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陽だまりのキミ  作者: トマトクン
第一章
9/12

9 青春





 文化棟の端に位置する『読書同好会』は、その場所とは裏腹に、異様なまでの存在で鎮座している。この高校の生徒ならば、制服の背中が割れているのを自然だと思えるぐらいに、『読書同好会』の面々を変人だと思っていたりする。


 なにせ『読書同好会』は、先代――清水女史のコロポックル好きと、活動場所が木々の葉が建物を覆いかぶさっているのと……おそらくこの二つの影響で、『蕗葉の下の小人達』なんていう変わった通り名が浸透しているぐらいなのだから。


「その、小手川先輩は?」


「雲の形を見て、ロールシャッハテストをしそうな人」


「日坂先輩は?」


「空の青さを見て、宇宙の真理に想いをめぐらせそうな人」


「朝日先輩は?」


「太陽に向かって、どうでもいいことを叫んでいそうな人」


 すべては、


「屋上にいたら、何をしてそうな人たちですか?」


 という、上沢の問いに対する返答だった。

 しかし由佳先輩、日坂、朝日みたいに、普通の人はこんなこと思わないような気がした。

 もしかしたら、変人だと思われても仕方ないのかもしれなかった。


「ほら、いつまでも扉の前に立っていないで」


「うぅ、どきどきします」


 栗色の髪をいじり、上沢はいくぶんか緊張した面持ちでつぶやいた。


「そんなに、表情を固くしなくてもいいから」


 それでも、サファイアの瞳を頻繁にまばたきさせていた。


「はい。でも、あの、遠慮したいとかそういうわけでなくって。先輩が紹介するといってもらってから、私はとても楽しみにしていたのですが」


「だったら緊張しすぎだよ」


 と、僕は言った。


「まるでさ、上沢の心音が聞こえてきそうなぐらいなんだけど」


「あ、あー先輩には私の心音が伝わっていないんですよね。こんなにどきどきしてるのに。私の胸に手を当ててみればわかるかと――」


 なんかとんでもないことを言いかけていた。


「あああ、なんでもないです。その、緊張しすぎちゃて、変なことをいっただけですっ。私の胸に手を当ててとは。私はなに血迷ったことをいってるんですかね」


 上沢は僕の手を胸元に持っていこうとして、固まっていた。

 僕は、もう仕方がないな、と思い、上沢の手を誘導させて扉を開けた。




 そしてその瞬間だった。

 パパパパァーン。

 クラッカーの音が一斉に響き渡った。




「えっ、えっ?」


 上沢は、現状を認識するのにせいいっぱい。もしくは、この部屋のおかしな様子に驚いているのかもしれない。


 僕たちは上沢を迎える準備をするために、できるかぎり部屋を片付け、いろんな種類の飾り付けをした。おかげで部屋は、余計なものが数多くひしめき合う不思議なアンバランスさがにじみでていた。


 種々のるつぼ的な雰囲気が醸し出されている。


「はじめまして。『読書同好会』の部長、小手川由佳です」


 由佳先輩は、華奢で、すみれの花が似合うような清楚さで迎えてくれた。

 しかし、上沢がここを訪れると決まった日、


「意識レベルにおける集中力の引き上げをするっ」


 なんて、あいかわらずの題目を唱えてきた。

 だから、ぼくと朝日で必死になって止めた。


 結局、朝日が上沢すみれの歓迎会という名目で作ってきたお菓子を、由佳先輩の分も作ることで了承してくれた。

 ともあれ、釈然としない意味での花より団子だった。


「あの、はじめましてです。わ、わ、私は上沢すみれといいます」


 上沢も、へどもどしながら言葉を紡いだ。


「そのね、和人くんのうわさの女の子がきてくれるというから、私たちは歓迎会をしようと思ったの」


「うっ、うわさの女の子」


 上沢は小動物じみた動作を取りながら、また、うわさっ、とうめいた。


「あっ、うわさっていってもな、俺たちの中だけだから」


 すかさず、朝日がフォローした。


 言うと同時に、上沢の口もとへクッキーを持っていく。上沢は目の前にあるものを口にする赤子のように、ぱくっと食べる。そして、もぐもぐと口を動かす。


「お、おいしいです」


「そりゃそうだ。俺が丹精込めて作ったんだから」


「えっと、朝日先輩が?」


「そう。歓迎ってことでな。上沢……んと、上沢ちゃんのために作ってきた。それと、もうどうやら知っていると思うけど、自己紹介はしておくぞ」


 朝日はクッキーを包んでいた紙を机の上に置きながら言った。


「俺は朝日優介。おそらく、三木が語っているとおりのやつだから。よろしく」


「はい、よろしくお願いします」


 上沢が返事すると、今度は日坂が立ち上がった。


「私は日坂綾」


 日坂は無表情だった。


「よろしく」


「あ、はい。よろしくお願いします」


「あー、綾はいつもこんなんだから。それと由佳先輩。セリフ忘れてますよ」


「あ、そうだったっ」


 由佳先輩は、こほん、とせきをして構えなおした。


「ようこそ『読書同好会』へ。『読書同好会』は『文芸部』の傍系で、先代がより自由を求めて作った同好会なの。私たちは少人数ではなく少数精鋭の士で、大胆で厳密な審査による紹介制の規則にのっとり――」


「うそつけー」


「ちょっと、優介くんっ。私がちょっと調子に乗ったからって」


「ほら、由佳先輩」


「あ、うん。そうだった。ごめんね。それで、普段は直系の『文芸部』みたいに本を読んでいるの。活動日はとくに決まっていないから、けっこう自由。でも、だいたい集まる」


 由佳先輩は、みんなを見た。

 それからつぶやくように言った。


「そしてね、ここからが大事。じつは私たち、『読書同好会』は誰の心にもあるであろう大切ななにかを探しているの。私たちは大切ななにかを忘れてしまった――そんな前提をもとにして、なにかを追い求めている。それはもちろん、有形無形問わず。そして、悲愴、喪失、無力といったのを軽々と突き破るもの。それらに対処する……ううん、違うなぁ。それらの対極に位置する圧倒的ななにかを求めているのね」


 上沢は黙って聞いていた。


「ね、すみれちゃん。あ、すみれちゃんでいいよね」


「はい。小手川先輩」


「すみれちゃん、由佳先輩にしてよ」


「あ、わかりました」


「さんはい」


「えっ?」


「せーの」


「由佳、先輩」


 上沢は照れくさそうに言った。

 由佳先輩との距離の取り方に、戸惑っているようにも見えた。


「でね、私がなにをいっているのかわからないかもしれないから、簡潔に言うよ」


 由佳先輩は、上沢の瞳を見つめた。


「うわぁー、青い」


「?」


「瞳が青くてきれい」


「そこでそれはないから。春だからって陽気すぎ。大事なところっすよ、由佳先輩」


「そうだよっ、すみれちゃん」


「えっ、私?」


「じゃなくってさ、ごめん。あのね、ありふれていてつまらない陳腐な言い回しだけど、大枠でとらえている簡潔な言葉があるの」


「話、戻りましたか?」


「うん、戻ったよ。すみれちゃん。さっきはだいぶ大仰なことをいったけど、ほんとはたった二文字で集約される言葉があるのね」


「なんですか?」


「それはね、青春」


 由佳先輩はなんのてらいもなしに言った。


「青春、ですか?」


「そう、青春。書店ポップが大好きな言葉、第一位。帯に書かれている言葉、第一位。あらすじに含まれている言葉、第一位」


「……」


「なんの本で読んだかは覚えていない。でもね、懐かしい記憶――ノスタルジーこそが至高の甘美だって言葉を、私は忘れられないでいる。そして私たちは、そういうのに自覚的でなくてはいけない。どこまでも自覚的ではないから」


 由佳先輩は、一度、ぎゅっと目を閉じてから言った。

 上沢も、なにやら思案気な顔をしていた。


「だから、そういうこと」


「そういうことですか」


「そう。実はこんなことを考えたりもしてる。それに嫌悪感さえ抱かなければ、私たちはいつでも迎える準備はできているからね」




   ◇◇◇




 さて、上沢のための歓迎会。

 じつを言うと、形式はそこまでだった。


「さあ、この朴念仁みたいな男が、上沢すみれにご執心する理由を聞こうじゃねぇか」


 いきなり朝日が、僕のことを指差して言ったせいで大変な目にあった。

 上沢と一緒にさんざんからかわれ、顛末を話させられた。

 

 それはまるで、退屈な日常にあてがわれたびっくり箱みたいな扱いだった。おそらく僕たちは、どこにでも実在しそうなストーリーに過ぎない。しかし、開くまでわからないという好奇心に、その場は支配されていた。


 結局、僕たちの話は、彼らにとってのスパイスみたいな役割を果たしていた。

 朝日が作った女の子好みのお菓子のせいで、余計にそう思えた。


 由佳先輩が好き勝手にタネをまき、朝日が縦横無尽に展開を広げ、気の利く日坂が補填する。そんなコンビプレーは見事なまでに完璧だった。

 僕は、苦笑せざるを得なかった。




   ◇◇◇




 ちなみに最後、上沢はよく持ち運んでいるドロップ缶を三人に配り、一番得意なトランプのマジックをして締めくくった。

 僕はそれを見て、上沢らしいな、と思った。






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