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異世界編を書き始めました。
フルカネルリだ。白兎が風邪を引いて休んでいるようだ。見舞いにいくとしよう。
《いってらっしゃーい。白兎ちゃんに桃缶あげるの忘れないでネー》
勿論だ。
白兎はそれなりに元気そうではあったが、やはりどこか弱々しく感じる。特に口元だな。
いつもならば意味もなくつり上がっているそこが、今日はへにゃりと下がってしまっている。
「……随分と辛そうだな?」
それでも私はいつも通りに白兎に話しかけ、
「……あはは……まあね……」
白兎も私にいつものように返した。
……だが、やはり口元は垂れ下がったままで口調に張りが無い。
………これはかなり重傷だな……。
……何とかする方法は無いか?
《いちー。フルカネルリの眷属にしてやれば風邪なんてあっという間になおっちゃうヨー》
副作用は?
《人間から外れちゃうから寿命とかそんなのがどっかにいっちゃって戻ってこなくなるヨー》
却下だ。
『……死んじゃえば……風邪なんt』
さらに却下だ。助ける相手を殺してどうする。
《じゃあサー。ボクの力で治しちゃうっていうのはどうかナー?》
……ふむ。中々良い案だが……副作用は?
《無理矢理治すからちょっと痛いぐらいだヨー》
……却下だ。ナイアのちょっとが本当に‘ちょっと’だったら良かったのだが、生憎とナイアは神で私たちは人間。残念ながら細かい調整は難しそうだ。
「……まあ、無理はしないで早く治せ。長引くと厄介だからな」
「……ん。わかった……」
……何故か白兎の頭の上に二本のウサギの耳が垂れている幻覚が見えた。それは見ていて庇護欲を掻き立てられる。
……優しくしてやりたいような、意地悪をしてやりたくなるような……不思議な気分だ。
《……フルカネルリが変態への道を歩み始めたようだヨー》
何を言うか。私は元々おかしい。故にそのようなことはあまり気にしない。
《少しぐらい気にしなヨー……》
いいではないか。それが私だ。
持ってきた桃の缶詰を開けて白兎に食べさせる。ちゃんと白兎の母に許可はとったし、平気だろう。
「……むぐむぐ……おいひぃ♪」
「そうか。無理せず夕飯が入る程度に抑えて食べろ?」
《……そこは普通‘好きなだけ食べろ’じゃないかナー?》
「……そこは‘好きなだけ食べろ’って言うとこじゃないのかなぁ……」
《ほら白兎ちゃんもこう言ってるヨー》
……やれやれ。これはおやつなのだから夕食の事を考えてセーブするのは当然だろうが。
……私は健康呪いのお陰でどれだけ食べても健康な状態からあまり離れないが。
『……便利、ねぇ……♪』
本当にな。
……ついでに言うと、
「どうせ一缶しか持ってきていないがな」
「……へぇ……ぁむ……」
缶詰の中身が無くなってから少しだけ話をし、すぐに白兎は眠ってしまった。
……私の手を握りながら。
《……可愛いワガママじゃないカー。白兎ちゃんは本当にキミの事が好きなんだネー?》
そうだな。
……私も白兎の事は、中々に気に入っているよ。
さらり、と頭を撫でてから、ふと時計を見る。
……七時か。そろそろ家に帰らねばな。
ゆっくりと白兎の指を外しながら、私は母への言い訳を考える。
……あの母は心配性なのだ。前に数週間連続で徹夜した後に倒れるように眠っただけで起きたときに泣いたほどに。
《あの時は二日以上起きなかったのが原因だと思うナー?》
そうか?
『……一般の常識から考えると……自分の、娘が……二日も寝込んだら……心配、するわよぉ……?』
そうなのか。
結局、あったことを正直に話したら、
「今度からは連絡しなさい」
とだけ言われて解放された。
……泣かれなくて良かった。
《泣かれると困っちゃうよネー》
そうだな。
……今日は、少し疲れた。早めに寝るとしよう。
《……精神面の疲れが多いみたいだネー?》
……そうだな。
………少し、鍛えるか。人との関係を密にすれば良いだろう。
……おやすみ。
次の日。白兎ちゃんは普通に学校に来た。勿論瑠璃も風邪をうつされるような事は無く学校へ。
……健康な事はいいことだけど……あまり、無理はしないでねぇ……?
お約束を軽く無視したフルカネルリを肩の上で見ていたアザギの思考。