5/8
上司命令絶対
二
秋口、K県に取材に行ぞ。そう言い、上司である溝端先生が満面の笑みを浮かべながら言った。
はぁ? と思わず、口から出てしまった。溝端先 生は、仏頂面をして、
「だから、K県に取材に行くからお前も来いと言ってるんだよ」 と言うと、受話器を持ち、取材場所に寝泊りする旅館に電話をしようとしたので慌てておれは、
「だって、こないだは沖縄に行くって言ったじゃないですか」
と言ったのに溝端先生は、電話の邪魔だと言い、犬をはらいのけるかのようにしっしっとやられ た。いつもそうだ。溝端先生は、突然仕事内容を 変える。全く、好き勝手しておれの話なんか一度だってまともに聞いてくれやしない。 電話を終えた溝端先生は受話器をおろし、満面の 笑みをおれに向けて、
「出発は三日後だ。準備しとけよ!」
と言うと事務室から出て行った。
バタン、とドアが閉まる音が寂しく聞こえた。 こうして、おれは上司の命令で、昭和五十五年 五月九日。 カメラマンのアシスタントとしてK県に向かったとき、二十八歳だった。