4-5 遺された願い
『かつてこの世界は争い無き楽園であった。我々は山に住み鉱石を採掘しそれを加工して売ることを生業としていた。平穏な日々、我々は幸福だった。』
『だが、ある時を境に楽園は崩壊した。魔獣の襲撃だ。客人がこの文字を読んでいる今もまだ魔獣はいるのだろうか、魔獣とは破壊と死を撒き散らす悪しき異形であった。』
『我々ドワーフは当初は幸運だったと言える。まずは平地に住むヒトビトが襲われ、次に森に住むヒトビトが襲われ、最後に山に魔獣はやってきた。だが、創造神様の仰せに従い食料と水を貯め入り口を固めた。山を削り住処とした我々にとってムラ自体が砦であり被害は極めて少なかったと言えた。』
『ムラやマチ、そして大親方を繋ぐ連絡員のみが危険な外へ出て情報を伝えた。しかし朗報は無く我々は先の見えない不安に日々心をすり減らすこととなった。農耕に適さぬ立地、鉄は畑を耕すための道具にはなろうとも畑に成る作物にはなれぬ。好転せぬ現状に減りゆく食料、我々は追い詰められつつあった。』
『唐突に、世界が揺れた。そう感じた瞬間にはすでに我々の意識は無かった。』
成る程、当初はドワーフの被害は多くなかったようだ。だがその山、そして洞窟という地形が今多くのドワーフの住処をゴーストタウンとしてしまっているのは皮肉なものだ。ゴースト、霊がいるのだとすれば壮絶な餓死を迎えた魂は何を思い彷徨うのか。
『次に意識を取り戻したとき、我々は輝く結晶の海に漂う泡となっていた。皆、混乱した。』
『空は無く夜もなく、ここが何処かも知る由は無かった。そしてそれは今この字を刻む瞬間であっても同じ、我々のムラは何処へ行ってしまったのだろうか。その疑問に答えられる者はいない、あるいは客人ならば知っているかもしれない。もしそうならば、教えてほしい。我々が何処へ来て、何を為せば良かったのかを―――』
そう、か。自分は今ここが地底へとつながる地中であることを知っている。だが目覚めてすぐ外を見たところでここが地中なのだと分かる筈も無い。何処へ行けばいいのか、目指す場所が無いというのは相当な恐怖であっただろう。
『水源も無く食料も減り行く日々、終末の日は徐々に近づいてきていた。我々はこの空間から逃げようと手を尽くしたが光の結晶は岩よりも固くムラ一番の益荒男の一撃ですら僅かに僅かに削れるのみだった。恐怖に駆られ正気を失った者も居た、自暴自棄になる者も居た、だがこの頃まだ我々は脱出への望みを捨てずに取り囲む壁に鶴嘴を叩き付けていた。そうでもしていなければ押し潰されそうだった、僅かな希望のみが心の支えだった。』
『だが、無常にも時は止まらず。少なくなりゆく糧を分け合いつつも成果は上がらず。それでもまだ挑み続けていた、だがそれは半ば意地であり狂気でもあった。我々は最早絶望していた。』
『ただ絶望のままに過ぎ行く日々、だがそこで一人の幼子が奇妙なものを見つけた。それは忌々しき結晶に包まれた花、だが雨も無いのにただ一輪その花は瑞々しかった。そのありふれた植物の花言葉は、希望。我々はこの奇妙な結晶の信じがたき性質を知ることが出来たのだ。』
『我々もまたこの結晶によって長き眠りについていたのだと知った。ならば、再び結晶の中で来るべき時を待つことができるのではないかと考え多くの者が希望を持った。だが、それは諾であり否でもあった。』
『哀れにも我々は余りにも非力すぎた。他の種族と比べ強き体を持つと自負していた我々だが思い上がりであった。澄み渡る結晶は極めて固く渾身の一振りであっても僅かに欠ける程度、皆を包み込むだけの結晶を得るにはもう時間が無かった。』
『我々は話し合った。得られた答えは絶望、そして希望だった。避けようの無い死が今我々を飲み込もうとしている、それは最早変わることの無い非情なる真実。それを知った時、我々は絶望に沈み咽び泣いた。だがその涙が今まで見得なかった闇の奥より希望を見出す。それは、子供達。』
『小さな子供であれば、それを覆う結晶も集めることが出来るかもしれない。勿論、我々は死ぬだろう。我等が子らも再び動き出した時に囚われてしまうのかも知れぬ。だが、どんなに厳しく痩せた土地であろうと見果てぬ未来へと希望の種を蒔けるのであれば―――』
『我々は走り出した。もはや泣く事は無いと誓い合った。幼子には昼夜を推して技術と知識を教えた、それこそは我々が培ってきた生きた証。食糧が無くとも死力を尽くして外へと出る。倒れるものが出た、初めての死者も出た、だが我々が止まることはなかった。誰しもがその残り僅かな命を燃やし尽くすが如く輝き、精力的に働いた。』
『そして―――我々は成し遂げた。成し遂げたのだ。・・・もはや息をしている者も僅か。我が親友も先程力尽き静かな眠りについた、私もそう経たぬうちに後を追うこととなるだろう。この文字を刻む事が最後の使命となるに違いない。』
『名も知り得ぬ客人よ、最後まで読んでくれたことに感謝する。最後に、真に勝手な願いであるが、我等が子がまだ無事であるのならどうか助けてもらえないだろうか。奥の部屋には我等が技術の粋を集めた品々がある、自由に使ってくれて構わない。願わくば、我等の希望の種が太陽の下に芽吹く日を切に願う・・・』
奥の部屋へと進む、そこにあったのはクリスタルにより保存されている金属製の雑貨や武器等が大量にあった。クリスタルの劣化により半分ほどの品は朽ち果てているが溶かし直せば何かに使えるだろう。残りの品も中々の数があるし品質も悪くなさそうだ。この部屋は鍛冶場であったようで作業台や炉の跡が見える。部屋の中央には朽ち果てた白骨死体があった。その傍らにはノミとハンマーらしきものが落ちている、先程の文を刻んだドワーフであったのだろうか。
しかしまあ、馬鹿で御目出度い奴らだ。名前も顔も知らない侵入者の善意などに期待し子供を託そうとするとは失笑ものだ。まだ使える道具をもらってさっさと退散するのが一番面倒が無い。助けたとしても幼い子供では何の役に立つというのか、いっそシャベルで棺ごと潰して一瞬で楽にしてやったほうが身の為かもしれない。そうすれば、このムラにいたドワーフ共も只の無駄死にだ。まあ、希望の幻影を追いかけて死ねた分まだ救いがあったのかもしれないが。
前の部屋に戻る。クリスタルに覆われた棺の前でシャベルを大上段に構え、振り下ろした。
さて、彼らの思惑はともかく一つだけ成功していたことがある。それはこの自分の興味を惹いた事だ。中々に面白いものを見せてもらったし後のことはどうせクイーンのところに丸投げすればいい。運がいい、今の気分は上々なのだ。
棺の脇に振り下ろされたシャベルを車に構えると、その蓋ごとクリスタルを薙ぎ払った。