10-7 ふんわり
眼に光が広がった時は一瞬何が何だかわからなかったけど、しばらくして視界が少しづつ戻ってくると俺の周りの感触がさっきとなんだか違う?
確かガチガチに動けないように両手でホールドされてたはずなのに、前脚付近で固定されてるけど、ある程度身体が自由に動かせる…
でも、俺の背中を優しく撫でてきて俺を気持ち良くさせてくれる…
俺、今抱かれてるのシロップだよな?
なんでさっきまで手の使い方がわからない奴が急にそんなことができるんだ?
「やっぱり、ブラウン、ちっちゃくて、かわいい。」
悪かったな!ちっちゃくて…なんて思っていたら段々と視界が戻っていく。
いつの間にか俺は、顔がシロップの目とあう高さに持ち上げられて、まだ少しぎこちない笑顔で見られていた。
「ねえ?私も、かわいい?」
なんだ?その、{も}って奴は。俺は可愛くなんかないって…
でも、なんだかシロップの目を見てると、薄く青味のかかったきれいな瞳がなんだか奥底の何かを振るわせていくような気がしてきた。
かわいい…なんて今までこれっぽっちも思わなかった。
いままで、ただの大地の友達の飼い犬で…ちょっとどんくさくて、俺に対して好意は持ってたんだろうけど、俺は犬的に言ったら娘とか孫とかそんな感じで見てたんだろうと思うんだけど…
目の前の獣人はおんなじ中身のはずなのに…かわいく見えてくるような気がして…
「ねぇ、どうなの?可愛いの、駄目なの?」
『ダメじゃないです!』
思わず出てしまった言葉で、俺のシロップに対しての見方が変わった。
シロップの目を見ても何にも思わなかったハズなのに、急にまともに見られなくなって、目をそらしてしまった。
鼓動が速くなって、少しづつ耳が熱くなって…体全体が火照ってきたら、いままで鈍かった鼻が急に効くようになってすごいシロップの匂いと少し遠くにいるはずの狼男の洗剤の匂い…がぶわっと入ってきて…
いい匂いが俺の意識とは別に尻尾が勝手にゆらゆらと振れだして…
「耳赤いよ、照れてるの?そんなとこも、かわいい。」
また抵抗する間もなく抱きしめられた。
シロップの柔らかい被毛からのシロップの匂いに俺と違うメーカーのシャンプーのいい匂いがさらに鼻の中に広がって、居心地のいいにおいになっていく。
まるでふわふわと浮いているような…感覚がまるで溶けていくような…。
何か俺の被毛の外にシロップから流れてくるものがあって…それが俺の鼻と耳を敏感にさせていくような…
敏感になった鼻が拾った匂いで頭がぼんやりしてきた。
居心地がよくて…気持ち良くて…大地といる時みたいに…嬉しいような…でもなんか違う…ドキドキする…
嘘だ…今頃…好きになっちゃった…とか…
横で狼男が笑ってるっぽい音や、遠くの方で足音が聞えたり…雑音も聞こえるけど…ずっと抱かれてたいな…
なんでこうなったなんてどうでもいいや…
…あぶない…
?
なんだろう、なんか聞こえる?
---ねえ、かなちゃん!危ないって!---
大地!?
その小さな声で、ふんわりした気分は残しながら思考が戻ってきた。
なんでこんな暗い時間に大地の声が聞こえるんだ?
---やっぱり心配なの。こんな暗い中怪我でもしたら大変でしょ。---
---いくらライト持ってるからって、かなちゃんも危ないのは一緒でしょ?---
どうもシロップのふわふわな感触の先から大地とかなちゃんの声が聞えてきた。
確か山を降りていったはずじゃなかったのか?なんで?
結構はっきり聞こえてんのはこの渦のせいか?距離感がつかめないけどたぶん山の中のどこかなんだろう…ってこの声シロップにも聞えてるんじゃないか?
でもまだ俺を楽しそうに抱いてる…ってことは聞こえてないのか?
『おい!シロップ。かなちゃんの声聞こえないか?』
「ん?かなちゃん?どこに?」
どこにって…ってそういえば俺も聞こえなくなった、と思ったら風向きが変わって逆側にあった少し遠くのカエルの鳴き声がうっすらと聞えてくる。
ということは逆方向にいるのか?
『あっち、あっちの方に声が…匂いがしないか?』
「匂いは…逆風、わかんないけど…耳、澄ませば、声、聞こえる?かなちゃん?みたい、声…?足音?」
『聞こえるのか、お前が夜中になっても帰ってこないから探しに来たんだぞ、きっと。』
「うそ、やだ、かなちゃん、ごめん。」
それに気づいておろおろする姿が可愛く見える…
駄目だ、俺ヤバいよ…




