3-10
フルカネルリだ。本日は体育祭。絶好の体育祭日和だ。クトゥグアが異様にハイテンションで、見ていて正直鬱陶しい。
《鬱陶しくないクトゥグアを想像できるかナー?》
できるぞ。
お前にからかわれている時のクトゥグアは鬱陶しくないし、アブホースと犬も食わないような喧嘩をしている時のクトゥグアは微笑ましい。
《確かにああいうときのクトゥグアはかわいいけどサー》
いや、可愛いと言うことはない。確実に無い。もしや女の時のお前の感性が残っているのではないか?
《……それは困るナー。ボクは普通で普通な最上位に近い邪神なのニー》
『……それはぁ……普通とは言えないと思うわぁ……?』
それは今更なことだ。私が普通の科学者だと常々言っているようなもので、それ自体に大した意味はない。
まあ、気にするようなことではないさ。何度も似たようなことが起きる中で、わずかずつ違うことが起きることの積み重ね。それが私たちの愛する日常と言うものだろう?
《そうなんだけどサー……フルカネルリっテー……なんか枯れてるよネー?》
私の中身は数千万歳所ではない爺だぞ? 枯れていることのなにがおかしい。
《おかしくなんてないヨー? ボクの方が年上だけどネー》
昔のお前は一時期今の私よりも数段老けていたと聞いたが?
《……誰かラー?》
アブホースから。茶飲み話に聞かせてくれたぞ?
《……ウラミハラサデオクベキカー…………》
わかったわかった。それはまた今度な。
開会の挨拶で久し振りに校長が倒れる所を目撃し、それから凄まじい勢いで体育祭は進行していった。
中学生とはとても思えないような激しい攻防。応援合戦のクオリティが明らかに異常に高い。そんなことはもう当たり前のようで、誰一人としてツッコミを入れようとする者はいなかった。
まあ、この程度でツッコミを入れるような者は、ほぼ確実に転校してきたばかりの者か、もしくはこの町のことをよく知らない者だ。放っておけばいつか慣れる。
だから私は自分の出る物以外のときは、両手にポンポンを持ってしゃんしゃんしゃんと適当に鳴らしていた。
《暇そうだネー?》
まあ、実際にあまり忙しくはない。思考実験ももはやいつものことだし、私の知らない結果にはけしてならないのが思考実験と言うものだ。
前回の世界では私が率いてしまったせいで面白い物は皆無だったし、白兎を拐った先の世界はまるごと消し飛ばしてしまったせいでほとんど何もわからない。
お陰で私は欲求不満だ。ああ、研究したい。未知を既知に変え、あらゆる謎を解き明かし、知識と言う知識を飲み干したい。
そういった私の科学者としての部分が訴える不満は天井知らず。
そして私という存在のほとんどは科学者としての私でできているからな。
《なんか新しいのに手を出したりはしないノー?》
その新しいものが見つからないのだ。どれもこれも行き詰まってしまっているし、新しいものを仕入れようとしても新しいものがない。
このままでは、私は自力で世界の壁を抜けて異世界に行ってしまいそうだ。
《その場合は時間は止まらないから行方不明扱いになっちゃうヨー?》
だからやっていないのだ。いくら発狂している私でも、やってはいけないことくらいはわきまえているからな。
流石の私も、この世界の両親にいらぬ心配をかけさせたいとは思っていない。
前世の両親とは違い、この世界の両親には恩があるからな。
『……まるでぇ……前世の両親にはぁ……恩がないみたいな言い方ねぇ………?』
悪魔よばわりされて殺されかけたからな。殺し返してやったが。
周りも色々騒いでいたから夜に皆殺しにして、金だけ持って逃亡した。
……懐かしい話だ。
《そしてその逃げ足が今運動会で平和に活用されてるんだネー》
……そうだな。
「……負けちゃったね」
「そうだな」
瑠璃は興味無さそうに私に答えを返す。そう言えば、瑠璃はあんまりこういう行事に熱心じゃなかったね。
そう思いながら瑠璃に顔を向けると、瑠璃はぼんやりと遠くを眺める目をしていた。
……なんだかムッとしたので瑠璃のほっぺを両手で抑えて、私の顔の方に向ける。
「…………?」
「………………」
じー…………と見つめ合う私と瑠璃。瑠璃はなにがなんだかよくわかってないみたいだけど、それでもじっと見つめ続ける。
「……瑠璃。私のことを、よく見て」
瑠璃は私に言われるがままに私のことを見つめる。
「……白兎」
「……なに?」
「……寝不足は体によくない。しっかり寝ておけ」
……確かに最近はあんまり寝てなかったけどさ。
はぁ……と溜め息をついて、瑠璃のほっぺから手を離す。
なんだか気が抜けちゃって、ムッとした気分も、なんでムッとしたのかも忘れちゃった。
「……?」
「なんでもない」
私は瑠璃にそう言って、体育祭の片付けを再開した。
…………そう言えば、どうしてあをなにムッとしたんだろう?
原因不明の苛つきと振り回される白兎。