12 あばたもえくぼ
週末、僕たちは久しぶりに都立公園で出会うことにした。
この出会い。
偶然か。必然か。
因果関係はいずこか。
まるで僕たちは、ドラマツルギーにおける明確な役割を求めているようだった。
そして、ドラマツルギーはやっぱり必要であった。
定型的な演技。
そして、現状の変化。
また、この言葉を思い出した。
『全世界は劇場。すべての男女は演技者。人々は出番と退場のときをもっている。一人の人間は一生のうちに多くの役割を演じるのだ』
――役割を演じるのだ。
――ヤクワリヲエンジルノダ。
◇◇◇
「先輩。私、『読書同好会』に入ることにしました」
「それはよかった」
「はい」
「これから楽しくなりそうだね」
「これで私は、先輩のことがもう少しだけ好きになりそうです」
「そっか」
言葉はこれだけで良かった。
◇◇◇
それでも、もう少しだけぎくしゃくしていた。
僕がまだ高一で、上沢は中三のころみたいだった。
元の空気に戻ったのは、それから一時間かかった。
そのあいだ、僕はやはり絵を描いていた。上沢は、写真を撮ったり、本を読んだり、折り紙を折ったりと、せわしなくいろんなことをしていた。
初夏でもないのに、病葉が落ちていた。
上沢はその病葉を拾って、久しぶりに口を開いた。
「先輩。儚いとか、切ない――これらの言葉は好きを近くにさせますね」
「ん?」
「儚いとか、切ないです」
「上沢」
「なんですか?」
「その、儚いとか、切ないってね、じつを言うと『読書同好会』のストリーム的メインテーマなんだ。大枠に青春という言葉があって、小枠に儚いとか切ないがある。特にそれはセカイ系っていう分野にぴったり合致する」
僕は思いつくままに話していた、
「でも、たしかセカイ系っていうお話は二人だけで完結してしまいますよね」
「そうだよ。だとしたら……広義でアバウトな意味だけど、上沢はそれを選ばなかったと」
「それが由佳先輩であり、朝日先輩、日坂先輩だったりがいる『読書同好会』に飛び込んできたってことですか?」
「そんなかんじかな、たぶん」
僕がそういうと、上沢は栗色の髪を揺らして微笑んだ。
しかし、それを見た僕は、なんだかすこしだけ意地悪をしたい気分になっていた。
「それにしてもさ」
そして僕は、顔をしかめて言った。
「えっ、なんですか?」
「あの入部届はないよね」
「うっ」
上沢は瞬時に頬を染め、さらには頬を膨らますという器用なしぐさをしてきた。
「先輩、一つ聞いてもいいですか」
「いいよ」
「先輩は、かなりいじわるですよね」
「そんなことはないよ」
「いいえ」
「そういえばさ、上沢」
上沢がジト目で見てきた。
「結局、好きと素敵の違いはなんだったの? それと邂逅と病葉の違いも」
「教えません」
上沢は慈悲もなく、きっぱりと言った。
「上沢もいじわるだよね」
「じゃあ、仕方ないですから、ラジオ計画が成功したあかつきに教えることにします」
「そっか」
僕は深くうなずいた。
◇◇◇
切り株の生えているところに行くと、あの日見たひこばえが大きく成長していた。
あの日とは、上沢がぐるぐる回したおかげで僕に心の変化を生まれさせ、しまいには上沢の絵まで描いた日のことだった。
ともあれ、ひこばえには小さな影ができていた。
「小人達がひだまりにしてそうな場所ですね」
それを見て上沢は言い、僕は思った。
視線をちらつかせるだけで瞬時に火かつくような、そういう男女の関係もある。しかし、上沢とはひだまりのような関係でありたかった。
そう、この言葉が適切だった。
僕は、すこし迷いもした。
――知らないことに。
上沢も、ある迷いをさせた。
――知ることに。
「あのさ、この前みたいにここで上沢の絵を描いていい?」
「えっ、ほんとですかっ」
上沢は、サファイアの瞳を輝かせた。
諸手を上げてまで、喜んでいる。
「でも、急にどうしたんですか?」
「それは、上沢の絵心があまりにもなかったからかな」
◇◇◇
制服の背中の割れた部分に、小さく折り込まれた入部届が入っていた。折り紙が好きで、手品の上手な上沢らしく、かなり技巧の凝らされた花の形をしていた。
この入部届は家に帰るまで気がつかなかったのだが、それは上沢がいけなかった。
あの日上沢は、肺腑をえぐるぐらい破壊力のある言葉を吐いて、僕を置き去りにした。おかげで僕は、背中を撫でるような感触があったのに全然意識がいかなかった。
きっと上沢は、タネをしかける間を探していたのだろう。
そして手品をするとき、仕掛け人は冷静でなくていけない。
それが鉄則だった。
だが、上沢は冷静になれなかった。
想定外の事態へと運んでしまった。
ただし、僕の注意をそらすことには大いに成功していた。
かくして、手品にも値しない小さないたずらは達成された。思いもよらぬ三日間の断絶を促したそのお茶目心は、僕と上沢を大いに苦しめた。
だが、それでも僕は、上沢のフィーリングを好んでいた。
――あばたもえくぼか。
でも、こんなかんじなのかもしれない。
――誰かを好きになるっていうのは。
◇◇◇
この絵を描きおえたら、また意地悪をしようと思った。
「上沢は、ほんとに絵心ないな」
と、言うことにする。
そしたらこんな返答が返ってくるに違いない。
「私はへたっぴーっていいました」
そして感情の発露を際立たせるように、ちょっとむきになって頬をふくらましてくる。栗色の髪とサファイアの瞳が、きらきらと自己主張しはじめる。
きっと、その小動物じみた上沢はかわいい。だから僕は、事あるごとにその絵心のなさをからかってしまいそうになりそうだ。
◇◇◇
これからも、なぜ入部届に一生懸命絵を描いたのかと僕が考えてしまうように、上沢のことを疑問に思うことがあるのかもしれない。しかしそれは上沢の感性だけが知っていて、きっと僕が知ることはない。
◇◇◇
ちなみに、上沢の入部届は新しく書き直させるつもりである。
あの名もなき白い入部届の花は、紙飛行機に作り変えて自由と孤独の空へ飛ばしてしまうか、あるいは部屋のアジアン雑貨と一緒に飾っておくことにするか。
どうやらその二者択一になるな、と僕は思った。
第一章、無事に完結しました。
ここで完成でもおそらく問題ないのですが、もしかしたら第二章を書くかもしれません。
ネタが思いつき次第ではありますが。