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(一)

 今日のような場合を除けば、放課後の2年B組は、稜明学園中で一番静かな、誰も居ない教室のはずだった。

「……いわば、政権転覆準備会ってとこか」

「訳して『影の内閣』……。聞こえはいいがな……」

 友田ともだの呟きに、枯れ気味な松茂まつしげの声が続いた。

 二人を横目に、パイプ椅子を少し引き東海とうかいは足を組んだ。

 彼等5人以外に人気のない教室で、その音はひどく大きく響いた。東海は、二人の意見に客観性を加えた。

「僕の記憶に違いがなければ、端を発したのはイギリス政界のはずだ。日本では、93年に当時第一野党だった日本社会党が打ち出した政権奪回構想の名前だが、ほとんど機能せずに終わっている。

 この国じゃ、不発に終わる構想の代名詞みたいなものだ。

 印象は最悪だね」

「アイディアは、悪くないだろう?」

 同意を求め、浜実はまみは残り4人を見回した。5人目の男子生徒が、暮れてゆく夕日を眺めながらこくりとうなずいた。

 格段に大柄な松茂を除けば、この和沢かずさわが4人のうちでは体が一番大きく太めだった。彼の場合、動作が緩慢な草食動物に似た、親しみやすい存在感がある。

「弟想いの彼らしいよ。だが、僕らは人情で学園生活をやっているわけじゃない」

 和沢は細い目をニッと笑わせ、続けた。

「ま、どうせ動くなら、派手にやりたいよな」

 広い肩をゆすって、松茂は軽く頭を傾けた。

「……5人揃って同じことを考えてるわりには、素直にYESと言えないのは不思議な話しだな」

「それが俺たちのいい所だろ? 指向性ゼロ」

 あくまでも調子よく、浜実は茶化した。それに乗るのは、同じく口達者な友田だ。

「俺たち、だけじゃないぜ。

 2年B組、潜在的問題児集団のよさってとこさ」

 自らをそう評するあたりで、問題意識の欠如が歴然としてしまう。全員承知の上で、その点は黙認された。

「僕らが一点に集中して走り出したら、何が起こるか僕ら自身も予測できない」

 戦術家を気取って、東海は言い切った。

「おい東海。一応、保留って、あの人に伝えておけよ」

「どうして僕が連絡係なのさ?」

「一番適任だからさ。おまえが一番成績優秀なんだぜ」

 東海はもう一度浜実に言い返した。

「一番弁が立つのは、友田の方だ」

「一言断りに行くのに、弁が立つも優秀もないだろう?」

 友田が口をとがらせる。

「だったらお前、浜実が行けよ?」

 物柔らかく、彼等を和沢が遮った。

「まてよ。俺たちはチームを組んでるわけじゃないんだ。

 それぞれ自分で返事をすればいいんじゃないか?」

「それもそうだな。んじゃ、これでお開きね」

 スレンダーな体でリズムを取りながら、鼻歌まじりで浜実は教室を出て行った。ストレートの肩までの長髪を、ぴっちり一纏めにしたヘアスタイル。学校帰りは、クラブやライブ・ハウスに入り浸るのが常だった。

「俺も帰るよ。じゃあな」

 後に続いて、和沢も一人、帰っていった。

 残った三人の間に、ぽっかりとした沈黙が流れた。

 友田は呆れ気味に、後ろ頭を掻いた。

「……結局、おれたちってまとまりつかないんだよな」

「核が無いんだ。仕方がない」

 諦めきった松茂に、東海は聞き返した。

「和沢の奴、メンバー外されて、スネてるんじゃないの?」

「それはない。あいつは、見た目通りに人のいい男だ」

「何? バンド?」

 友田は目を光らせた。面白そうな情報には、目と耳が離せない性分だった。

「学園祭の出し物だよ。2Bでライブ・コンテストを主催する計画があるんだ。当日まで一ヶ月を切ったから、そろそろ募集の張り紙を出さなきゃならない。友田にも、手を貸してもらうことになるぜ」

 一番のチビだが、東海は半ば仕切っている。

「友田の顔の広さを、三橋は頼みにしてたぜ」

「三橋がプランナーか? それでバンドってことは……。

 あいつ、またやるの?」

「知ってるらしいな、こいつも」

 中学生に間違えられるほど華奢な東海と、正反対に頑健な体躯の松茂が目を合わせた。

「知ってるもなにも。俺も見たぜ、あいつのライブ。

 めちゃくちゃ腕のいいギタリストと、やたら素直なヴォーカルのあいつ。完璧なコンビネーションでさ、ノッたぜ」

 友田は、にまーっと笑った。

「へえ……、また聞けるのか……」

 中学時代の三橋は、同級生たちと組んだロック・バンドの一員だった。動機は積極的なものではなくて、リーダーであったギタリストの親友沢村に引き込まれた形だった。

 ヴォーカルに収まった経緯は、どの楽器も扱えない為、というのが本当のところだ。

 それでも、本気でのめりこんでゆく三橋の感情と比例して、彼等の人気は高まった。駅を挟んで、稜学とは正対称に位置する学区では、知らない学生はほとんどいなかった。

 彼等が伝説的な畏敬をもって囁かれるようになった理由は、沢村と三橋の決裂による早すぎる解散にある。

「また、伝説をつくるんだってさ。あいつ、言うことがデカイよな」

 東海は、ニヤニヤしながら言った。

「不可能じゃない。サポート・メンバーも完璧だ」

 押し付けがましく言うのは松茂だ。

「OK。気合入れて、バック・アップしてやるよ」

 友田も微笑んでいた。彼の情報網には、残り4人の中学時代の賑やかな経歴も網羅されている。彼等は、音楽的な才能においても、認知度は高かった。

 見込みがあるから、友田も手を組む気になれる。

 2年B組指向性ゼロの問題児集団は、お祭り騒ぎが大好きな性格だけは、見事に一致していた。



 早朝。……という時間でもない。

 騎道若伴は遅刻気味だった。

 昨夜の深酒と悪夢で、らしくなく寝過ごしていた。

 飛び起きて、激しい二日酔いの頭痛に悩まされながら駆け出したのは、稜明学園の方角ではなかった。

 時差出勤者たちが行き過ぎる住宅街。その路上に、騎道は鞄を抱え、転がるように飛鷹家から飛び出してきた。

「折角だ。あの夜のことを、きっちり説明してもらうぞ!」

 追いかけてきた飛鷹修造は、まさに鬼。烈火のごとく息巻く修造の前では、騎道は飛んで火に入った夏の虫だ。

「いえ、その話しは別の機会に……!

 それより、彩子さんはどこに……!?」

「とっくに登校している! こんな時間に、当然だろう!?」

「! 一人で、ですか!?」

 騎道の尋ね返す勢いに押された。それにどんな意味があるのか考えながら、修造はまじまじと見た。

「……いや、迎えが。近くを通りかかったからと、学園長代行という男が拾っていったが」

「! 代行が……?」

 騎道は素早く一礼した。

「先を急ぎますので、これで。失礼します」

「おい、まてっ!」

 気持ちは半ば走り出しながら、騎道は振り返った。

「彩子さんは守ります。何が起きても」

 顎を引いて言い切る騎道に、修造は息を飲んだ。

「……青白い若造のくせに。大きな口を叩いたな……」

 吐き出した頃には、騎道の姿はもう遠ざかっていた。

 あの夜。彩子がこの自宅前に倒れていた夜に、何がおきたのか聞きただすつもりだった。確証はなかったが、あの場での騎道の関与を直感した。呼んでも姿を現そうとはしなかった態度には、卑怯を感じた。

 だが、今朝は答えを出していった。

 夜勤明けの目には眩しい、真っ直ぐに見返す瞳で。



「おいでだ。プリンス・オブ・ナイトが」

「……余裕だな。予鈴5分前だぞ」

「だが、珍しく焦ってる」

 友田は体を起こして、正門を全速力で抜けてくる騎道を待った。連れの松茂は友田に気を使っているわけでもないが、生徒玄関の壁にもたれ体を低く保っている。

 大抵の男なら、松茂と並びたくはないだろう。逆三角形の発達した背筋といい、学園一、二を争う上背といい。見事すぎて、紺とグレイの上下がやや不釣合いだった。

 すでにボクシング部部長であり、他に水泳、バスケットの掛け持ち入部をこなす男だ。来年度の運動部部長連中をまとめる運動部主幹に、最も近いと黙されてもいた。

 松茂の側では極細身に見える友田も、肩書きと実力では引けは取らない。対照的に、文化部を守備範囲として、部員減による活動難におちいった二、三の部を立て直すという、どちらかといえば経営と人事操作のうまい奴。

 口達者なだけと陰口を叩く者も居るが、こちらも来年の生徒会執行部における会計主査の地位が見込まれていた。

 この華々しい二人は、揃って騎道とクラスは同じ。

 個性的な2年B組の生徒たちの中では、『それほど』でもない部類に二人は入るのだから、残りは押して知るべし。

 教師陣にとっての救いは、かれらがバラバラに能力を発揮してくれているということだけで、そのまとまりの悪さも一面、担任泣かせではあった。

「何があったかは知らんが、渡しておくぜ」

 手招いて呼び寄せ、友田は騎道に音楽プレーヤーを差し出した。

「何ですか? これ」

「学園祭でやる曲が4曲入ってる。

 三橋から聞いてるだろ? バンドの話し」

 ああ、それならと、騎道はうなずいた。

「意外だろうが、俺もメンバーに入ってる。ベースだ」

 掠れぎみの声音で、松茂が断った。

「入院騒ぎで一番お前が遅れてるの。これ貸してやっから、ちゃんと覚えろよ」

 俺はゼネラル・マネージャー。と、友田は付け加えた。

「ごめん。いろいろと……。早めに覚えるよ」

 ごくごく素直に、プレーヤーを学生鞄にしまう騎道を、怪訝な顔で二人は見守った。

「ドラムは東海で、シンセは浜実だ。ヤンキーの浜実には似合いのポジションだし、東海はチビだが、リズムワークのセンスの良さは人一倍なんだ。プレイは安心できるぜ。

 お前は三橋とツイン・ギターだ。もう時間もないんだから、いまさら一人抜けられるのは認めらんないぜ」

「あ……。うん、勿論。ほんとにごめん」

 もう一度、顔を見合わせて、二人は生徒玄関へ親指を立てた。

「早く行けば?」

 短く礼を言って、騎道は生徒玄関に駆け込んでいった。

「あいつ、心当たりが無いみたいだな……」

「学園長代行の独断だったら、人権蹂躙ものだな」

 珍しく真剣な怒りを、友田は頬に滲ませた。

「あいついなくなるのは、つまらんな」

「……そういう問題じゃないでしょ?」

 そりゃまぁ。騎道は柔剛の様々な話題を提供してくれるし、マルチなスポーツセンスはあるしで退屈はしない男だ。

「担げるのは三橋か騎道。……と思っていた」

 思い当たって、友田は松茂の表情の読みにくい顔を見た。

「例の話のこと? 断ったくせに?」

「あくまでも保留だ。そっちだって同じだろう?」

「まあね……。奴らなら、藤井家と唯一張り合えるからな」

 でも。と、友田は付け加えた。

「三橋は、来年、ここにはいないつもりらしい」

 意外な話しに、松茂は息を飲んだ。

「……さすがに情報が早いな」

「あいつのコーチ、エールダインという男がかなり見込んでいて、早いところ海外に名前を売り出したがってる。

 三橋はどちらかといえば、強い相手にぶつかって、さらに潜在能力を伸ばすプレイヤーだろ。日本のレベルでいつまでも燻ってるのは惜しいよ。

 海外へ出ることは一番いいと思うぜ」

 いずれ、ヘッドハンティングで一財産を作るだろう友田が言うのだから、確かな読みといえる。

「……あいつの勝負事に関する気の強さは、誰にも勝てないからな」

 敵が大きければ大きいほど、三橋は闘志を燃やす。それも、露骨にではなく、ひょうひょうと人を食ったような態度で相手を戸惑わせながら。

 その結果、ウィナーの地位を手にしてきた。


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