10-12 攪拌
また別の俺の声が聞えた。
”よそ者がこの地を荒らすのは許せん。”
この声も檜の木には聞こえているようだ。
---ドウスル?力ヲ貸スカ---
木の怒りが俺の中で目覚めた声とともに増幅され、それが俺の嫌な思いとくっついて混ざっていく。声の答えを返す前に無意識のうちにそれを闇に変えていく。
なんでこの木が怒っているのか…狼のせいか…こいつが大人しくなれば…
「なぁ、そろそろ放してくれてもいいやんか?なぁ…」
狼が俺にそう言った…ような気がした。それは樹木につながった尻尾から流れてくる音…。まるで樹木と一体になったような変な感覚…でも俺はつながっているだけで動かせない。間に樹木の意識があるから…
俺につながった檜の木が怒っている。離す気は…狼を逃がすわけがなかった。こいつは森を荒らした…俺を散々馬鹿にした…ような気がする。
何か罰を与えたい…その気持ちに便乗したのか俺の黒い力が勝手に湧き出てくる。
”なぁ…、力が欲しいのか?”
”お主のこの力、ワシに貸してくれぬか。ようやく動くようになったのじゃ。あの者を大人しく…させてみたいのじゃが?”
”俺の今の力を吸いこんだらどうなるかわかってるのか?”
”ああ、わかっておる。お主の闇の力はもうワシの中に入ってきておる。ワシはもうこの力には逆らえん…”
”そうか…それデハ…”
それがどんどん吸いこまれると樹木に変化が起こった。
幹が少しづつ太く太くなっていく。その上の枝がどんどん横に、下に広がって檜とは思えない所に枝が生える。
バキバキと音を立てて樹木は変化していつの間にか俺は広がった枝の中に囲われて上へ持ち上げられる。
”旨い、お主のこの力、ワシに生気を与えてくれおる。”
尻尾から樹木の高揚感が伝わってくる。それに俺の中で湧いてくる闇と混ぜて送り返してやると面白いように幹に凹凸ができ、だんだんと檜ではない何か違うものに変わっていく。
枝と葉がめいいっぱい広がると、樹木がうっすらと蒼く光って俺と狼を包んでいく。
”狼よ、お主はこの地を荒らした。ここに住む者に危害を加えた。”
「なんや!木が…木が喋っとる!どう言うこっちゃ!」
樹木の声を聞いた狼男が尻尾をぴんと立たせて驚いている。どうも思ってることがそのまま出る素直な奴らしい。見た目で委縮するとはなんとつまらん…
”ワシがこの犬の主の力をもらってお主に意思を伝えておる”
「やっぱり…こいつ、こんな力もっとんたんか。」
”そうじゃ、この力…犬の主の力は新たに力を継ぐ者が現れるまではこの森に必要なものなのじゃ。だがお主は…一つ間違えば大事になったかもしれぬ…”
「そんなオーバーな!俺はここでこいつと遊びたかっただけやし…」
”お主にはその気はないかもしれん…しかし、この土地はお主のような力を野ざらしにするといろいろまずい場所なのじゃ。”
「俺はその犬の力を知りたかっただけや。だいたい今の俺にここをおかしくするほどの力はまだ狼になりたての俺には使えへん!」
”何!知っておったのか。それではますます許すことは出来ぬ!”
樹木はまだ大きくなりながら、狼男への締め付けを強くする。狼も我慢できなくなったのか痛さが表情に出てきた。
「わ、わかった…わかったよ、悪かった。ここから居なくなるし…放してや!頼むし…」
”そうはいかん。お主はもう逃げられん。ここで暴れた罰じゃ!”
樹木は、さらに木の根を動かして狼男の両腕と尻尾を縛って動きを封じた。それから逃げようと歯を食いしばりながら力をいれるがびくともしない。狼男は完全に拘束されてしまった。




