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06 野良と動物病院

大地が生まれてから半年。

俺は登録上4歳になった。


 大地はようやくハイハイができるようになった。動き回れるようになって興味をもったことといえば…大地より小さくてちょこまかと動き回る俺を追いかけること…

 これがまた大変で、大地が俺をじっと見つめてキャッと笑うと俺を狙っている合図。それに気がついたら、危なくないところを選んで怪我をさせないように逃げなきゃならないという暗黙のルールがあって…

 外に出てはいけない、2階に上がれない、ママの邪魔になるから台所はだめ…と制限だらけの追っかけっこは最後は捕まらなくて大地が泣くか、捕まって上から体重を乗っけられてつぶされることで終了する。

 だいたいほぼ捕まる、というか泣くとうるさいのでワザと捕まる。まだ抱きしめられるほど器用じゃないから仕方ないんだろうけど、赤ちゃんとはいえ体重も10キロ近くもあるから結構重い。これ以上成長されると俺、死んじゃう。


 森の方も順調で、ヤマブキも群れにも慣れて、問題なく生活している。精神も安定してて、獣人アオの意識をベースに山での狩りや小競り合い等の経験をプラスしてたくましく育っている。元々頭が良くて、礼儀正しいのですぐに群れに打ちとけ、いつの間にかギンに次ぐナンバースリーの座にのし上がっていた。

 当初、人工物に拒否反応をしていたのも慣れて、俺が誘えば家にもついてくるようになった。

 でも野良の生活に慣れてしまったのか人間には臆病なくらい警戒する。ママが出した市販の安全な食べ物でさえ、俺が口にして大丈夫ということを見せないとしないと食べない。

 そんなやまぶきを見ていたら、本当に元に戻れるのか心配でしょうがない。いまさら家で飼うといってもおそいよな…


 俺が山に行くと、やまぶきは群れを抜けて俺の寝床にやってきて、山の様子を報告してくれる。

 そして、大地の監視という仕事を群れを抜けられないやまぶきの代わりに俺が…教えている。

 今のやまぶきにはそれを報告する義務はないけれど、もしアオに戻ったときのために…日に日に薄くなっていくアオの精神を残すためにあえて伝えている。俺たちに不都合な情報はカットしてるとはいえどうしてこうなった…


 それが終わると、まだ犬の精神は半年と若いので遊びたがって甘えてくる。群れの中の立場上、他の犬に甘えたり出来ないから話が終わっておわずけ状態が終わるとたっぷりと俺にじゃれてくる。


 そんな中、今日はギンとやまぶきを連れて、竜王せんせいとこの動物病院に来ている。2人の定期検診と検査のためで、俺は通訳として呼ばれている。

 いつもは誰か人に連れてきてもらうんだけど、今回は俺達3人で山からここまでやってきた。やまぶきが幻術を使えるので人間の幻を作ってもらってここまで来た。俺が道案内できるから本当なら人はついて来なくてもいいんだけど、、車に背丈の低い俺たちが見にくくて危ないから目印となってもらうために必要だからだ。

 それと人間がいっしょにいてリード握って歩いていたら他の人の恐怖心が抑えられる。


 以前どうにか俺たちだけで安全に町に行けないかということで、車への目印として風船を付けて歩いてみた。

 車はどうにか避けてくれたけど思った以上に野良が歩くととても怖がられる。今考えたら当たり前なんだけど…

 それに好奇心旺盛な子供たちが風船目当てに寄ってきたり、風船にいたずらしたりしてギンが暴れそうになったことがあったのでで誰かについてきてもらわなければいけなくなった。

 でもこれなら自然に散歩してる風に見えるし、ギンとやまぶきにリードをつけるだけで安全に、誰にも頼らずに街を歩ける。トラブルも今のところない。結構便利な能力だと思う。

 せんせいが迎えに来てくれるというのを断ってこんなことして歩いてるのは、やまぶきには多少強引でも元に戻るきっかけを作るように行動させることにしているからだ。

 ちなみにやまぶきが幻術を使えることを知ってるやつは俺たちだけで、他の群れの奴は知らない。

 

 で、何故野良のギンとやまぶきが動物病院に行かなきゃならないのか。

 基本野良は人間文化に触れさせないように、自然に近い状態で生活する…

 要するに放置というスタンスを取る。だから病気になったら体力がない年寄りや赤子が死ぬ確率がぐんと上がるし若い元気な動物も骨折や怪我で簡単に死んでしまう。食物連鎖で年間多くの動物が亡くなる。

 今の冬の寒い時期、琵琶湖に吹きつける強風でもたくさんの命が奪われる。

 でも、春や秋には新しい命がたくさん生まれる。そうして毎年多くの動物が入れ替わり、山のバランスを自然に取っているのだが…

 野良のクロ、ギンはそうはいかない理由があって、クロは山の主という仕事がある。で、クロは犬といってもちょっと違う。最近分かったらしいけど獣人の血が薄く入っているらしい。そのおかげで片言で日本語が喋れるし、他の犬よりも長生きできるらしい。


 ギンは普通の犬だけど、俺以外で唯一クロに似た力を持っている。だからサポート兼いざという時の代役を担っているから簡単に死んでは困る。

 そのために、俺同様1月に1回動物病院で検査と治療を行っている。年一の予防接種やワクチン注射も病院側の負担で行っている。


 クロは6歳、ギンは3歳と比較的に若くて強い肉体をもっているので無茶をすることが多いからたまに整体なんかで骨のゆがみとかを調整したり、入院させられて精密検査やオーバーホールとかで近所の温泉を借りて無理やり肉体の回復させられている。効き目があるかは俺には分からないけど…

 ちなみにクロはギンとかぶらないようにしてるので半月後に来るので今日はいない。


 そして今日は初めてやまぶきをせんせいのところへ連れて行く。俺的には見つけてほしくなかったけれど、先日の機械の調整をするときにせんせいに見つかって今に至る。俺とくっついていることが多いし、俺の家に来るというのをママに何度か聞いていたからだ。


 それに獣人のクロからも行方不明になった獣人がいると相談があったらしく、前から探していて、俺にくっついているってことはもしかして…と思っているらいい。

 せんせいもアオを探しにたまに大津にも行っていたらしい。

 俺としては嫌と断る理由もないし絶対隠し通さなきゃだめってわけでもない。見つかったらやまぶきは嫌がるだろうけど、むしろそれど少しでも元に戻ってくれたらと思いながら少し強引に連れてきた。


 でもいつせんせいは獣人のクロに会ったんだろう?

 俺が見たのはまだやまぶきに会う前だったはずなんだけど…



竜王動物病院。

 俺のかかりつけの病院で愛想がよくて、いろいろな動物の知識が豊富で注射が下手で有名…


 ここの竜王せんせいは森の結界の件でいろいろ手を貸してくれる。

 以前使った力の蓄積装置やらを作ったのがこの人。獣医なのに機械にやけに詳しい。

 それに、獣人のクロのことを知っていたり、山の結界を知っていたり、俺が知らない間に俺のことをきっちり調べたりする謎の多い人だ。

 今日はそのせんせいに呼ばれて一般診療の間の休みの時間にギンとやまぶきの診断と検査をしている。


 先に呼ばれたギンが一通り検査が終わって、せんせいの奥さんの看護師さんに抱きかかえられて処置室の方へ連れて行かれた。


 奥さんもすごい人で、いろんな動物を大人しくさせる魔の手を持っている。

 普通なら飼い犬でも嫌がる熱いシャワーを野良のギンは熱いシャワーを嫌がることなく浴びて奥さんにシャンプーされて気持ち良さそうだ。

 そしてバスタオルで被毛に含んだ水分をふき取られて、熱いドライヤーで全身をブワッとあてられ毛をわしゃわしゃされる。ギンは…さらに気持ち良さそうに大…木の字になってじっとされるがままにうつぶせになったりくるりと回転させられたりする。

 そして、最後にはリラックスして眠ってしまう。

 奥さんの魔の手によって野生の犬は飼い犬のように従順に変えられてしまった。

 

 ここに初めて来たときは拒絶していたギンだけど、初めてのシャワーのときにはすでに大人しくなり、何度も通っているうちに今では絶対に奥さんに逆らわない。

 こんなにリラックスしたギンはここでしか見れない。やまぶきもすごく驚いている。


 そんなギンを横目に、やまぶきの診断に入った。

 やまぶきは診察室にある機械を見ながら少し怖がっているようだった。

 なんでも幻術を扱うやまぶきは電気と相性が悪いらしい。強い電撃は幻術をかき消す効果があるらしくて苦手を通り越して恐怖を感じるらしい。

 まあ、ここにある機械は触っただけで感電したリするものはないから、触らせたりして大丈夫ということを体で感じさせてやると、多少は安心したのか大人しく診察台にのぼってくれた。


 せんせいがいろいろな機械でやまぶきを触って検査している。これだけ違うもので触られてもなんともないのでさすがにやまぶきリラックスして警戒を解いていた。

 機械での検査が終わると今度は先生が手の感触で異常なところはないかを入念にチェックしている。


 「ん?これは…」


 しばらく手を止めずにあちこち触っていたと思ったら急に手を止めた。何かを見つけたらしくて、診察台にやまぶきを置いて、いろんな小物が置いてある棚に何かを取りに行った。

 そして電動髭剃りみたいな大きさの機械を持ってきて、やまぶきのお尻にあてている。


「ちょっと痛いけど我慢してくれって言ってくれんか?」


 せんせいが俺に通訳を頼んだけどやまぶきは日本語知ってるから大丈夫…だけどまだせんせいはやまぶきが獣人だと知らないから通訳するふりをした。

 やまぶきにはここに来る前から痛くても我慢するようにとは言ってあるので心構えはしてあるはず。だから安心と思っていたら…


バチッチッチッチッチッチ!!


 ”痛い!”


 すごい大きな音とともに静電気のようなピリピリとした空気があたりに流れた。たしか火花みたいなものが飛んで…


 それよりも、やまぶきの体がみるみる大きくなっていく。脚が伸びて前足の指先が細く伸びて、肉球が被毛の中に収まって腕になっていく。

 後ろ脚は足の裏のかかとが地面に着くように短くなって、2本足で立てるように膝と腰の付け根がまっすぐに変形して足になっていく。

 顔はそのままで、喋りやすいように少しマズルが短くなって頭部の被毛が髪のように少し長く生え揃う。

 体が少しだけ引き締まってやまぶきが獣人化してしまった。


 「ほぉ、やっぱり君は獣人だったか。」

 『な、なんデスカ!今の電撃の刺激ハ、何やったんデスカ!』


 勝手に獣人になってしまってがっつりと日本語を喋って驚いているやまぶきを見ながら、予想したものが当たったのが嬉しかったのか、せんせいはやけに楽しそうにその状態を見ている。

 あれ、スタンガンだよな。やまぶきが嫌がってる電撃系の機械だよな。

 それよりなんでやまぶきがあんなに嫌がってた獣人になったのかが不思議でしょうがない。なんか魔法でも使ったのか?


「やまぶき君…じゃなかった、アオ君…だね?、クロが心配してるぞ。どうしていなくなったんだって。」


 やまぶきはその言葉に返答せずに、振り返って俺を見る。

 なんともないって言ったじゃないデスカ…と言いたそうな泣きそうな顔だった。



 強制的に獣人に戻らされたやまぶきも俺の指示には従うようで、大人しくせんせいの前の椅子にちょこんと座らせたら下を向いて大人しくしていた。

 スタンガンという静電気発生装置で強烈な電撃を食らったお尻を気にしながら何故やまぶきが獣人だとわかったのか、何故勝手に獣人に戻ったのかという説明をせんせいはドヤ顔で説明してくれた。


 獣人がこっちの世界に来るには憑依できる動物が決まっていて、体を借りる形でここでの活動ができるようになるらしい。

 それで、獣人たちは尻尾、もしくは耳から侵入してくる。そして必ずその近辺に丸い薄い模様を残すらしい。

 で、借りている肉体の中に何かの理由で閉じ込められて戻れないものも今までに結構いたらしい。

 長い間元に戻るのは不可能に近いとされていたのが、せんせいが若いころ解放する方法を偶然発見したらしい。

 解放するには憑依した時出来るあざに強い刺激を与えることだそうだ。それは普通に憑依している獣人たちにも有効で、強制獣化・強制分離をさせることができる。


 殴ったりするぐらいでは効き目がないらしく、昔、たまたま戻れた事例が残っているのはは崖の上から落ちて当たり所が良かった者や海の中に投げ込まれて必死で戻ってきたら…など、それを人の手で行うと下手すると動物虐待とか言われてもおかしくない。

 ちなみにあざに傷をつけて、レモンの搾り汁をドバーっとかけてみても成功する。確かに刺激はありすぎるほどだと思うけど、それっていじめじゃなにのかなぁ…


 獣人に戻ったやまぶきはそのまま健康診断を行われながら、俺がアオがやまぶきになった経緯を説明した。ほとんど俺のせいなんだけど、それはカットしてうまく話をつなぎ合わせてごまかした。

 そんなこと言ったら俺がせんせいに何検査されるかわからないし…


 検査はそんなに時間はかからずに終了して、俺とせんせいが今後のことを話し合っていたら、やまぶきが何もない壁をじーっと見ているのに気がついた。


 『ごめん、やまぶき。別にほったらかしにしたわけじゃ…』

 『退屈していたわけじゃ無いデス。この壁の向こうに何か変な力のようなものを感じるのデスガ…』


 立ち上がって壁を右手で触りながら不思議そうに壁を見ている。


 「ああ、そこか?そこはわしの別の仕事場なんだが…興味がありそうだな。夜の診断の準備まで少し時間があるし、見ていくか?」


 せんせいは俺とやまぶきを隣の仕事部屋というところへ連れて行ってくれた。

 毎月ここには来るけど、いつも待合室と診察室しか見たことないので、せんせいの家の部分は初めて入る。

 普通の家と同じく廊下をはさんで何個か部屋があるうちの、他の部屋とは少し重厚なドアを開けてくれて中に入ると…待合室よりもも広い部屋で、工作室のような殺風景な部屋になっていた。

 作業台にはなにやらまた新しいものを作っているらしく、箱のようなものが2つ置かれていている。左の棚には工具や機械の部品が、奥の机にはお決まりのパソコンと書棚が、左側の工作台には研磨機や溶接機のようなものが何台かと、石のようなものが箱に仕分けされて置いてある。


 『これは…ボクたちのところの鉱石デスネ?これは力をためることができる貯蔵石デスカ…いろんな種類がありマスネ。』


 石の方に興味をもったやまぶきが、石の中を覗き込んだり握ったりしている。


 「そうじゃ、クロの奴に頼んで持ってきてもらうんじゃが…。あいつに鉱石の知識があまりないからいいのがなかなか手に入らなくてのお…。」

 『そうデスネ、昔は質の良いものがたくさん出回っていましタカラ。』

 「やまぶき君、君は鉱石に詳しいのかい?」

 『ちょっとだけですケド…本物はあまり見たことはないのデスガ、知識は丸覚えしたノデ大体はわかリマス。でもあっちに行って探しに行くのはかんべんして下サイ。僕も山の役割がありますカラ。』


 そう言ってちょうどその鉱石を入れ替えようとしていた基盤があったのでそれを持ち上げて中を覗きながらやまぶきは話を続けた。


 『こっちの世界の技術はよくわかりまセンガ、この鉱石でこの大きさであれば、そのまま使っていてもそんなに力は溜まりマセン。ましてや封印の予備の力を貯めるのでシタラ、これでは心もとないと思われマス。この石は密度が薄いノデ重力の力で圧縮してヤレバ、それなりに力を貯められる物になりマス。そして、この石の特徴が直列に並ベルト、限度はありマスガ、その数に準じて力も溜まっていく仕組みになってイマス。だからボクたちは…』 

 やまぶきが思い出したかのようい講義を始めようとしたときせんせいがストップをかけた。

 そろそろ夜の診察の準備をしなきゃいけない時間になったからだ。

 せっかく乗り気で喋りだしたやまぶきは、仕方ないと理解はしているけれど喋りたくてうずうずしている。

 俺には内容がよく分らなかったけれど、ちょっと安心した。まだしっかりとアオの意識が残ってるじゃないか。

 

 俺はまだ残念そうにしているやまぶきに犬の姿に戻るように命令して、ようやく夢の中から戻ってきたギンと一緒に診察準備で忙しい竜王動物病院を後にした。

 心の芯まであったまったギンとは対照的に、結局ヤマブキは奥さんの魔の手に染まる時間がなくて強風になれない寒さを感じながら山に戻ることになった。


 『やまぶき?もうちょっと喋りたかったんじゃないのか?』


 その問いに首を横に振りながらやまぶきは答えた。

 

 ”あの人、あの知識、必要、でも、おいら、犬、伝える、おかしい”

 『あのなぁ…どうして俺が日本語で喋ってるのにお前は吠えるんだ?』

 ”おいら、犬、喋る、おかしい、ブラウン、前でも、同じ”


 頑固だなぁこいつ…さっきはあんなに喋りたそうだったのに…


 ”俺が命令すれば喋ってくれるのか?”

 ”ブラウン、吠えた、それ、卑怯、でも…命令、嫌、犬、喋らない。”


 俺が犬語を吠えるときはやまぶきには命令に聞こえるのだけれど、これでも拒否するのか?


 ”じゃあ…せんせいのとこであの電撃が出る機械を借りてこようか?”


 瞬間、面白いように体がびくっと跳ねて尻尾を丸めて…


 ”それ、もっと、卑怯、”

 『じゃあ、今度せんせいに話の続きをしてくれるか?』

 『うん…』


 ようやくいうことを聞いてくれた。しっかし命令より電撃の恐怖の方が上なのか…

 今、何気なく犬の姿で初めて日本語を喋ったのを聞き逃さなかった。


12/27 06話部分の内容と部分修正まとめました。

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