記憶の扉
「久しぶりだね。元気にしてたかい?」
それは恩師の溝端先生だった。恩師の懐かしい声に私は、思わず涙ぐみそうになる。
私は、溝端先生と客間でたわいない昔話で盛り上がった。
「全く、ど素人だった君が今じゃ、有名なカメラマンか…」
溝端先生は、昔を懐かしんでいるのか目が潤んでいる。続けて溝端先生は、まっ、しかし君は僕の言うことなんか聞かないで好き勝手してたけどね、と言うもんだから私は、飲んでいた茶が噴き出しそうになった。
「ちょ、好き勝手やっていたのは溝端先生じゃないですか。あの日だって
私を問答無用にK県に連れていきましたよね?」
「………」
溝端先生は急に黙りこんだ。 しまった! なんて失礼な発言をしてしまったのだろうと頭の中がパニックになっていたら、私に一枚の紙を見せてきた。それは先程、森岡くんが渡してきたものたった。
「行かないのかい?」
溝端先生が真剣な眼差しで私を見た。
「分からないんです。私は、行くべきなのか考えてると胸が痛みます」
そう、私が森岡くんの案が気に入らなくて却下したのではない。割り切れない思いをしていると、
「もう一度考えなさい」
と穏やかな声で言ってくれた。私は、返事をすると溝端先生はどこか寂しい表情をした。
「あれは、君がアシスタントだった時だったね。今じゃ、僕も72のじぃじぃだ」
苦笑しながら言った。
そう、あれ私がぺいぺいのアシスタントだった頃だった……。私は、虚空の目で昔を思い出が昨日のよう によみがえってきた。