4章異聞の7 雷槍
「何で私まで・・・」
周囲に聞こえないように小声で愚痴るが、仕方が無い事は分かっている。巨人に話を持ちかけたのは自分であるし代理に案内させるには相手が格上過ぎる。幸い、武装は常に持ち歩いていることが功を奏したようでそれを見た巨人の機嫌は上々だった。
近頃巨人は案外に気分屋であることが分かってきた、いや正直というべきか。誰しも正直に振舞えば傲慢不遜にも見えてくるものだと思う。これで、巨人がただの一生徒であったのならば顰蹙を買い確実に孤立していたであろう事は間違いない―――力とは、正義なのだろう。
槍の具合を確かめるよう手で弄びつつ目的の島へと向かう。ピクニックへ行くような気軽さ、しかしその仕草は軽くとも目は鋭く常に周囲を睨んでいる。
今回は少人数での行動で、巨人と妖精様と私と、そして―――にやにやと大きな顔に気味の悪い笑みを浮かべる奇妙なドワーフ。
出発の際、何か袋から取り出そうとしていて見ていると、太陽の光を反射させキラリと光る大きな斧を片手ににんまりとした笑みを浮かべつつ体を震わせていた。これが、なんとも不気味であった・・・斧は薪割用だそうだ。
妖精様も上機嫌だった。巨人の槍と共に、妖精様にも小さな魔法の杖数点とそのホルスターが贈られた。無邪気な笑みを浮かべて喜びを表すように飛び回る妖精様は非常に愛らしく周囲を和ませたのだった。今回はそのテストも行うらしい、といってもすでにキャハハと笑いながら何も無い場所へ魔法を撃って遊んでいる。妖精様の額にある宝具、妖精様自身にも変化をもたらしオドを蓄えられる量が増えたと楽しげに話していた。ただ、遊びすぎたようで巨人に掴まれて奇妙な声をあげながら弄られていた。奇妙なドワーフはそれをどこか羨ましそうな顔でじっと見ていた。
目的の島付近に到着、監視を続けていたαチームの班に引き続き警戒を続けることと逃げ出したモンスターが来る可能性があるので注意するように言い、上陸。それなりのサイズの島で木々が茂っている。ここで迎え撃つのは不利なので足早に移動、島の中でも開けた場所に出た・・・すでにファングの群れには見つかっているようだ。半円状に囲まれている、と巨人が笑いながら呟き妖精様が肯定するかのように笑う。私にとっては笑い事ではないのだけれど。
ファングの先頭が飛び出してくる、堰を切ったかのように木陰から次々とファングが続く。総数10匹はいそうだ。槍を構えるが緊張で体が固くなる。その一方で奇妙なドワーフが目線で何かを巨人に訴えている。
「・・・いいだろう、やってみろ」
その言葉を皮切りに前へと斧を構えて飛び出す。そのスピードは思いの他速く、そして力強い。身長は巨人の方が頭一つ分くらい高いのだけれどもその、何と言うか体積、体重はこのドワーフの方が上だと思われる・・・仮にも女子に直接は言えない台詞だけれども。
奇妙なドワーフは着膨れかと思うくらいに丈夫そうな服を着込んでいる、これが『ナック』に伝わる戦場での正装らしい・・・確かにこれだけ着込めばファングに噛まれても大丈夫そうだ。見た目は兎も角、今後の防具の参考になりそうだった。
ドワーフは大上段に斧を構えるとそのまま体重を乗せて先頭のファングに斧を振り下ろそうとする、しかしタイミングが遅くファングと正面からぶつかってしまった。けれども吹き飛ばされたのはどちらかといえばファングの方であり踏みとどまったドワーフが横たわるファングの腹に思い切り斧を叩き付ける。吹き出る黒い血、さらに吹き飛ばされた仲間を見て困惑している二頭目のファングの首を叩き落さんと振りかぶられる斧、ファングも慌ててかわそうとしたためか少し浅くはなったけれどもそれでも三分の一程は刃が食い込み派手な血飛沫を上げる。体を黒く染めにんまりと笑うドワーフの姿は夢に出て来そうなほど恐ろしげだった。
「馬鹿が」
しかし巨人はそれを褒める事も無く恐れることも無くドワーフの頭を小突く。コニカルな動作で前へつんのめるドワーフ。
「返り血を浴びるな、目に入れば視界を失い手につけば得物を滑らせる。臭いも付く上に装備も汚れる」
かつて、私も教えてもらった言葉だ。言い終えるとシャベルを左手で構え次のファングへ向けて足を動かしながら流れるような動作で頭部を潰す。血が吹き出る時にはすでに別の場所へと動き終えている。その体には一滴の返り血も付いてはいなかった。
「キャハハハハ!」
妖精様がさらにまだ距離のあるファングの群れに向けて魔法を撃ち込んでいる。一度魔法を使ったらその魔法の宝玉は次に使えるまで多少時間がかかる、しかし妖精様は何本もの杖をとっかえひっかえ魔法を乱射していた。全てが当たるわけではないし致命傷にもなってはいないものの、それなりの怪我を負ったファング達は一目散に四散して逃げ出し藪の奥へと消える。ほっと体の力を抜いた、その時。逃げ出したはずのファングの悲鳴が聞こえ、肩がびくりと震える。
枝が折れる音、血の滴るファングの死体を咥えたまま現れたのは情報どおり巨大なサーベルウルフの姿。ただ、こうして対峙するとさらにその迫力を感じる。額に輝く宝玉の色は・・・緑!
「ちっ、魔法持ちか・・・下がってろ」
そう言うとシャベルを地面に刺し、左手に大盾を、右手に巨大な槍を構えて対峙する。サーベルウルフもファングの死体を投げ捨てると巨人へと向き合う。そして、前動作も無く衝撃弾を放つ。対する巨人は盾を構えて駆け出す。バスンッという大きな音が響き、巨人の左腕が震えるけれども足は止まらない。牽制するように大槍を振るうとサーベルウルフは思わず体を逸らせる、そこに更に踏み込み槍を突く。肩口に入った切っ先は、体の中心を穿つことなく皮と肉を抉りながらやや上方へと抜けた。
痛むであろう足を、それでも動かし距離をとり額の宝玉を巨人に向けようとするサーベルウルフ。巨人の槍は大きいが流石に届かない距離、しかし―――閃光!
思わず閉じてしまった目を開けると、そこには黒焦げになり体から煙を上げているサーベルウルフの死体が倒れていた。
「ワオ!魔法は上々ダネおじ様!」
「ああ・・・だが、少し、重心が手前すぎるか」
楽しげに笑う妖精様を頭の上に乗せつつ、思案顔の巨人は呟いた。
剣の街の異邦人クリア・・・チームムラマサはやっぱり雰囲気といいBGMといい難易度といい、素晴らしい。ただ、クリアまで時間がかかるけれども。