2-87
フルカネルリだ。一月になってようやく雪が降り、クトは下級生達と共に校庭を走り回っている。
……だが、クトはそんな時間があるのか甚だ疑問だ。
確かクトはこの町にある小中高大一貫学校の校長をしているはずだ。その仕事がかなり忙しいと聞いたが……まあ、クトが遊んでいるのだから問題無いのだろう。
恐らくそれにはなんらかの対策を用意しているはずだ。例えば、自分より弱いが仕事に不都合がでない程度の力を持った分身を作ってその分身に仕事を任せている、等といった物を。
《そうだネー。似たようなことをしてるヨー? 正確には分身と言うか同一存在の作製と操作なんだけドー》
やはりそうか。操作と言うことは……私の分身のように知識を与えているわけではなく、自分で?
《そうだヨー。完全自立型のフルカネルリの分身とは違っテー、クトちゃんのは完全手動操作式の人形みたいなものサー。見事にオートマチックとマニュアルとに別れたネー?》
そうだな。そこまで違うとそちらの方も試してみたくなるな。
常に頭の中で思考実験を繰り返している私なら、恐らくその程度のことならできなくはないだろう。問題は世界間通信を常時行っていなければ研究所(結晶島)の中での活動ができないと言うところだ。
逆に言えば、そこさえ何とかしてしまえばできてしまうわけだが、それを何とかする方法は大したものを思い付くことができない。
素直に常時世界間通信をすればいいだけだが、それでは何となく気に食わない。
無理を通すことなく不可能と言われたことを通すが科学者にして研究者の本分。それが簡単に以前までと全く同じ方法をとれるわけがない。
確かに以前までの方法の方が簡単に用意することができるが、そればかりでは新しい道は拓けない。
……それに、新しいものを作ることこそ面白いのだ。旧来のものしか使わないでいても、つまらない。
まあ、そのお陰で失敗がいつまでもついて回るのだが、それはそれだな。
成功のために失敗を恐れてはならないが、失敗して当然と思うのもよくない。匙加減が面倒なことだ。
………………なんの話から始まってここまで来た? 私の記憶では、始まりはクトが初雪にはしゃいでいるところからなのだが。
《よくあることサー。考え事をしているといつのまにか全然違うことを考えてるっていうのは普通のことだヨー》
『……大概はの人間はぁ……経験があるわよねぇ………?』
そうか。まあ、何でも構わないがな。
……だが、今日に雪が降るという予報もなければ、雪を降らせることができる規模の雲があったというニュースも聞いていない。さては誰かがなにかをしたな? 誰とは言わないが。
《まあ、クトちゃんが喜んでくれると嬉しいってやつがいるんだヨー》
そうか。
私は校舎の三階にある、とある部屋に視線を向けた。
あの私の友神が何を考えているのかはわからない。わからないが……まあ、少なくともクトにとって悪いことはしないだろうな。
雪にはしゃぐクトを見て、雪を降らせてよかったと自賛する。
私が他人のために何かをするなど、クトに出会う前の私では恐らく考えもしないことだったろう。
「まあ、昔のお前が今のお前を見たら、鼻で笑うんじゃねえの?」
「それに追加して、『無様だね』という言葉と見下した目を向けるだろうね。まあ、今の私にはそんなことはどうでもいいのだけどね?」
クトゥグアに言われて昔を振り返れば、確かに私はそういうことをやりそうだと思い、さらに私自身がいいそうなことを読む。
一番確率が高そうなのは、そんなことに興味はないと無視することだろうが、その辺りのことを言ってしまうのはつまらない。
「おいおい、科学者は科学者らしく現実を素直に受け止めろよ」
「五月蝿い奴だねクトゥグアは。科学者は確かに究極のリアリストだが、それと同時にどんなときでも未知というロマンを追い続けるロマンチストでもなければならないのさ」
私の友人であるフルカネルリもそう言っていたし、それは確かにその通りだと思えることだ。
現実と理想の狭間で苦しみながら、苦しんでいることに快感を見出だすことができなければ続かない。まったく、あの変わり者の人間は面白いことを考えるものだね。
「お前がそれを言うのはどうかと思うぞ」
「勝手に思っているがいいさ。あまり言いすぎると毎日雨が降ることになるけどね」
「こんな下らねえことの報復に天候まで変えるな」
知ったことじゃないね。
(一部の相手に対してのみ)心優しきマッドサイエンティスト。