこなす。大きな体から生み出される力もあり他の後続組と比べると戦力は抜きん出ていた。
兵士Aは、不甲斐無い。痛みに勝てる生物はそうそういないことは確かだろう。生きようと思い、身を庇い、逃げる。当然の行動ではある。ただ、真にその先を思えばそれは間違いだ。生き延びたいのであれば、苦痛を堪えても道を切り開くべきであるし死をも厭わぬならばそれもまた痛みなど乗り越えて然るべきものだ。どんな思想であれ、この状況でやるべきことは只一つ・・・戦うことだ。
地面に落ちて蠢くヒトデ亜種たちを手早く叩き潰していく、しかし何匹かは体を紡錘状に変化させ回転し、穴を掘って散り散りに逃げていった。思わず舌打ちをするが見送り、奮戦するキグルミの援護へと向かう。紡錘状に変化したヒトデ亜種は堅固でありキグルミの斧の方が刃こぼれを起こす有様。一部のヒトデ亜種がクリスタルの地層へと突入し掘削しつつ通路の上まで移動し再び襲い掛かろうとしていた。そこに割り込み盾で防ぎつつ、電流の魔法を浴びせることで迎撃を行う。
しばらく戦い続けようやくヒトデ亜種を倒すことが出来た、フィアのレーダーでも安全が確保されたため少し休憩を取ることにする。兵士Aの怪我は見た目こそ派手であり創傷面が極めて歪であるものの、即座に命に関わるような怪我ではないようだ。応急手当を受け、脂汗をかきながら座っている。
今回の事態も考えさせられることが多かった。よもやクリスタルの地層を動き回り生活しているモンスターが存在するとは思わなかった。『ナック』で遭遇したゴブリンに然り、モンスターは環境に対応する能力が高いのかもしれない。もしくは想像以上にこのセカイはクリスタルの大海に覆われてから時間が経っているのかもしれない、局地における進化が生じる程度には。
最初1匹の細長いミミズのようなモンスターが実は連結した個別のモンスターの群体であるということもまた驚きだった。ただ、推測であるがこの異様にも見える生態に関しては予想が出来た。劣化しているとはいえ、クリスタルは強固だ。短い距離なら兎に角、長距離を動くことを考えればこのヒトデ亜種がそれぞれ好き勝手に穴を掘るのはエネルギーの無駄だ。1匹が掘った穴を通っていけばそのロスは少ない。おそらく、先頭の個体が磨耗した場合その個体は最後尾に回り回復を待ちつつ、次に並んでいたヒトデ亜種が交替して続きから掘った穴を集団で通っていくのであろう。
さて、このヒトデ亜種が何を食べていたのか―――人気の無い綺麗な廃墟、骨まで美味しく頂いているのだろう。この付近の領域にはムラやマチも、かなり多そうだ。時間の楔から開放されたヒトビト、ただそれを為したのは救世主でも同属でも無く、只捕食の為にクリスタルを掘り進むおぞましい魔獣であったのならば、哀れだ。グッドモーニング、そしてバイバイとなったヒトビトや動物がどれほどいたのだろうか?・・・考えても仕方の無いことだ。
とりあえず、このヒトデ亜種をアーススター。群体時はドリルワームと呼ぶことにした。
「おじ様どうするのカナ?」
「一度退く」
「エ?おじ様ならこのまま進むと思ってたケド・・・」
それも、また考えた。しかし今は少し状況が悪い。足手まといの怪我人が生じているし、そして何よりこの場所と『ナック』、そして地上までを結ぶトンネルが開放されたままになっている。ヒトデ亜種がこの経路を通りいままで強固なクリスタルの層に阻まれ進出できなかった場所で大暴れされる可能性も有る。対策を行わなければならない。
後もう少しで到達する筈だった目的地に背を向け足早に掘ってきた道を戻る。もうこのような状況であれば通路内でも油断が出来ない。動きの鈍い兵士Aを担ぐと慎重に、そして足早に道を戻っていった。
余談だが、電流で焼けたアーススターの味はイカの様で案外美味であった。酒がよく合いそうだ。




