異世界編 4-10
青柳さんの言葉に従って、保健室の扉を叩く。
「入っていいぞ」
からからから、と軽い音をたてながら扉が勝手に開き、いつも通りの保健室の内部を見せる。
そこには当然保健医のフルリ先生の姿もあり、フルリ先生はちらりと一瞬僕のことを見ただけで視線を机の上の書類に落としてしまった。
「あの……僕に、魔力操作を教えてください!」
僕がそう言って頭を下げると、フルリ先生は書類になにかを書き込む手を止めて、今度はしっかりと僕に視線を向けてきた。
何秒か、何十秒か、もしかしたら何分かもしれない時間、フルリ先生は僕のことを眺め続けて、それから呟くように言う。
「別に構わんが、途中で脱落したら二度目はないぞ」
「はい!」
なんだかかなり簡単にOKされてしまったけれど、これで僕も魔法をまともに使うことができるんだ!と、僕は無邪気に喜んでいた。
それが、ある意味では地獄への片道切符を渡されたのと意味が変わらないと知ったのは、この後すぐのことだった。
「まず初めに、お前には放出する魔力の量を細かく操作することは無理だ。極多と極少の中ではともかく、中間量での操作は例え千年かけても無理だろう。なぜなら、お前にはそのための器官が欠落してしまっているからだ。……なにか質問は?」
いきなりそんなことを言われて、僕の頭は真っ白になった。
それを認めるということはつまり、今まで僕がやってきたことはすべて無駄だったということを認めるも同義なのだから。
「それがわかった理由だが、私はいつでも解析の魔法を使っていてな。その魔法でお前を見た時にあって当然の部分がないということに気付き、その部分がどのような役割かを実験で詳しく調べてみたところ、魔力量の調節用の部分だとわかったわけだ。つまり今のお前は、元栓で開閉はできるが蛇口のバルブが無く、出すときは水量がほぼ全開状態を維持してしまう水道のようなものだ」
「……それじゃあ僕は……魔法使いにはなれないんですか!?」
「まともな魔法使いにはなれないな」
僕の目の前が真っ暗になった気がした。
今までの努力がみんな意味の無いもので、そしてフルリ先生はそれを知っていて僕を止めなかった。
「……何を勘違いしているのかは知らないが、まともじゃない魔法使いにはなれるぞ。小規模から中規模の魔法は使えない、欠陥大魔法使いだが」
「…………へ?」
……なれ………る? 魔法使い……に?
僕はなりふり構わずフルリ先生に詰め寄った。
「どういうことですか!? どうやればなれますか!? 僕、魔法使いになるためならなんでもやります!だから、教えてください!!」
「わかったから落ち着け馬鹿者。あまり叫ぶと回りに迷惑がかかると言うことがわからないのか? 寝ている者が起きたらどうする」
「う……ごめんなさい」
なぜか急速に頭が冷めて、フルリ先生の言った通りに周りの事を気にする余裕が出てきた。
「……落ち着いたな。では教えよう。聞き逃したら二度は言わんから、気を付けろ?」
僕はフルリ先生の言葉に頷き、その場ですべてを覚え込むべく聞く体勢をとった。
「まず、お前の魔法が発動しないのは、魔法の術式が魔力に耐えきれずに崩壊してしまうからだ。これはいいな?」
僕はフルリ先生の言葉に頷く。それがわかっていたから僕は術式のことは人一倍練習してきたんだから。
「お前はここで『術式の強度を上げる』という結論に達したわけだが、それを少し変えてやればお前の魔法は発動するようになる。………簡単に言ってしまえば、大きな滝の下に小さくて強い水車を置くのではなく、滝の大きさに見合った巨大な水車を置くということだ」
「……だから、欠陥『大魔法使い』」
「そう言うことだ」
つまりそれは、魔法使いの上位の『大魔法使い』の欠陥ということではなく、『大魔法しか使えない』欠陥魔法使い、ってことになるんだ。
……僕は初めは小さい魔法からって思い込んでいたから考え付かなかったけれど、少しだけ視点を変えれば簡単に思い付けることだった。
「それに、巨大な術式もお前の術式構築力なら作れないことはないだろうし、発動するのに必要不可欠な魔力についてはその年の人間にしては異常とも言える量を持っているし、問題はなかろう」
フルリ先生は無表情に近い顔でそう締め括り、いつもの姿勢に戻って書類を埋め始めてしまった。
「……さて、これでフルリ先生の簡単魔法講座 ~特別入門編~ は閉幕だ。今回の内容を実践して、伸び悩み始めたら初級編と中級編をやってやる。……精進しろよ」
僕はフルリ先生に向かって姿勢を正し、頭を下げてから保健室を出る。
「ああ、それとこの事はそれなりに内密にな。でないと時間がなくなるぞ」
「はい!わかりました!」
僕はそれだけ残して演習場に急ぐ。これからは小さい魔法だけじゃなくて、極大魔法を練習しようと思いながら。
こうしてフルリの使途は数を増やす。