謎の村
しばらく歩くと、石垣だけが残る屋敷が視界に飛
び込んでくる。その先にあったのは、廃屋や田ん
ぼらしきものが見えてきた。そう、 ここは廃村ら
しい。
苔むした石垣を登ると小さな祠があり、雨に濡れ
ないようにトタンの屋根がつけられ、きれいな供
え花が活けてある。それは人の気配を感じさせ
た。
一応、参拝をし、廃路地を歩いていると石垣と立
派な建物を発見した。誰かいるかもしれないと思
い、家のまわりを探索してみるが人の気配はな
い。
おれは、土間から玄関に上がると床がギシギシと
音を立てた。中はとても広く日本家屋そのもの
だ。
畳は雨漏りでところどころ変色して、かび臭い臭
いを放っている。周囲には、たらいや鍋が打ち捨
てられたようにほこりをかぶっており、かつて人
が住んでいた様子が伺える。
家の奥にはやけに広い風呂場があり、その中には
落ち葉がつもっていた。落ち葉の中に新聞紙が
あったので日付を確認すると、昭和五年六月七日
となっていた。
なんだか、タイムスリップした感覚がする。 もう
少し見てみようとしたのだが、泥土が天 井まで達
していて、これ以上は行くことはで きなかった。
外へ出ると、坂道の上に民家が建ち並んでいるの
が見えたので登ってみた。
そこは、小さく入り組んだ路地がところどころあ
り、地面は苔で覆われている。民家の中には倒壊
した家が土へと還るように朽ち果てていた。その
横には、足踏み脱穀機があった。
また、そのまわりには茶器の破片やビー玉、 そし
てハーモニカが土と同化するように混ざりあって
いた。かつてここに住んでいた子ども玩具だろ
う。
おれは、建ち並ぶ民家を後にし、小高い台地に
なっている場所へ歩く。けっこう息もキレ始めて
きた。
しばらくすると、ほぼ平らになり楽になってき
た。そこにあったのは、かつて人が通ったであろ
うとまだ気配が残る草木のトンネルへ と入り、杉
林の暗がりを通り抜けると、急に 視界が眩しく
なった。
おれは、目をうっすら開けると大きく立派な桜の
樹が目にとびこんできた。
桜は、大地に根をはり堂々たる姿をしてい た。こ
んなに立派な桜の樹を見たのは今までない。気付
けば、樹をなでるように触れていた。
おれは、この桜が昔から村を守ってきたんだ
と、そんな気がした。
ふと、おれは時間が気になり、腕時計を見ようと
した時、樹の陰に人影があるのに気付いた。
おれは、その人影に近付く。その人影は村で見た
彼女だった。やっぱり、見間違いではなかったの
だと何だか嬉しい気持ちになった。 風がゆるやか
に彼女の黒くて長い髪を揺ら た。
その時、彼女は目だけこちらを見た。
「…………」
おれは胸がドキンと鳴った。
なぜなら、彼女は驚くほど綺麗な目をしていたか
ら。しかし、同時にその目はどこはか寂しそうな
感じがした。
「村の方……?」
と彼女は小声で訊いてきた。少し、おれを警戒し
ているようだ。
「えっ、違います。おれは東京から仕事で来た者です」
その答えに彼女の顔がやわらいだ。
「ずいぶん遠い所からいらしたのですね。仕事って何のですか?」
「カメラマンです。っても、まだ助手の身ですが」
おれは、苦笑しながら言った。
「助手でも立派なカメラマンですよ」
と彼女は花のような笑みをした。おれの胸が高
鳴っているのが分かる。少し落ち着かせよう
と、この廃村について訊ねた。彼女は、
「この村は廃村になりましたが、今は私一人 で暮らしております」
と驚くことを口にした。
おれは少し戸惑うように、
「なぜ、お一人で暮らしているんですか?」
と訊くと、かつて幼い頃に父と暮らしていた大切
な場所を守りたいからだと彼女は答えた。彼女は
見てくださいと視線を森のほうへ と移した。その
視線の先にあったのは、村全を一望できる絶景
だった。
おれは、この廃村に郷愁のようなものを感じ取っ
た。
「きれいだ」
おれは、思ったこと言葉をそのまま口にした。
「ありがとうございます」
と彼女はやさしい笑顔をこっちに向けて言っ
た。陽の光が彼女をそっと包み込んでいる。
彼女は、色白でとても綺麗な目をして可憐な雰囲
気がある彼女に息をのんだ。
おれは、少し恥ずかしくなり、首をかいた。 その
時、腕時計の針が四時を回っていることに気付
く。
「あ――」
…………やばい!五時までに帰るように言われて
いたんだ。
おれの叫び声に彼女は、
「どうしたのですか?」
と驚いたように目を見開いた。
「すみません。おれ、もう帰らなきゃ上司に叱られるので失礼します」
彼女に頭を下げ、慌てて草木のトンネルへと行っ
た。
あっ、名前訊いていないと思い、足をとめ後ろを
振り返り、
「おれ、秋口新夜といいます。あなたの名前を訊いてもいいですか?」
彼女は微笑んで、
「清美といいます」
と静かに言った。
――清美――
その名は、彼女にふさわしいものだった。おれ
は、また明日も来ていいかと尋ねた。
「はい」
彼女は、笑顔で言ってくれた。