2-89
フルカネルリだ。今年も卒業式がやって来て、私は今年でこの学校を卒業する。
六年前と同じようにスーツを着て、六年前と同じように壇上へ上がる。
六年間、共に学んだ学友達も結局は同じ中学に進むので涙は出ないが、どうやら親の方は違うらしい。
実に様々なところから泣き声が聞こえ、その中には野太い声も混ざっているのだから恐ろしい。いったいなぜ泣くのだろうな?
《フルカネルリにもいつかわかるときが来るサー》
それはありがたいな。体験できることならば体験してみたい。
まあ、いつになるかはわからないが、気長に待つことにしよう。待つことにはもう慣れているのでな。
『……なんだかぁ……人生を過ごしきったおじいさんみたいねぇ……?』
《あながち間違いじゃないけどネー》
そうだな。外側はともかく中身はそんなものだ。欲望に染まりきっているが。
卒業式が終わり、卒業証書を受け取り、そしてもう帰る時間だ。なかなか見れない服装のクラスメイトたちを見送り、私は夕焼け色に染まった教室を眺める。
「……やっぱり残ってた。すぐに来なかったからちょっと心配したのよ?」
そう言って教室に入ってきたのは、いつもと違ってめかし込んでいる母だった。
「それにしても、ここは変わらないわねぇ……クト先生もクトゥグア先生もアブホース先生もクトゥルフ先生も、みんな昔のまま」
まあ、邪神が大半だからな。この学校の人間は片手で数えられる程度の人数しかいない。私の数え方は二進法だから、片手で31まで数えることができるが。ちなみに両手なら1023まで数えることができる。
「……懐かしいわねぇ………ここで私は裕樹さんに告白して、まずはお友達から始めたの」
「……そうだったね。あの時の君は、夕焼けの中でも簡単にわかるくらい顔を真っ赤にしていたっけ」
「……もう。そんなことばっかり覚えてるんだから」
家の両親は仲が良いな。熱くて溶けてしまいそうだよ。ごちそうさま。
……私、もしかすると邪魔か? 完全に私の存在が意識に無いだろう。
………やれやれ。先に家に戻っているか。色々と面倒なことが起きるような気がするが。
《フルカネルリは結構告白されてたもんネー? もしかしたら帰り道で待ってる男の子が居るかもしれないヨー?》
居なければ万々歳。居たとしてもお断りだな。私は研究の一環としてならともかく、恋愛関係を男と築くことはまず無いだろう。
《ボクとは違っテー?》
自分で言っていて悲しくならないか? 女装したときのお前は割と最近に失恋したばかりだろう?
《それは言わないでおくれヨー》
『……言っても……言わなくても……変わらないけどねぇ………♪』
そうだな。何も変わりはしない。ナイアが本気で嫌がれば変えられないことも無いのだろうが…………。
…………と言うことは、ナイアは嫌だ嫌だとは言っているが、実際はそこまで嫌では無いのか?
《ノーコメントだヨー》
そうか。何でも構わないが……一応クトゥグアには黙っておこう。それと、ハスターにもな。
風の噂は恐ろしい。流石の私もそこまで鬼ではないさ。
《ありがとネー》
かまわんさ。ナイアだからな。
夕焼けの教室で、私は南雲に向き合っている。私の頭の中はもう熱暴走を起こしそうなほど熱くなっていて、それを隠すために南雲を睨み付けている。
すう……と息を吸って、腹に力を込めて。
「南雲っ!私と付き合ってくれ!」
頭を下げているお陰で南雲の顔は見えないが、きっときょとんとしているのだろうと予想はつく。何て言ってもクラスで一番のいじめっこが、目の前で頭を下げて付き合ってくれと言っているんだから。
「え……えっと………僕はどうすればいいのかな?」
「嫌なら嫌だって断ってくれていい!だけど、真剣に考えた答えをくれ!」
そう言うと南雲の方からえ、何この人男前、って言葉が聞こえたような聞こえなかったような。けど、答えを返してくれるまで頭を下げていると。
「えっと……僕は古鐘さんのことをよく知らないわけだから………」
そう言って私の前に手が差し出される。
「……まずは、お互いをよく知ることから始めない?」
こうして、私と南雲の『友達』としての付き合いが始まった。
若い頃の古鐘哀華と南雲裕樹の話 ~告白編~。