3-9
フルカネルリだ。中学生の夏の宿題は、小学校の頃に比べて一気に量を増やした。
私にとってはこの程度はどうということはないのだが、とある者達にとっては死活問題になってくるらしい。
「助けてください瑠璃大明神様」
「一気に量が増えたの忘れてて、小学校の頃みたいに一日で埋めるのが無理臭いんです」
「……まあ、友人の頼みだし、聞いてやってもいいが……今度、駅前の『レッドヒール』で極辛軽食を一品奢ってもらおうか」
「わかった!奢るから助けてください!」
頭を下げっぱなしの友人達は、一瞬も迷うことなく答えを返す。
……ちなみに、レッドヒールとは駅の近くにある辛味系の食べ物でそこそこ有名な店であり、私は前からそこに行ってみたかったので今回の報酬として道連れにしたわけだ。一番安い料理は700円。チャレンジメニューは5000円のキャッシュバックで、食べきれなかったら3000円。今までに食べきれたのはたった三人だけらしい。
その中に店長の名前があり、実質は二人だけという話もある。
「それでは、さっさと始めよう。準備はしてあるだろうな?」
「はい!」
なぜか一斉に立ち上がり、びしっと敬礼をする白兎達に思わずため息が出てしまう。
……さて、さっさと終わらせてしまおうか。
夏休みの宿題を提出した私は、今は瑠璃をつれて約束の店に居る。
三日前は本当に地獄だったけれど、瑠璃のお陰で宿題はなんとか間に合った。
そのお礼に……と言うか、約束通りにレッドヒールに居るんだけど…………。
「店主。チャレンジメニューを一つ」
「はいチャレンジ一丁!……言っとくけど、辛いし、多いよ?」
「問題ない」
……チャレンジメニューじゃなくて、軽食って話だったと思うんだけど…………。
「軽食は包んでもらう。そして店ではこれを食べる。初めからその予定だ」
「聞いてないよ?」
「言ってなかったか? すまんな」
そんな話をしている間に準備はできていたらしく、チャレンジメニューが運ばれて
「ってでかっ!?」
でてきたそれは、鼻で笑い飛ばしたくなるくらい真っ赤な麻婆豆腐。けれど、明らかに一人のお腹に収まるような量じゃなかった。
大人だったとしてもこれを一人で食べきるのは至難の技だろうと思えるそれを、お店のおじさんは当然のように瑠璃の目の前に置いた。
「それじゃあ、時間は30分。苦しくなったらギブアップするんだよ? ……始め!」
おじさんの号令と同時に、瑠璃は真っ赤な麻婆豆腐をぱくぱくと食べ始めた。
………………って、あれ? 無反応?
「……ふむ。美味いな。辛味の中にしっかりとした旨味がある。ただ辛いだけの料理とは一味違った、いい料理だ」
しかもしっかり味わってる!? 辛くないの!?
私達は呆然としながらぱくぱくと麻婆豆腐を食べている瑠璃を見つめる。もしかして、辛そうなのは色だけで、実はそこまで辛くないのかも……。
「白兎」
「はいっ!?」
急に瑠璃に話しかけられてびっくりした私の声は、なんだか馬鹿みたいに裏返っていた。
「一応言っておくが、これは辛いぞ」
「そ……そうなの?」
「ああ」
瑠璃は平然としたまま私に注意をして、それからまたすぐ麻婆豆腐にとりかかる。汗一つかかずに麻婆豆腐を食べているその姿は、本当に辛いのかわからなくなってくる。
……そして8分後。瑠璃はあれだけあった麻婆豆腐を既に食べ終え、持ち帰りの軽食を待っていた。
「……よく食べきれたね? って言うか、その細いお腹のどこにあんな量が入ってるのかわからないんだけど。膨らんでもないし」
「気にするな。気にしたところで事実は変わらん。『私だから仕方無い』とでも思えばいい」
……あれ、どうしてだろう。なんだかすっごく納得できる。
機乃に顔を向ける。頷かれた。多分私とおんなじことを思ってた。
竹野に顔を向ける。同じように頷かれた。きっと竹野もおんなじだ。
三人揃って瑠璃を見る。いつも通りに表情の薄い顔でいつもよりちょっとだけわくわくしているようだった。
それから瑠璃は写真を撮って、写真をこのお店の壁に飾られることに。四人目最年少のチャレンジメニュー制覇者と言うことで、四つ並んだ写真の一番右に。
瑠璃の写真を眺めるついでに他の人の写真も見てみる。
……なんでか見たことのある顔が一つあった。
「……ねえ瑠璃。この人って……」
「ああ。私の父だな」
……やっぱり。瑠璃の辛い物好きは遺伝だったんだね。
私が納得していると、瑠璃は自分の写真を一度見てから店を出ていった。その手の中にある鞄の中に、約束の軽食を押し込んで。
ちなみに、私達が奢ったのは700円のサンドイッチ。大きさはそこまで大きくはなかったけど、すごく辛そうな色をしていた。
……それと、ほんのちょっとだけ残った麻婆豆腐の真っ赤なソースを舐めさせてもらった。今日の晩御飯は何を食べても痛い味になるんだろうなぁ……。
父娘揃って辛い物好き。母親は辛いのはダメ。