2-7
フルカネルリだ。七月になったのだがこの国は暑くなったり寒くなったりと本当に面白い気候をしているな。
《フルカネルリの前世の住んでた所は一年中暖かかったもんネー》
そうだ。よく知っていたな?
《これでもボクは邪神だからネー。これぐらいはおちゃのこさいさいサー!》
そうなのか? それはすごいな。
《ありがとネー》
この一月は白兎と一緒に図書館に通いづめだった。まあ、あと二~三日で全ての本を読み終わるだろうが。
「はぅ……一杯本読んだ~」
「疲れたか?」
私がそう聞くと白兎はこくりと頷いた。まあ、無理もない。もう二時間以上も本を読み続けているのだから、小学生の白兎が疲れてしまうのもわかる。
そこで私は白兎の頭を引き寄せ、私の腿の上に乗せる。ここ最近はいつもこうして腿の上で体を楽にしている白兎の頭を撫でながら本を門限ギリギリまで読んでいる。ちなみに白兎の頭を撫でるのがなければ三日前にはこの図書館通いの日々も終わっていただろうが、その事は白兎には言っていない。
まあ、私もこのぬるま湯のような平和な日常をそれなりに気にいっているという事だ。
さらり、さらりと白兎の髪を梳く。白兎の髪は私のそれよりも遥かに柔らかく、私の指に馴染むような気がする。
《そのぶんフルカネルリの髪は痛まないししなやかだし瑞々しいし艶やかだし丈夫だしきれいだけどネー》
そうなのか?
《実はそうだったりするんだよネー》
そうなのか。
「……楽しい?」
白兎が私に聞いてくる。私はそれに対する答えを一つしか持ち合わせていない。
「楽しいかどうかはわからないが、こうして白兎の髪を弄るのは気に入っている」
「……ふーん、そっかぁ……」
白兎はそれだけ呟いて、ふっ、と目を閉じた。
新しく借りた五冊の本を持って図書館を出たのは五時の半ばだった。夏は明るい時間が長いためこのぐらいの時間まで図書館にいても怒られることはない。
「…んっ……ふぁ…………」
「こらこら、こんなところでそんな大きなあくびをしていると……」
ゴッ!
「あいたぁっ!?」
「……またか。いい加減に懲りたらどうだ?」
頭を電柱に派手にぶつけた白兎の額を優しく撫でてやる。……コブまでは行ってないな。軽い打ち身程度だろう。アザも…まあ、できないだろうな。
それに若いのだし、なったとしてもすぐに治るだろう。
《ちなみにキミは健康の呪いと成長速度上昇で上がった+下限値固定で上がり続けた再生力でとかげの尻尾みたいに腕ぐらいならほっといても治るヨー。切れた先の腕があるならくっつけた方が早いけどネー》
なるほど、そこまでか。
……ふむ、私も順調に人外への道を突き進んでいるわけだな?
《その通りサー》
ナイアと話をしている間も私は白兎の額に一応絆創膏を張り付ける。いつもいつも白兎が頭をぶつけるので今では常備するようになっている。
「うぅ……瑠璃、ありがと……」
「次からは気を付けることだ」
いつも通りのやり取りをして、白兎は私と別の道を歩き出す。
「それじゃあ、また明日ね」
白兎が夕日のなかで私に言う。
「ああ、また明日」
私もそれに返す。昔に比べればかなり社交的になってきたな。
《……元々が最低値だから上がるか現状維持しかなかったんだけどネー》
五月蝿い、蟹の鋏で頸動脈を掻き切られて出血多量で死ね。
《前から思ってたけど何その地味かつかなり嫌な死に方ハー!?》
軽い罵倒だ。
《軽いけどひどいネー》
それはそうだろう。
瑠璃が学校の図書室の本をすべて読み終わってから一週間後、今度は近くにある大きな図書館の本を読むようになっていた。
まあ、私も瑠璃と一緒に本を読むようになってから少しは本を読むのが楽しくなってきたからいいんだけど。
それでも疲れるものは疲れるから、私は途中でリタイアして瑠璃の膝枕を堪能していたりする。
……うーん、瑠璃はスカートはかないからわかんないけど、手はとってもきれいなんだよね。だから多分他のところも………うん。
それはおいといて瑠璃の膝枕だよ。
いつも長ズボンで長袖で、あんまり他の人と触れあおうとしない瑠璃だけど、実はとっても優しい。ついでにこれは学校では私しか知らないと思うけど、なんだかすごく落ち着く臭いがするんだよね。頭撫でてもらうとついつい眠くなっちゃうし。
瑠璃ってなんだか『優しいお姉さん』って感じなんだよね。だからついつい甘えちゃう。
だけど止める気はないっ!だって気持ちいいんだもん!
帰るときになると私はいつものように電柱に頭をぶつけた。どうしてかこの電柱はどれだけ気を付けててもぶつかっちゃうんだよね。なんでかな?
前に瑠璃に聞いてみたら
「幽霊が呪いでもかけているんじゃないか?」
そう真顔で言われた。
しかもなんでかすっごく真面目に。
その日も瑠璃から絆創膏をもらって家に帰ったけど、今日こそは
ゴッ!
……い、痛い…………
どこか抜けたところのある白兎の夏の日の不幸話。