~晴れ、時々‥私?~
「きゃ~、待って待って待って~!」
と言って待ってくれるわけじゃないけれど、それでも私はせっかちな電車さんに止まってくれるよう願った。
ところが、定時運行が大好きな薄情者は、あと少しと言うところで私を置いて行ってしまう。
もうっ!きっとあなたのハートは鉄で出来てるのね、だからそんな血も涙もないことができるんだわ。
「こら~、薄情者~!」
少し遅れてやってきた絵理沙ちゃんは、あろうことか、電車ではなく私に文句を言う。
「ちょっと、絵理ちゃん、何で私が薄情者なのよ」
「まさか置いてかれるとは思わなかったからよ、ひどいじゃない」
「ふふ~ん、時は人を待たず、って言葉知ってる?」
「あのね、待ってほしかったのは、時じゃなくてあんたよ、七海」
はぁはぁ息をつきながら、絵理沙ちゃんはぷんぷん怒って見せる。まったく、怒りっぽいんだから。あんまり眉間にしわ立ててると小じわになっちゃうよ。
「あ~、でも行っちゃったね、電車」
「ええ、誰かさんがぬいぐるみなんかに夢中なおかげでね」
「ひっど~い、ウサちゃんは悪くないよ~」
大事に持ったウサちゃんに同意を求めるけど、無口なぬいぐるみは何も答えてくれないの。あ~あ、この子がお話できたら、きっと助けてくれるのに。
進級祝いと称して、久しぶりに皆で町に遊びに出たのがお昼過ぎだったかな。カラオケで盛り上がって、お開きになった頃には、辺りはもう真っ暗。せーちゃんと薫ちゃんとはカラオケ屋でお別れして、絵理沙ちゃんと私は電車に乗るため駅へ。この時はまだ時間に余裕があったのね。
ところが駅前のゲームセンターで、UFOキャッチャーに閉じ込められた可愛そうなウサちゃんを発見したのが、電車の出る二十分前。必死の救出作戦が功を奏して、ウサちゃんは無事救われたけど、時間ぎりぎりになっちゃって絵理沙ちゃんは大激怒、私のお財布は大打撃、そして電車はさようなら。
あらいけない、絵理沙ちゃんが怖い顔でこっちを睨んでる。うぅ‥、これはご機嫌を取っておかないと、後が怖そう。
「え~と、絵理ちゃん、喉乾いたけどジュース飲まない、おごるわよ?」
「‥不思議だわ、ジョージアのエメラルドマウンテンを飲めば、少しだけ気分が良くなりそう」
「了解、直ちに買って参ります!」
「いい、ブレンドの微糖で、暖かいやつだからね」
やけに細かい注文をつけるけど、結局百三十円で買収されちゃうのね。でも、絵理沙ちゃんの希望を叶えるには、改札前の自販機まで戻らないと。あらら、せっかくここまで走ってきたのに、また階段を下りないと駄目じゃない。絵理沙ちゃんってば意地悪‥
その時私は何飲もうかな~、って考えながら階段を降り出したんだけど、それが運命の一歩になるなんて、この時は知りようもなかったわ。
問題の六段目を踏み出した時、突然手に持ってたウサちゃんが、するりと階段に身を投げたの。あっ、と思って手を伸ばしたら、急にぐらりと世界が傾き、地面が一気に迫ってくる。
まるで時間が止まったような一瞬、石の階段と下にいた人の驚く顔がスローモーションで流れ、頭の中に色んなイメージがよぎったわ。
落ちる、大怪我‥‥死‥
悲鳴を上げる暇もなく、本能的に身をすくめ、怖さのあまり目をぎゅっとつぶってしまう。
ードサッ
ぶつかった衝撃は思ったより柔らかく、予期した痛みはやってこない。何が起きたかわからないまま、恐る恐る目を開けたら、白いシャツのようなものが目に入る。
「びっくりしたぁ~、大丈夫?」
ちょうど頭の上から声がするので顔を上げると、心臓が飛び出すんじゃないかと思うほど驚いたわ。
だってすぐ近くに、そう、ほんと目と鼻の先と言っていいくらいのところに、男の子の顔があったんだもん。
幾分青ざめてるけど、驚きを満面に綺麗な瞳がじっと私を見てる。
ドキドキドキドキドキドキ‥
「‥あれっ、春木さん!?」
‥えっ!?
急に自分の名前を呼ばれてびっくり。あなたは誰?
その時、ようやく私は自分の状況に気が付いたの。あわや階段から足を踏み外して、ゴロゴロドスンとなるはずだった私の身体は、今男の子の腕の中でしっかり抱き止められていた。
きゃ~、ちょっと、何これ~!
か~っと顔が熱くなるのを覚え、すっごい恥ずかしさが込み上げてくる。
どうやら彼の方も察してくれたらしく、慌てて、でもまた足を踏み外さないよう階段に立たせてくれる。
一段上に立った私と彼は、同じ目線で見つめ合う。こんなに近くから男の子の目をじっと見るなんて初めて。優しげな瞳に私はどう映っているの?
その時、ホームを流れる発車案内なんて私の耳には届かなかったけど、彼はびっくりしたようだった。
名前も知らない私を知ってる誰かさんは、階段に転がったウサちゃんを拾い、手渡してくれる。
「あ‥、気をつけたほうがいいよ、ここ危ないから‥」
「あ、あの‥」
お礼を言わなきゃと思ったけれど、頭の中はすっかりパニック。言葉が出てこない。耳の後ろまで顔が熱いし、ドキドキする心音がやけにはっきり聞こえる。
「俺電車だから行くね、じゃ‥」
結局何も言えないままに、命の恩人は階段を駆け上がって行く。そんな彼と入れ違いに絵理沙ちゃんが現れると、びっくりしたように駆けよってくる。
「ちょっと、どうしたのよ、顔真っ赤だよ!」
「‥あれ、絵理ちゃん?」
絵理沙ちゃんは何か心当たりがあるように階段の上を睨みつける。
「今の神山でしょ、何かあったの?」
「えっ、知ってるの?」
「知ってるも何も、隣のクラスじゃない。ちょっと、本当にどうしたのよ?」
‥嘘、ほんとに!?
「‥ねぇ、どうしよう、絵理ちゃん」
まだ心臓がドキドキしてるのは、階段から落ちそうになったからじゃないよね。
「私、恋しちゃったかも‥」
「はぁっ!?」
運命の神様は意地悪だわ。ほんのちょっとの友達と離れた間に、こんな簡単に恋に落としてくれるんだから。




