08-3 心配ごと
次の日、森に行ってみればやまぶきが俺を待っていた。
『徹くんのお父さんの事で相談があるんデスガ。』
さっそくその話か?俺もよく分かってないんだけど。
たぶんギンのことだろうと思っていたら…
『理由は分かっていると思いマスガ、もうすぐギンを貸してほしいと人間が相談に来るハズデス。』
『理由って俺、イマイチ良くわかってないんだけど。たまたま会ったクロがなんかそんな話してたけど…俺はギンが良いと言えば断らないって思ってるんだけど。』
「あれ?いつからそんなにトーンが下がったのデスカ?」
やまぶきは俺の意外な言葉にあれ?といった表情をしながらちょっと考えて、
「ボクは…ブラウンさんなら断固断ると思っていたんデスガ…ちょっと意外デスネ。」
『いや…ギンが嫌がったら話は別だけど。それより急になんだよ、そんな話しだしたりなんかして。というかなんか知ってるなら話してくれないか?クロの話じゃよくわからん。』
徹の親父さんがギンを貸してほしい理由は、獣人のクロ達のところへ行くためらしい。
今まで特に深く考えてなかったけれど向こうへは基本的に人や獣人の姿で移動することが出来ないらしい。
それも、移動で出来る能力を持つ鈴を身に着けないと行けないようで、こっちに来た時の獣人のクロのように相性の良い体を見つけて憑依するか、こっちから憑依できる肉体を持っていくことで行動できるようになるらしい。
で、もともと流れ狼は向こうの生物で、今のところ確認されている中で生の肉体で行き来できる数少ない生物らしい。
それに伴って、移動する際個体差もあるけど鈴をつけなくても向こうに憑依先があれば1~3人程度連れていけて、肉体が見つからなくても一緒に行って憑依先として指定できる能力を持っているらしい。
過去に実績があるらしく、それに連れられて獣人が2人ほどやってきたんだそうだ。
その能力を使ってクロ達の世界へ調査へ行く計画がせんせいの時からあったみたいだけど、流れ狼は向こうでも滅多に人前に出てこないので、行くチャンスがなかったらしい。
たまたまこっちにいた流れ狼だとわかってその計画が実行されようとしている。
『で、やまぶきが今回の説得係なのか?』
「いえ、違いマス。それよりブラウンさん。ここにもう一人、流れ狼がいるノヲご存じデスカ?」
『狼のことか?』
「ヤハリご存じでシタカ。昨日から様子が少し変わったのでもしかしてと思いマシ多がやっぱり…」
『なんだよ、俺がなんかしたってのか?それに何で狼なんだよ。関係ないじゃないか。』
「ブラウンさん。アナタもうすうす気づいているのデハないデスカ?」
『何を…だよ?』
「この森の犬達をある程度自在に操れるということをデス。」
た、確かに…思い当たる節はあるけど…俺、狼に何かしたっけ?
「昨日、事情の全く知らない狼が急に向こうの世界へ行きたいと言ってきたノデス。どうしてそれをと聞いてミレバ、昨日ブラウンさんと会ったときに何か声が聞こえて、変な力がながれてきたそうデス。その力にそれに従うように、流れ狼として覚醒するように命令されたラシクて、ボクの前にやってきたときにはすでに立派な流れ狼の姿で、直々に行かせてほしいと頼まれていまいマシテ…。」
あ…もしかして俺が狼に力を吸われた感触があったときか…
別に、俺は…意識してそんなことしたわけじゃないし、まさか狼にそんな影響を与えていたなんて知りもしなかったのに…
『俺は…そんなこと思ってもみなかったし、昨日の件も何か俺に呼ばれたからって勝手に俺の前に来ただけだし…』
「アナタが無意識でも心の中にそう言う思考と能力が有るノハ確かデス。ボクもブラウンさんに犬に変えていただきマシタし、人間の子も犬獣人に仕立て上げマシタ。些細な件も色々あります。みんなブラウンさんの命令ひとつで変わりマシタ。そして…ボクは、アナタがやろうとしていることが…そのことを踏まえてなんとなくわかったような気がします。そのために狼を仕立てようと思いマス。」
なんだ?俺が何か企んでいるとでも言うのか?
そう思っていたらやまぶきが意外な言葉を俺にかけてきた。
「表のブラウンさんがどうしてもするのであればその思考は中止シマス。ただ…お世話になっているせんせい直々に頼まれたので、簡単に断れないと思ってイマス。闇のアナタが目覚めたならせんせいには悪いですがそっちを優先サセマスが。」
『闇って…どっちにしても狼を連れていくのか?』
「狼はまだ若いデスシ、人にもそれなりに慣れイマス。流れ狼にも目覚めたみたいですしいろいろ経験を積ませた方がいいと思いマスが。」
『その…闇モードってのやめろよ。普通に考えようぜ。』
「わかりマシタ…では、ボクにあとは任せてもらいますね。」
普通モードに切り替わったやまぶきがちゃんと考えているならいいけど…
やまぶきが獣人モードへと変化して、流れ狼になった狼を呼んできた。
やまぶきの全長の2/3ぐらいの大きさの狼が俺の前でちょこんと伏せるように座っている。
で、でかい…
ただでさえ俺より一回りは大きかったのにさらに倍になった感じか。
ハスキーの時より色が白くて被毛も長くなって…口元に小さな牙みたいなのがあるし…
なんか捕まったら食われそうな気がして正直怖いんだけど…なんて思っていたら俺の頭に前足をチョンと乗っけると、背中に向けて優しく撫でてくる…つもりなんだろうけど正直重くて痛い。
これで爪立ててたりしたら大怪我してるかも。
”馬鹿!でかい手で撫でるな!”
”ごめん、やめる…”
狼は俺の言葉にびっくりしてさっと前足を上げ、少し後ろに下がった。
正直、このままじゃれてきたら殺されるような気がしてつい怒ってしまったけど、中身は狼なんだよな…
それでも懲りずに尻尾を振って舌を出しながら嬉しそうにしている。
”ほら、ボク、流れ狼、なれた、褒めて、褒めて”
この間と同じ…何でいちいち褒めなきゃいけないのかよくわからんけど、頭をなでてほしいのか伏せの状態からさらに顎を地面につけてめいいっぱい低く落してきたので仕方なく頭をなでてやる。
なんだか猫のように気持ち良さそうに喉を鳴らしているんだが…
「せんせいと話をしてきマシタ。これからしばらくは主浩さんノ所…遥サンの家と言った方がわかりやすいデスネ、そこで慣れてモラッテから向こうの世界に行くそうです。」
ということは…明日からしばらく遥達に引き連れられて公園についてくるのか?
親父が居なくなる原因になる狼と一緒に暮らすことになる徹達はどう思うんだろう?
その辺りの複雑な事情は俺ではどうしようもないけど今になってちょっと不安になってきた。フォローできるのか、俺?
結局この間同様に気のすむまで流れ狼の姿で俺にじゃれて来るから大変だった…
疲れ果てて帰った翌日、大地との昼の散歩で行った公園には…遥に連れられた元の姿になった狼がつけ慣れていないハーネスを気にしながら駆けまわってる姿があった。
その横ではいつもはいない徹の親父さんが奏太と一緒に狼を追いかけていた。
そんなこんなで2ヶ月間、狼は木之本家の一員として過ごしていった。
具体的にいつ行くかは聞いてないけれど、狼の様子と話からするとそろそろらしい。
やまぶきから聞いた話によると狼の体をベースに主浩かづひろさんの意識を憑依させて狼獣人になって向こうへ行くらしい。
どういう仕組みになってるのかわからないけど、憑依するには狼が相手の意識を拾って一定時間同調させなければ出来ないという。
時間は個人差があって、…うーん、なんかどっかの説明書みたい
で、流れ狼には相手の魂を引っ張る能力があるらしく、同調が成功すると狼の肉体に主浩さんの魂を引っ張り込んで融合させることができるらしい。
でもこの場合主浩さんの肉体が余るんだがどうなるんだろう?
そんなことはだれもわからないので置いといて…意識を同調させて魂を引っ張るためには狼と仲良くすること…もとい信頼し合うことらしいんだけど、狼は単純で食べ物であっという間に主浩さんを信頼?してしまった。
それって信頼と違うような気がするけど、主浩さんとの関係は良好で、まるで長年飼われている犬のようによく命令を聞いて確実に行動する。
狼も主浩さんとの意識の同調もだいぶ長いこと出来るようになってきたと言っていたのでそろそろなんだろう。
それに伴って徹の機嫌も悪くなっていく…
しかし何で遥と奏太はあまり反応が変わらないんだろう。実の父親がしばらく居なくなるのに…
もしかして知らないとか言うんじゃないだろうな。
徹には喋るなって釘を刺されてるし、その可能性は十分にある。
というかこの父親、今まであまり家にいたことがないらしい。
剣道の師範代らしく、世界剣道連盟の依頼で今までいろいろな国へ指導しに行くかららしい。
狼が見つかるまではブラジルに居たらしく、去年は日本に20日程しかいなかったから、長期間留守にするのは当たり前なんだそうだ。
よく結婚出来たよな…
とにかく獣人界偵察計画?は秘密事項らしく、せんせいも詳しく教えてくれないし、徹もほとんど知らない。
だからいまだに行く日にちを聞かされてない。
ある日この風景から狼と主浩さんが急にいなくなる日が来る…そうなったら遥と奏太かなたはどう思うんだろう…
それに本当に帰ってこれるのか?
俺には不安しか思い浮かばない。
そうとは知らずに狼は今日も奏太と大地を連れて走り回っている。
そう言えば狼が木之本家に行ってから奏太の運動能力が格段に上がったよな。
毎日毎日、一生懸命狼を追いかけまわしていたり抱きついて狼が動かないように頑張って踏ん張って引っ張られないようにしてたり。
それをいとも簡単に振り払ったり、時には奏太ごと引っ張って行ったりして遊んでいる。
それがだんだん奏太もコツを覚えたのか少づつ抵抗できるようになってきた。
なんか奏太も狼も楽しそうだ。
楽しいと覚えるのが早いって言うけど、それを見てたらやっぱりそうなんだなって思う。
大地と遥は鉄棒を競い合って逆上がりができるようになったし…
徹もいつの間にか俺を家まで持って帰れる程になって力強くなったし…
あー俺も大地みたいに目に見える成長がしたかったな。
なんで犬になんて生まれてきたんだろう…
大地達が大人になった頃には俺、いないんだもんあ…
そんなこんなで残り少なくなったみんなでの楽しいひとときはあっという間に過ぎていった。
そして、出発は突然だった…
それから三日後、公園に来てみると狼がいない。
徹に聞くと主浩さんとどこかへ行ったらしく、たぶんもうここには来ないだろうと言っていた。
理由を聞こうと思ったらすごく機嫌が悪くなったので聞けなかった。
代わりに少しさみしそうにしている奏太に聞くと、狼を預かっていた人の所に帰えっていったと言った。
狼は預かっていた人にに帰すためという名目で昨日の夜に主浩さんに連れられて熊本の方へ行ったらしい??
次の日の昼間せんせいに聞いてみると、狼は向こうへ行く準備に入ったそうだ。
狼が先に森に帰って準備しながら、森の仲間と最後の別れを言うためだそうだ。
行くのは今日の夜…顔見せしようと思ったけれどまた俺の変な力が発動したら嫌だから今日は行くのをやめておこう…
どうせしばらくしたら帰ってくるんだし。
夕方、公園に行くとやっぱり遥、奏太、とお母さんが来ていない。
一人で来ていた徹が多加美っちと何か喧嘩をしている。
かなりイライラしてるのかいつもは何でも言い返す多加美っちが何も言えないほどの勢いでどなりつける。
しまいには多加美っちを泣かせてしまって我に返ったのか一生懸命誤っていた。
少し落ち着いてから、双子の件を聞くと、ちょうど今頃主浩さんは家を出発するそうだ。
表向きはまたブラジルへ戻るため。
見送るとその場で親父さんをぶん殴りたくなるからこっちへ来ているそうだ。
「危ないって自分で何度も言ってたのに…なんでそ危険なとこに行くんや…くそ!」
地面を蹴りながら徹が言った一言で俺の中にも嫌な予感が走ったような気がした。
でも今日は行かないって決めたんだから…
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