異世界編 3-12
フルカネルリだ。町中で私のことが噂になってしまったので、頃合いだと思って町を出た。
次はどこに向かおうか……まあ、決めずに歩き回るのもいいだろう。
ローブも水晶玉も店そのものも白衣のポケットに入れ、靴に仕込んだ術式で地面に楔を打ち込みつつ解析をしながら歩いている。
この楔の術式は便利だ。約三キロメートルのなかに入った全ての状態がわかるのだから。
例えば、商人の率いる荷馬車と盗賊や奴隷商人の馬車の区別もつくし、どこで騒ぎが起きているか、どんな騒ぎかもすぐにわかる。
前の世界でやったように全世界に張り巡らせれば新聞よりも具体的で信用できる情報が即座に入ってくるし、誰かを監視したりどこかに異常が無いかもすぐにわかる。
何より、研究材料や実験体の調達にも役立つ。
今はかなり平和だから少ないが、盗賊や魔物に滅ぼされそうになった村や町から自意識のほとんど目覚めていない子供を拐う時に、場所さえわかれば一瞬で転移することもできるので楽だ。
それに、座標を基点にどの方向にどれだけ離れた所にこの魔法を発動させる、という遠隔発動も可能になる。
……魔法の遠隔発動は楔がなくとも可能だが、あった方がやり易い。座標の基準点があるからな。
《とにかく便利だってことだネー》
『……実際、すごぉく便利よねぇ……?』
ああ。すさまじく便利だな。一度歩いた所の半径三キロメートルの球体の中しかわからないから上空に逃げられるとわからなくなることがあるが、それを差し引いても便利だ。
渡り巫女、と言うものを知っているだろうか。
日本にそれなりに古くから存在した、旅をしながら祈祷や呪いをして日銭を稼ぐ巫女で、大抵の場合は副業で夜の相手もする。
巫女は普通は処女でなければならないのだが、まあ、実際にあるのだから気にしたところで仕方がないだろう。
急になんの話をしているのかと思うかもしれないが、どうか焦らず聞いてほしい。
今、異世界であるはずのここでそれらしき者と出会い、旅は道連れと言うことで共に歩いている。ちなみにその相手の名前はミリスと言い、小さな村の出身で、巨大な宗派の内部抗争で生まれた小さな宗派に属するシスターらしい。
ここで先程の渡り巫女の話が出てくるのだが、彼女は夜の相手こそしていないものの、それとほぼ同じことをしているのだ。
この世界では病は自然と治るのを待つか、または教会などで神の奇跡を受けて治すのどちらかだ。
………ちなみに教会での治療費はけして高くない。精々普通の家庭の四から五食分程度だ。たまに悪徳な神父が居たりするが、大抵すぐに神から見放されて神父としての力を剥奪されるらしい。
これらのことは全てミリスから聞いたことであり、元となった大きな宗教の基本方針がそうであるらしい。解析で記憶の方の裏付けも取ったので、間違いはないだろう。
心配なのはミリスはかなり下の方の構成員らしいのでどこまで信じられるかわからない点だが、宗教に関わる気は欠片もないので問題では無いだろう。
………ああ、そうだ。アザギが祓われそうになった時には敵対しよう。早々祓われることは無いと思うが、一応な。
『……祓われるんだったらぁ……瑠璃の手で祓われたいわぁ………♪』
なら永久に祓われないだろうな。私にはお前を祓う気は全く無いのだから。
《ボクはどうなノー?》
お前は論外だろう。簡単に言わせてもらうと、お前に勝てる奴を私が止められるはずがないだろうが。
《そう言えばそうだネー。フルカネルリが最近人間の範疇を越えてるから忘れてたヨー》
酷いな。私はただの人間だと言うのに。
ゆっくりと歩きながら、私たちはちょこちょこと話をする。
私は例えば昔に行った国の話をしたり、空中にカードを並べて簡単な占いをしていた。
ミリスはそんな私の話の聞き役になったり、占いの結果に一喜一憂し、自分の出身地のことを話したりとなかなかに子供らしい態度をとっていた。
外見だけならば確実にミリスの方が年上に見えるが、中身まで合わせたら私の方が確実に年が上になるだろうな。
ミリスは日本人的な感性で見ると、およそ十六歳程度で実際は十四歳。私は日本人的な換算で見ると、およそ十三歳程度で実際は十二歳。こちらの換算で見ると、およそ十歳程度に見えるだろう。
……まあ、それもこれも長い異世界生活のお陰で慣れてしまったがな。
……さてと。日も暮れたし、この辺りで野宿でもするか。
どこに行っても変わらないフルカネルリ。