08-2 心の変化
次の日、昼間にいつもの場所で日向ぼっこをしていたら、犬のクロが俺の方へ近寄ってきた。
昨日の話のことか?俺、あんまりかかわりたくないんだけど…
”あいつ、ギン、連れていく、言う、どうする?”
獣人のクロのことか?
憑依されている間も記憶を共有してるから昨日の徹の家での会話も聞いていたんだろう。
だいたいこういう話を俺にしてく時は話の中身の重要なところを飛ばしたとこか、自分自身が驚いたことしか伝わってこない。
憑依されていなかったら普通の犬だから、会話の内容なんかほとんど覚えてないこともざらにあって…だから獣人のクロのことがいまだに謎のままなんだけど…
”…勝手に連れてくなら怒るぜ!”
”あいつ…、流れ狼、欲しい、お前、説得する、どうする”
”俺を説得すんな!するなら本人にしてくれ…俺は嫌だけど本人がいいと言ったら俺は…止めない。”
なんだろう…あの時みたいに、ギンを手元に置いておきたいという強い気持ちが浮かんでこない。
むしろ何でという気持ちはあるけど、無理やり連れて行かないなら…
何だろう、相手が知り合いだからか?
それともあれから2年たって気持ちが落ち着いたからか?
ここ数年大地達との生活が俺の中心になったからか?
昨日、やっぱり獣人のクロに憑依されたまま徹の家に行ったそうだ。
さっきの話とか獣人のクロのところへ行く話とか…?
どういうことだとクロに問いただすけれど、さすがにクロでは人間の会話を全て理解することは難しかったのか部分的にしか情報を聞き出せなかった。
徹の親父さんは流れ狼が欲しかったらしいこと。
で、ギンが見つかったので方法はよくわからないけれど親父さんは獣人のクロの住む所に行くことができるようになったこと。
だからギンが欲しいと…
わかったような分らないような話を整理したらこんなもんだろうか。
たぶんまだ計画中で、ギンの説得なんかもあるしもう少し先のことなんだろうけど…
あんまりいい話じゃないけど何でだろう、ギンが連れていかれたらもしかしたら会えないかもしれないのに本当にあの時の感情が湧かない。
今度いつ来るかわからない獣人のクロに直接詳しく話を聞けばまた変わるんだろうか?
そんなことを思っていたらクロが何かを思い出したように口を開いた。
”あいつ、本当は、子供、探してる。血、たくさん、引き継ぐ、子供…”
”子供?”
”流れ狼、若い、能力、大きい、そう言っていた。”
子供…ギンの子供…
今生きてる奴は2匹…か。
そう言えばあいつが流れ狼だって分かってから子供を作っていなかったような…
でもなぁ…野良との雑種だからそんな血を受け継いでいるかどうかも分かんないし…ってなんでこんなこと考えてるんだ?
”とりあえずクロが来たら俺のとこへ…やまぶきに連絡してくれってお願いしてもいいか?”
”ああ…、あいつ、聞く、わからん、俺、伝える”
俺との会話が終わると、いつもの場所へ戻っていった。
あーもう、日向ぼっこの時間が減ったじゃないか!
いらんことはまたあとで考えるとして今は温かい日差しに照らされて眠りたい…リラックスしなきゃ!
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ギンの子供…
一番若いのって…
白いのと黒いの…
白いのが俺によくまとわりついてきたよな…
まだ2つで成獣になったばかりのギン似のシベリアンハスキーの雑種…
若いころのギンにそっくりで物覚えが良くて…
姿形もよく似てる…
名前は…ギンが流れ狼ってわかってすぐだったから狼とか言ったっけ…
あいつもギンの血を濃く引きついているんなら…
流れ狼なんじゃないか…なんてどうなんだろう…
クロが何をしたいのかよく…わから…無いケド…
向コウ二…係ル話ナラ…
奴二…闇ヲ…仕込ミ…
クロノ計画二協力スル仕草ヲ見セテ…
我ガ完全ナ闇二ナリシ時ノ居場所ヲ…創作サセル…
来イ、狼主!
我ガ貴様ヲ見定メテ…
先ノ計画、主役二仕立テテヤル…
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俺の背中に何かポンポンと当たる感触がする。
首をそっちの方向に向けてみると目の前がぼんやりしてよくわからないが、一匹俺にじゃれようとしているみたいだった。
俺が動かないから脚で踏んでみたり乗っかってみたりして遊んでいる?
あれ?俺、いつの間にか寝てたのか。
じゃれているところ悪いんだけど、立ち上がるのに邪魔だったから一回威嚇して振り払わせてもらった。
俺より大きな白っぽいねずみ色の犬、狼が俺の前で楽しそうにひっくり返っていた。
”ブラウン、ボク、呼んだ、何?”
じゃれるのを我慢して狼が尻尾を振りながら俺を見る。
ん?俺、狼なんかよんだ覚えなんかないんだけど…
あ、そう言えば狼ってギンの子供なんだよな。
”狼、お前、狼か?”
”うん、ボク、狼”
いや…そんなコントみたいな受け答えはいいから…てふったのは俺か。
”ボク、ギン父ちち、同じ、大きく、なる、やまぶき兄にい、してもらった、流れ狼、言ってた”
なに?やまぶきは知ってたのか。
確かめようと思ったけど、今日はここには来れないって言ってたからなぁ、あいつ…
ん?狼がなんか得意げな雰囲気を出しておれに褒めてとアピールしてくる。
それは褒めることなのか?まあいいや…
前脚で頭をなでてやると喜んでくれる。
”ブラウン、いい匂い”
俺の匂いを嗅ぎながら気持ち良さそうに俺の体に触る。
それまれは良かったけどそれがスタートになって俺にじゃれはじめた。
最初は手加減してくたようだったけれど正直体が俺よりでかいから、ちょっと力を入れるだけで相手するのが辛いんだけど…俺は一応老犬なんだぞ。手加減してくれよ…
成獣の狼は幼獣の時のつもりでじゃれているんだろうけど俺はなんとか応えてやろうと体をはって頑張ったが、体力は徐々に狼に吸い取られるように減っていく。
そして最後に尻尾を甘噛みされると何故か急激に俺の中の力が抜けていく。
本当に狼に力を抜き取られたような感覚とそれを吸い取って驚いたのか狼は俺から急に距離を取った。
”何…、これ…?”
一瞬ぼーっとしたような感じだったけどすぐに復帰してくたくたになった俺の額をなめてきた。
”ごめん、無茶して…”
”久しぶりだから、な、気にしないでいいから、さ。”
ようやく体力の違いを分かってくれたのか最後に一言謝って去っていった。
俺も余裕があるふりして別れたけど…もうダメ。
くそ!ゆっくりしたかったのに。
だいたい俺、狼なんか呼んでないのになんでこうなった。
結局体がへとへとになりながら昼の散歩の時間に間に合うように森から帰るはめになった。
「ブラウン、大丈夫?ふらふらだよ?」
『もうダメ…今日は散歩休む。』
まさかこんなに疲れるとは思ってなかった。
俺、ふらふらなのに大地は無理やり引っ張っていこうとする。
何回か抵抗をしてみたけど、結局粘り負けて大地に引っ張られるように公園へ連れてこれられた。
みんなと遊ぶのは勘弁してもらって、いつも空いている日当たりの悪いとこにあるベンチの上でへとへとになった体を休めていたら、俺の所に徹がやってきた。
こんなとこまで来て砂をかけに来るのかと身構えたら、俺の横に座って背中をぽんぽんと叩きながら俺に喋りかけてきた。
「おい、ブラウン。お前、昨日の夜の件で何かしらないか?」
『夜?あれからなんかあったのか。』
「昨日、親父がクロに会ったらしいんだけど、何話したか聞いても教えてもらえんかった。ブラウンもクロと知り合いなんだったらなんか聞いてなかったのかって思って。」
『俺は何も?だいたいクロなんて時々しか会わないし、俺も何してるかよく知らないから…。だいたいなんで徹のとこにクロが行くんだよ。おれも知らなくてびっくりたんだから。』
そうだよな、今まで俺ややまぶきはせんせいとしかおおっぴらに喋ったことないし、他にやまぶき達のことを知ってる人間も聞いたことがなかったから、こんなに身近な、それも毎日会っている徹ん家の人が知ってるなんて思ってもみなかった。
ということは、今までの公園での会話も筒抜けってことか。
まぁ変なことは喋った覚えもないしいいけどさ。
徹の話を聞くと、クロのような獣人がいることは、おじいさんの代からの秘密事項だったらしい。
ちなみにこの辺?だと徹の父方のおじいさんとこと、遥の両親とおじいさん、そしてせんせい夫妻だけが知ってるらしい。
徹と遥、奏太の双子とは父親違いの兄弟で、せんせいの娘が徹達の母親だからほぼ身内だけしか知らないのか。
徹が初めて知ったのは小学校に入りたての頃らしくて、長期出張中の親父さんが夜中にふらっと帰ってきて、手ぶらで家を出てったのがおかしいからって後をつけていったら、親父さんとクロが喋っているところを見たらしい。
だから遥と奏太は知らない。
そこで昨日の話、親父さんが獣人のクロのところへ行くということを聞いたらしい。
昨日は親父さんに撒かれたらしく話を聞けなかったようだった。
で、昨日クロが俺の知り合いだとわかったから俺に打ち明けてくれたようだった。
しかし秘密事項のわりに簡単に徹や多加美っちに見つかるのはどうかと思うけれど、今まで噂にもならなかったのだから大丈夫なんだろう。
でも一生懸命思い出しながら俺にカミングアウトしてくれたのはいいんだけど…俺の体をいじくりまわしながら喋るのやめてくれないかな…
「悪ぃ、つい毛触りが良くって…最近お前の毛、長く柔らかくなってないか?」
いや…そう言えばママがシャンプー変えてみたとか言ってたような。
人間用のやつを薄めたものに変えて歳だからってトリートメントの頻度を増やしてもらったからかな…
うん、最近とても皮膚も被毛も状態はすごくいい気はしてたんだけど。
俺って人間用の物を使った方がいいんじゃないかって最近思うようになってきた。
帰る時間になってもへとへとなのは変わらなかった。
それを見ていて心配になったのか俺の全長よりちょっと大きい徹に抱かれて家に帰った。
俺、重いんだぞと抵抗したが四脚を宙に浮かされると抵抗出来ない。
少し恥ずかしくて最初はもがいたけど、途中であきらめて大人しくしているとなんだろう…徹の匂いの中に何か違う、獣のようなのがうっすらと混ざってるような匂いを感じた。
結局家までずっと抱かれていた。徹ってもうこんなに体力あるんだ…
家に帰って速攻でシャワーを浴びて…何とか体を乾かして…
早めの夕飯に大好物の猫缶を開けてもらって、階段上がって…ようやく寝床…
まだだいぶ早いけどもうダメ、今は寝る!




